折々の文章


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クリスマスの季節 −146−
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一昨日(九日)は選挙でした。

風土資本の損傷。家庭資本蓄積の不在。暮らしに欠かせない資
本は、社会資本だけではないのですね〜。

足で確かめたことがありませんので、西京地方州や中京地方州
の現実は知りません。州は国や邦とも書き、ムラとも読みます。

一つ化する国際社会ですから、何千万ものヒトが住む地域は十
分に独立国として通用します。壇上に暮らしを委ねる政体は博
物館に展示する前数千年期の遺物。自らの暮らしは自らの手に
より近く。

税の直接間接の比率に国際標準はありません。直接間接比率の
社会相互の比較は、意味がないだけでなく恣意や作為が紛れ込
んでしまいます。教育学習の詰め込み度を国際比較するのも同
じです。

一歩外ヘ出れば、豊かな緑と澄んだ湖に恵まれた社会で暮らす
生徒や児童に詰め込み教育を施した場合、田野や湖沼は、教育
学習と独立して存在できるのですか。開放感や創意や想像力は、
古風な動物園の檻まがいで励めば、より伸び伸びと、より自由
に育つのですか。

風土資本の行き届いた社会で、祖父母が暮らした素朴な住まい
に、父親が描いた風景画を飾り、母親が慈(いつく)しんだ庭を
受け継ぎ、夫婦で買い足した食器を子に譲る家庭で育つ子と、
風土資本を根絶やしにされ、通学路まで危険を強いられる壁塀
地帯で、浪費に酔い、陳腐化の速さを競う家庭の子が、同じ詰
め込み教育を受けても同じ学習になる筈はありません。

教育と学習は不可分です。最も詰め込み力のある教育学習は、
風土資本が褪色し家庭資本が貧困を極めた社会では、寡占媒体
に載る情報のことかも。緩衝を外され、紫外線を直接浴びるの
と同じでは?



  
異邦から 24km



























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