折々の文章


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クリスマスの季節 −12−
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平塚や小田原にも出かけました。三十年代の中頃以降は、夏冬
の学校休みに営業車に同乗、商談中は車内で伝票書きや注文の
集計を手伝いましたので、湘南の土地勘も芽生え、後日、遊び
に出る際に役立ちました。しかし、何をして遊んだのやら。父
とは違い泳ぎが苦手で、ただただ時間を潰すだけが遊びでした。

ある年のお正月、帰省できなかった従業員の運転で小田原に出
かけ、ビジネス旅館に一泊、何もしないで帰ってきたことがあ
ります。お正月の道路、空いていましたよ。それだけで気分が
よかった。

二十年代後半の箱根の慰安旅行は、部屋が狭く、一つ蒲団に母
子三人で眠ったそうです。一方、翌年の(あるいは前年の)家
族旅行の箱根には、記憶の鉤(かぎ)が二つあります。お土産屋
さんの模型の船は、大人でも抱えきれない大きさでしたが、魅
了されてしまったのでしょう、我慢が勝つまで小一時間を過ご
しました。今一つは箱根の坂です。「お正月なのに走ってる!」
の土産話は賞味無期限。

年始回りの営業車に同乗した大磯でも、反対車線を「お正月な
のに走ってる!」

祖父の店にラジオが入ったのは、母が小一(昭和元年)の頃で
す。初めて買ったテレビとの違いは部屋の暗さだけで、どちら
も家族一同、受信機に釘付けになっていました。菅野のテレビ
以降も駅伝には無関心でしたが、近年の我が家では、お正月の
一定時間を駅伝に振り向けてしまいます。

最近、大陸だったらなあ〜、と思うことがあります。お盆は野
球の代わりに千キロ南を自転車旅行。お正月は駅伝の代わりに
千キロ東を自転車旅行。ホーム・ステイをお願いできれば、大
して費用もかかりますまい。当地では南も東も、海底を走らな
いと千キロ先に出られません。広かったらなあ〜。






佐倉城址公園(千葉県佐倉市)



佐倉城址公園(佐倉市)



国立歴史民俗博物館(佐倉市)



 ※


昭和三十年代に入ってもお正月は静かでした。菅野時代は、そ
の静けさが想い出の源泉となりましたが、神田の店は家族も従
業員も、謂わば職場に設備した台所、店頭に敷いた寝具、商品
倉庫に設置したテレビでしたから、お盆とお正月ぐらいは帰ら
ないと息が詰まります。

食事も、テレビの視聴も睡眠も、お互いの仕切りは隙間風が出
入りするガラス戸一枚で、煙ったいのはお互いさま。当時はそ
れが問屋街の常識です。戦前は富裕な店でも、風呂場はなくて
当たり前。

手洗いの出入りは木戸。換気のため、床面と天井面の小さな戸
は開けたまま。手洗いの入り口は階段を降りた正面。手洗いの
奥と右側は商品棚。手洗いの左側は、店内の表と裏をつなぐ半
間幅の土間で、靴を履いたまま、裏の路地へまわるお客さまと
店員の通路代わり。大人一人がやっとの広さが、安らぎの場と
は夢にも思えず。

大晦日の酒宴が果てるとお正月です。従業員はその足で帰省。
さて、俺はどこに帰ろうか? お休みの日数が少なく、世の中
の多くが家庭に戻るお正月に(多分、多くは茶の間のテレビで
満たされていたのでしょう)クルマの消えた首都圏をうろつく
のが、転校し越境した私の帰省でした。


 ※


まだ十六日ですが、もう桜の季節。躑躅も紫陽花もお祭りは苦
手です。上に載せた公園の写真はほとんど枯れ木でしょう。で
も、痺れてしまったのです。ランニング中に見かける夜明けの
桜が好きです。同じ桜でも、轍(わだち)が違うと思います。


 ※


えっ、伝統ですって? オヤマア!と驚き、浮世絵の扉を押し
て、昔の花見を見てきました。ヤッパリ! 酔客の伝統は、今
も脈々と流れていますが、景観美を大切にする伝統は、根こそ
ぎにされました。

十六日は、加波(かば)山と筑波山の西側の山裾を、真壁町を経
由して帰るつもりでしたが、曇っていても車内は暑く、窓を開
けて運転しました。外の空気、とても気持ちよかった。

流れは順調。ところが、大型トラックの排ガスが波のように押
し寄せ、お昼なのにお先真っ暗。このようなとき、皆さんは窓
を閉め、エアコンを入れ、音楽を聴きながら運転するのでしょ
う? 新車に買い換えれば、さらに快適でしょうね。しかし私
は、空気が肌に心地よい季節は、外気を吸いながら走りたいの
です。いつの時代も、その心地よさを、排ガスや、花見の渋滞
に譲りたくはないのです。

笠間を過ぎたあたりで、情けなくなってしまい、目の前の信号
を左折。すぐに稲田駅の踏切。延々と南下。峠を上り、峠を下
って八郷町へ。つまり、加波山と筑波山の、東側の山裾を走る
ことにしたのです。護岸工事の辺りから道祖神峠を下りるまで
は、一台の車も見ませんでした。人影もなく、空き缶もゴミ袋
も見当たらず、あると仮定した場合ですが、商業看板も、悉く
見ないで済みました。ただ一つ、気になったのが単車走行の警
告表示。こんな場所まで、荒らすヒトがいるのですね。

筑波山にも加波山にも、私には好きな山並みがあります。車の
屋根、取り払ってしまいたかった! そうも行きませんので、
峠を下って少し走り、道がト状に分かれた場所に停車、車から
降り、訳もなく山並みと、意味もなく田畑を眺めていました。

帰る方角に目を遣りますと、自転車の男の子が私をめがけて走
ってきます。不審者と思われたかな? が第一印象。小学五、
六年かな? が第二印象。顔も判らない距離から、凛とした声
で「こんにちは!」 私も、珍しく澄んだ声で「こんにちは!」

男の子は交差点を折れ、暫く走ってから停車、私と同じ方向を
見ました。視線の遥か先に、もう一台の自転車が現われ、次第
に接近、まだ遠かったのですが、二人目も凛とした声で「こん
にちは!」 声に促され、二人に手を振って別れの挨拶。





新治郡八郷町の茨城県フラワーパークから




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