────────────────────────────
クリスマスの季節 −187−
────────────────────────────
祈り
夏の朝はこちら
神田駿河台のニコライ堂と
カトリック神田教会です。
出勤時に考える時間が欲しいときは
今でも御茶ノ水駅から歩きます。
朝陽を浴びたニコライ堂がよいです。
徹夜で校正を終えたゲラを朝
荒牧さんに届けるときは
水道橋駅から歩きました。
荒牧さんは出勤前でしたから
事務所の郵便受けに投げ込んで置くのです。
カトリック神田教会の雰囲気が好きなので
少し遠まわりしました。
明治二十七年頃
父の父が上京して習った英語塾は
ニコライ堂が関係した何かだったそうです。
母の父の末っ子
つまり母の弟は母とは歳が離れ
母がよく遊んでやったとは最近
漏れ聞いた話ですが
神田駿河台のS小児科にお世話になっていました。
一方
母は女学校時代にロクマク(結核性の胸膜炎)を患い
S小児科と通り一つ隔てたK病院に
三ヶ月入院しています。
病室は軽い結核患者が入院する一階のような二階で
上の階は重い結核患者の病室でした。
それ以前
S小児科に入院していた弟を見舞った母は看護婦さんに
K病院側の窓は開けないで下さいと言われたそうです。
その開けてはならない側のK病院に入院中の母は
症状が軽く話しやすかったのでしょう看護婦さんの
昨日も上の患者さんが亡くなったのよ」という言葉を
幾度となく耳にしています。
|