折々の文章


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クリスマスの季節 −161−
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もう十四日です。十二月は父の誕生月。お祝いに父を訪ねた最
後が二十年ほど昔。我が家の家族はそれから十数年間、両親の
住まいから遠ざかっていました。お正月に挨拶してお菓子を食
べて退出するだけ。私には考えがあったのですが、誰も自然な
こととして過ごしていました。

私は父とよく話をしました。私の一方的なお喋りを、笑顔で聞
いてくれました。ほとんど家族の話。嬉しいことも困ったこと
も包み隠さず。

母の暮らしを介添えしてから、父の想いが見えてきました。誠
実だったのです、母に対して。

連載の題名が「クリスマスの季節」なのに、クリスマスの話題
がないのは寂しいです。題名の意味? 私の書き物は、題名が
浮かんだ頃が切り上げ時でした。先に名づけた必要は解ります
が、先に付けた題名の意味は……自分にも判りません。

橡展では、印刷の必要があるから題名を知らせて欲しいと催促
しても、作品が完成しないと、決まらないのが学生さん何人か
の常でした。無題が困るのは作品を識別できなくなるから、題
名は制作番号でも足ります……とも言い切れません。

クリスマスのあれこれが急速に冷えました。子らの自立が大き
いです。歳で、億劫(おっくう)になったこともあるのでしょう。
感性が衰え、賑やかな飾りに麻痺したのも事実。

異国の異教の風習だから? ところがですね〜、子らの自立前
から、お正月の冷え込みがもっと大きかった。大晦日の番組も
初詣も御節も無関心に近いほど。題名を「お正月の季節」にし
なくてよかったです。お正月の行事もクリスマスの行事も、質
素を好む美意識が邪魔なのかも。


 ※


早朝の脚走に犬は鬼門。野犬と野良犬と迷い犬の、野犬の怖さ
をご存知ですか。躾(しつけ)が出来ていない犬の、迷った直後
も厄介です。吠えかかり、噛みつかれる心配があるのです。怯
(ひる)まず、猛烈に反撃する仕種。中途半端は逆効果。

今朝(十五日)は、週末に寝泊まりする市街から出勤しました。
駅への途中のゴミ置き場に、持ち去りでしょう、空き缶を袋に
移す初老の脇で、肋(あばら)の出た犬が震えながらゴミを漁っ
ていました。はじめの頃の随想に、浮浪の犬の想いを書いたこ
とがあります。その景も、新線に潰されました。

子の一人が、犬を飼っている友人宅に泊まりますと、小型には
寝床に潜り込まれ、大型には抱きつかれるそうですが、普段の
我が家に犬は無縁。

隣りが畑の我が家は、前々から猫の通路、兼、日向ぼっこ所、
兼、爪の研ぎ所、兼、手洗い所、兼………。ほかに何かありま
す? 子らが幼かった頃は、軒下に吊るした籠のインコに、野
良猫が飛びつこうと空しい努力。

近年は野良猫は珍しく、庭に馴染みの猫ばかりです。どの猫も、
家人の姿を見るとさり気なく姿を隠します。露骨に警戒するの
は私に対して。

臭いが大の苦手。それが下草や花壇ならまだしも、玄関脇と門
脇から臭うのですから、どうしても猫の姿を見ますと、コラ!
とノドまで声が出かかる。大昔、一度だけ追いかけて、カミサ
ンにこっぴどく叱られました。

カミサン、上がり込まれて途方に暮れたり、糞を踏んだ靴は洗
いもしますが、名前を知っている猫を私が邪険にすれば、カミ
サンも困るのです。

その一匹によく遭います。猫の散歩時刻と、私が走り終わる時
刻が同じなのです。私の姿を見ますと、玄関から門への道を逸
(そ)れ、車の下に潜り、生け垣の下から乾いた側溝に降り、溝
を歩いて畑に向かいます。それが昨日今日、脇に逸(そ)れずに
門から道路へ出て、整理体操をしている私を暫く眺め、弱々し
く鳴きながら畑へ向かいます。

「旅」ではの写真も載せました。「異邦から」では糧(台東
区)と黄葉(千代田区)と陽だまり(文京区)と冬のバラ(千
葉県野田市)で猫を見ました。

糧では、気づいたら目の前の石垣に。黄葉では、下草からこち
らを凝視。陽だまりでは、猫なで声を発しながら暫く私の反応
を待っていました。冬のバラでは、ズボンの裾に体をこすりつ
けられ、思わず係に「この猫ノラ?」

私の対応はいつも同じです。声に出して「構ってやるヒマはな
いよ」と言います。それで猫も解るみたい。


 ※


通勤電車に、濃色の上下をまとった定年世代が坐っていました。
フィルム二本分でしょう、繰り返し見ていたのはお花の写真。
選び出すのが目的だったかも知れません。

私は無口で内気。今でも老舗百貨店に入りますと、店内を我が
物顔で歩く男性社員に道を譲り、女性販売員にも臆してしまい、
コレいくらと尋ねるときは、声がかすれてしまいます。

仕事の声は、自然にメリハリが効くと思っています。社外の上
席役員と話すときも、新卒当時から尊敬語・謙譲語・愛想語が
消えてしまい、デスマス調になりました。街で見かける異国の
旅行者には、涙国語限定ですが、声を掛けたくなる気易さも。
普段着の異国の観光客と、老舗百貨店の社員とは、何が違うの
だろう?

