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クリスマスの季節 −130−
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小五までの学校は閑静な場所に
一つの通学路脇の神社は今も砂地
西隣り(写真手前)の今は二階建てのアパート
アパート二階への階段にも無数の蜘蛛の巣
当時の塀は竹垣
塀の向こうが四十六年前までの我が家
正面が戦時中に疎開者に売り出された建売住宅
平屋の甍(いらか)は変わってないかも?
写真の左手は、昔
下半分が出入り自由の板垣
右手の塀は竹垣でした
アパートに変わっていたのは右手斜め奥の家
この写真には写っていません
門前の私道
界隈にはお屋敷が増えていました
一般の家も総じて豊か
数軒先から懐かしい表札が消えていました
姓だけですが
同級生二人の
表札のお宅は往時の印象を上回る立派さ
学校に近いお宅は
お屋敷の中でも目を見張る豪華さ
通学路を歩いてみましたところ
距離は記憶より広く遠かったです
当時は寄り道が楽しく
時間が経つのを忘れたのでしょう
記憶とは逆に
道幅が狭かった!
今は自動車と自転車に追い立てられ
幼稚園児や小学生が三十分も一時間も
歩いて通える状態ではありません
我が家は立派ではありませんでしたが
当時の通学路は豊かでした
豪邸よりも
通学路のほうが大切なのでは?
今、埼玉県から我が家へ向かう際
よく渡る江戸川です
結婚した頃は矢切の渡しの江戸川に
小学生の頃は里見公園脇の江戸川に
親しんでいました
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