折々の文章


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クリスマスの季節 −107−
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下町の表情 昭和通り




下町の表情 川の上の有料道路

 江戸橋から


 日本橋


 一石橋


 分岐
















  

明日(八月六日)はニフティのサーバ保守作業のた
め、私のサイト更新時間が限られます。ここのとこ
ろ記憶力が頓(とみ)に低下、書き留めておきません
と「あっ! パソコンがおかしい!」と顔色が変わ
ってしまい、暫く立ち直れない始末。←夏場は顔色
の変化が判りません。

この頁の最初の写真は、江戸橋南詰から撮った昭和
通り。次は江戸橋から撮った日本橋川の下流方面。
さらに西河岸(にしがし)橋から撮った日本橋。常盤
(ときわ)橋から撮った一石(いっこく)橋。

分岐の写真は、右手が日本橋川の三崎橋、正面は神
田川の下流方面。日本橋川は神田川同様、隅田川に
注いでいます。

緑の写真は、神田川の水道橋からお茶の水橋まで。

川と橋の名前・読み・位置は時代によって変化、間
違え易い名前もあります。

新卒時代の勤め先は、お江戸日本橋から銀座寄りス
グに事務所。婚約時代にカミサンと待ち合わせた場
所は、お江戸日本橋から神田寄りスグの三越脇。丸
善や高島屋や日本橋駅があるのに、わざわざお江戸
日本橋を渡って三越まで出かける社員は少なく、安
心して会えたのです。

58年は短かったと思います。しかし135年は長
かった筈。二度も焦土と化しました。多くの血が流
れました。莫大なお金が遣われました。それなのに
なぜ日本橋川には道路が走り、神田川にはボートの
漕ぎ手がいないのだろう。高架のない川暮らす日
日を望みますと、労働の生産性が失速し技術革新が
頓挫するなら、私邸も会社も、成功と富貴は発展の
邪魔になります。経済活動と普遍植物園も矛盾しま
せん。

未だに、何が大切かを、何のために働くかを、見落
としているのではないのかな〜関東平野の「州」全
域で漕ぎ手が一人の、二人の、四人の、八人のボー
トが縦横に走る住環境を。今様天守の、群雄割拠も
困りもの。




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