折々の文章


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クリスマスの季節 −118−
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緑地を削って造成された博覧会場に、無惨という感想が、抑え
ても抑えても湧いてしまうのはどうしようもありません。繁栄
を確信できる意欲なり希望が湧くのでしたらどんなによいか。

地球には、宝クジに外れますと癪(しゃく)にさわって地面を蹴
ってしまい、とてもやさしくはなれません。滔(とう)々と流れ
る隅田川の水量を、もったいないとも思いません。資源と環境
は技術の領分、経験を深めることで産業的に対処できる筈。し
かし、潰される水辺を見ると情けなくなってしまいます。自転
車を避けながらの散歩もますます苦痛に。

粗大ゴミと陰口をたたかれる建造物にも同じ思いがあります。
庶民や零細を睥睨(へいげい)する高層ビルは(←なかには自助
を放棄した巨大組織も。一方、海外には、魅せられてしまう高
層ビル街が存在します)、あるいは近隣を圧迫する巨大博物館
は、雇用を生むのだ成長に資するのだと自己暗示を試みますが、
どうしても暮らしの恵み感や暮らしの歓び感が湧きません。む
しろ砕流の発生に蓋(ふた)をしたまま、その種の決定が通る社
会に悲哀も。


 ※


農道で軽トラックに追い越されました。
荷台から濃厚なネギの匂い。

往時、和泉橋近くの神田川でも、子が土手から川面に降り、水
に触れることが出来たそうです。

今の我が家に引っ越して、はじめて釣りに出たのが大場川。流
山橋で江戸川を越えた埼玉県側。当時は多少とも春の小川が残
っていました。クチボソを期待したのですが、釣り人が捨てた
汚れに加え、コイまで釣れてしまい興醒め。一度限り。その地
は現在、緑をえぐられた濁った運河。

大場川の当地は金網で立ち入りを防いでいますが、常磐線の北
千住=南千住間には、コンクリートで囲われた幅の広い運河が
あります。千住大橋の下と同じ流れ。堤防がうっとうしく、い
つ緑化されるかと、いつ河川敷が現われるかと願いながら半世
紀が経ちました。一方、私の知っている隅田川は千住界隈で消
えています。復活するのは岩淵水門。

隅田川が消えた(?)流域も密集地。むしろ今の護岸は、荒川放
水路へ避難する障壁では? そんな不安も。せっかくの観光資
源を囲ってしまい、暮らしの地平を圧迫するのは、隅田川の下
流も同じです。


  
荒川



新岩淵水門 隅田川の入口




奥が荒川放水路 ← 今の荒川下流
手前が荒川本流 ← 今の隅田川

明治四十三年八月の洪水で、浅草の曾祖母は長時間
水に浸かり、足が萎(な)えてしまいました。放水路
の着工は、この洪水が契機だそうです。




手前が上手 奥が隅田川




隅田川 新岩淵水門の下手




隅田川 新河岸川(中央右手)との合流点




旧岩淵水門 荒川の上流方面 新岩淵水門から




荒川放水路の下流方面


参考 関宿水閘門
江戸川の入口です




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