お金が湯水のように流れてくる場で働きますと、場違いなお客
を(←地理的関係から、仕方なく万屋に出かける私を)上客と
同等に扱うのは難しいでしょう。その割に、贈答や催事や地下
では、大衆的な呼び込みを続けますね。涙国の奇妙がココにも。

富貴絢爛(ふうきけんらん)と質素自然の同居は、私の場合は愉
快ではありません。涙国は「演技・趣向」と「家庭・風土」の
住み分けができていません。通勤電車で盗み見る大衆紙の、大
人向けの写真が、断言する根拠になりますでしょう。涙国の金
太郎飴は、切り口が雑居ビル模様、だったのですね。

二度三度と繰る写真を全点見てしまい、密かに選定のお手伝い
を試みました。技術も機器も本職の域。ただ、服装の雰囲気と
体の姿勢が、素人を印象づけていました。

私は都心では、撮るのに便利な場所で昼食を済ませ、背広のま
ま○チョン片手に歩きます。夕闇の写真も、雨模様のお昼休み
でした。

休日は広域になります。

母には、週末の緑地巡りが欠かせません。絵を仕上げるために
途切れますと、作品が完成し、緊張がゆるんだ頃に不調が現わ
れます。

健脚が健康と意欲の源泉です。健脚が豊かさを維持します。

同行の母には、待ち合わせの目標を決め、先に歩いてもらい、
私はジグザグに面を歩き、メロメロになった景色を反射的に撮
ってしまいます。これですと、母も速歩の私と歩けますし、自
分の見たい風景を楽しめます。

座席の写真は温室内でした。接写技術に優れ、色も形も植物図
鑑の精度。備品や内装もよく写っています。ですが駅をいくつ
過ぎても、満足の表情は現われませんでした。


 ※


往時、神田から甲州街道へ向かうときは、新宿駅脇のガード下
を抜けた記憶があります。抜けてすぐに新宿の○○屋さん。

垢(あか)抜けた印象はなかったですが、販売力があり、両親の
日頃の会話に欠かせないお客さまでした。中学時代の私も、配
達車や大晦日の集金車に便乗してお店を眺め、とてもありがた
く思っていました。

その後、商売の関心は○○屋さん近くの、専門店MさんやTさ
ん、あるいは衣服の量販で先行した関東のNさん(←何年も前
に破綻)に移行、店が(←店とは両親の問屋/企画は母/私は
大学時代も企画書の作成や資料集めを手助け)商品化したカジ
ュアルコートを大量に商い、私が結婚した時、カミサンの従兄
弟(いとこ)が学生時代に着用、商標のロゴと図柄も記憶してい
たと聞かされ、ある種の感慨が湧きました。

社会に出てからの新宿は、会社の同僚や先輩と飲みに行く場に
替わりました。新卒から暫くは高校時代の交遊も続き、勤め先
は違っても会社帰りに

オンナノコとビールでワイワイ」の好きな友人がいたのですよ。
出かける先は新宿のナントカチョウ。その一角は中高時代、両
親と映画を見ていますが、ビールを並べて騒ぐ場所は初めての
体験でした。

新幹線で帰ってきたとき、あなたはとてもやつれて見えたので
すよ」←母の記憶。

面接会場で経営者から「なぜ応募したの?」

答えて曰く「西欧の○○がこの国で育つ、その道筋に関心があ
ります」 ←意味はコンナトコロ。実際の言葉はもっとぎこち
なかった。○○は文化。応募したのは、漆器の会社や和菓子の
会社ではなかったので。

黒衣(くろこ)の調査立案と、新宿のナントカチョウに接点はな
かったです。友人の好みの場は、私が出かけるにはマズイ面も
あったのです、商品の取り扱い比率で。

新宿の雑居ビルの惨事は今の話です。皆さんも再び上空から見
て下さい。島嶼市街の近未来図は、犯罪が原因ではなく必然で
は?

島嶼の誰もが予見でき、先ず遭遇するであろう災害です。皆さ
んは激震と、大水と火を「予定」されている島嶼の市街に、雑
居建物群の寸刻み建設を認めるのですか?

島嶼の舟の進路を、涙国の現代人はどう考えていたのだろう。

涙国は、美の最高位に属する風土資本を与えられているのです
よ。田園も、青い空も、陽だまりも、冬のバラも、自由で、神
秘で、遥(はる)かで、幻想的で、静けさのあまり私はメロメロ
になります。温室の熱帯花や無国籍の公園とは距離があり過ぎ
ます。涙国が国際社会に誇るのは、島嶼固有の風土資本と、そ
のもとで蓄積する温和な家庭資本では?

静寂の育苗、律法なき祈り----

誰もが采配者で戦(いくさ)に勝てます? 指揮者の決定が時代
から逸(そ)れる時は(地表の環境資本疲弊の時代に、大規模な
破壊を伴う武力行使は)その不具合や問題点を、場当たりでな
く長期で指摘、破壊を要さない改廃に腐心、舟の進路を示すの
が、国際社会の役割だと思っています。島嶼は、風土資本と家
庭資本の蓄積で大陸と覇権を競って欲しい。




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