折々の文章


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クリスマスの季節 −139 (3)−
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造成

 我が家から山越え途中





 公園に近い新駅





























 隣りの新駅


 交差する鉄道









新線新駅の、隣り駅まで歩いてみました。
始発と終着を除きますと、隣り駅は一般に二つあります。

新線の秋葉原寄りの隣り駅は地下駅です。
地下駅と交差する駅は、昔の新線が開通した時に開かれた駅で、
単線を除きますと、我が家から最も近い鉄道の駅です。
ムカシであれば歩けない距離ではありません。
家族全員の乗降頻度の一、二割はコチラ。
新しい新線の噂が立った当初は、
開通はコチラまでと思い込んでおりました。

今日(二十六日)歩いてみたのは反対方向の隣り駅、
茨城県寄りの新駅「流山おおたかの森」まで。
地元の農家は「急行が停まるのでは?」と話していました。
この駅は大宮に抜ける鉄道と交差します。
急行は有無の虚実も不明。

往時、陸の孤島と陰口をたたかれた我が家界隈で、
数年後に利用が考えられる鉄道の駅は

単線の我が家最寄り駅(←越して来た当初はこの駅だけでした)
昔の新線の我が家最寄り駅(←家族全員の乗降頻度の一、二割)
新線の最寄り駅(←公園近く。急行?の通過駅なら避けるかも)
新線の地下駅(←昔の新線の我が家最寄り駅と交差。便利かも)
旧線の新駅(←今は最も利用している駅)
旧線の新駅の、茨城県寄り隣りの旧駅(←以前、家族が利用)

路線バスも皆無ではありませんが、
停留所の時刻表は白紙同然で、
梟や野兔やヤマドリや狸よりも馴染みが薄く、
わざわざ遠方へ出て鉄道に乗り換えるヒマもなく
現実的にも幻想的にも、通勤であれ娯楽であれ、
未だに検討に値するバス路線は発見できません。

駅の近くには人家も人影もほとんどなく、
やっと出合ったパン屋さんで、
流山おおたかの森駅はコレですね」と尋ねましたところ、
駅名を知らなかったご主人曰く、

オオタカはいないよ。
ヒトより知恵があるから
疾(と)うに去ってしまった。
住んでいたのはあの林の向こうの方角……
と指差したのは私が梟(ふくろう)と出合う樹林の続き。

梟の奇声(←もう一つの鳴き方)を耳にするのは
互いに離れた数ヶ所です。
早朝の闇の杭で姿も見ました。
最後に見たのは数年前、
恐らく新線工事が現実化した頃、
我が家の団地の北側の電線でも数度。

闇の中で、走っている(脚走)私を見ていました。
何を言いたかったのだろう?
最初の随想、春の夜の……で
トキの祈りの詩を載せたことがあるのですよ。
最近、日本のトキの最後の一羽が
死んだ様子を耳にしました。
周囲の造成が始まってからは
一ヶ所の縄張りを除いてヤマドリも見ていません。

昨日(二十六日)作品五点を世田谷店に持ち込みました。
古い車が新しい車より役立つときです。
セダンなのに今のバンより入るのです。
世間の社用車よりトランクが広いのです。
丸型で、タイヤの枠が内側にせり出している今の車は合理的?

中町(武蔵野市)時代を思い出しました。
環七に滞在すること往復で三時間!
うんざり。
なぜ片側を四車線にしないのですか?
なぜ幹道や街道の幅を倍にしないのですか?

佐倉城址公園への往路復路で、
別の新線沿線の、
自然を根こそぎにした広大な宅造地を、
単調さを我慢しながら運転するとき、
あるいは自由と無秩序と、
発展と混沌の境が判らない東京に通うとき、
新線開発の意味が道路以上に解らなくなります。

暮らし部分は独立国に準じる州政府に移して欲しい。
地方政府も企業も、州相互で暮らしの質を競って欲しい。


 ※


最寄り駅を一つ書き落としました。
家族が近所の中学へ通っていた頃、
末の子が普通科美術科を志望しました。
普通科美術科は梟の声同様、聞き違いと思ったのですが、
子に教えられフ〜〜〜ン。

県内では普通科美術科の所在がわからず、
本人が隣りの県の高校を探してきました。
その通学がマトモですと

単線最寄り駅まで徒歩十五分、
旧線に乗り換え、三つ目の駅で、
大宮方面の鉄道に乗り換え五十分、
駅から学校までの徒歩を加えますと、
待ち時間抜きでも二時間かかります。

新入時、同級生曰く
千葉県に住んでるの?
海が近くていいね。

電車の数が少ないのは仕方ないとしまして
制作で居残れば夜の帰宅。
そこで最も遠い最寄り駅の登場となります。

大宮方面への鉄道の、
柏駅から何番目かの駅で直接乗り降り。
この経路ですと、途中駅止まりを別とすれば
利用する車両は一つで済みます。
それでも通学時間は片道一時間半。

難題がもう一つ。
最寄り駅までの交通事情と治安です。
最寄り駅まで徒歩ですと日が暮れます。
防犯上も自転車通学がよいです。

中学通学の交通事情、特に自転車通学の道路事情は、
私には考えられないほど劣悪でした。
新たな最寄り駅へは、その比ではありません。
歩道がなく見通しの悪い狭い道を、
乗用車も貨物車も飛ばしています。
車の少ない経路は治安の点で、
地域で最も危険とされる場所を抜けます。

折々最寄り駅まで家人が送迎、
遅くなったときは柏駅を経由してもっと遅く帰るなど、
工夫を重ねての三年間、
遊び惚(ほう)けたご褒美は皆勤賞……

広い校庭の小学校も生徒が減る一方でした。
末の子の運動会は寂しかったです。

新線完成後は秋葉原から二十数キロ、
浦和や三鷹や鶴見や船橋に位置する土地で、
ノウサギ二羽に割って入った……と書きましたが、
武蔵野市中町に通っていた頃は、
三鷹市でノウサギに出合うなど荒唐無稽。

外遊できる身分ではありませんので、
コクサイ社会の現実は知りませんが、
植物が繁茂可能な経済先進地帯の「三鷹圏」も、
事情は涙国と同じでしょうか。
荒唐無稽は、涙国首都圏の暮らしでは?

今までにご紹介した当地の写真は、
緑地のはじまりではありません。
斯様な不便が幸いして
首都圏に残された点や線に過ぎません。
その中枢を新線が貫いたのですから、
梟の祈りを表わす以外にこれから千年、
打つ手はないのかも知れません。




 我が家へ下山途中


 塀の奥も調整池工事


 稀少地形「水溜まり」




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