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クリスマスの季節 −168−
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菅野時代のお正月は、父のキモノ姿が印象に残っています。母
は真っ白な割烹着。両親がどうにも眩(まぶ)しく、子のアヒル
は一緒に歩くのが恥ずかしかった。
私も親になったら、お正月はキモノを着るだろうと思っていま
した。ところが、予想は完全に外れています。近年、父が遺し
たキモノを羽織ってみましたところ、未だにアヒルの我が身を
自覚、お正月も、着た切り雀が自分流と悟りました。
服装に無頓着ではないのですよ。結構ウルサイ。例えばネクタ
イの色と柄。ですが結婚してから、自分でネクタイを買った記
憶がありません。
お土産に頂いたネクタイや、カミサンが買ったネクタイのほう
が、自分で買うネクタイよりヨイと分かるほど私の感覚は優れ
ていますので(←ヘンな理屈)カミサンに「これオカシクナイ
?」と尋ね、オカシイと言われない限り、お古でも何でも着て
しまいます。着た様子を尋ねる際は、「これカッコイイ?」と
聞かないことが大切ですね。
玄関の伸(の)し餅を居間に運び、菜切り包丁で切り分けるのも
私の仕事。切った後は、丸い火鉢の丸い網で、お餅がふくらむ
のを楽しみました。熾(おき)も飽きずに眺めていました。灰は
掻きまわして遊びました。火鉢の楽しみを今一度と、あるとこ
ろから炭と、灰と、すり鉢型の風炉(?)と鉄瓶を譲り受け、い
つでも使える筈なのに、なんと肝腎の置き場がなかった! す
きま風が懐かしい。
素顔
柴又 帝釈天 題経寺
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