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クリスマスの季節 −204−
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芝川
金庫
民家園
旧野口家住宅
左手は旧武笠家表門
奥は旧蓮見家住宅
旧綿貫家住宅
浦和くらしの博物館民家園
埼玉県さいたま市緑区下山口新田
緑区の民家園は、週末に寝泊りする場所からスグです。距離が
近いとは言えませんが、熊谷や川越に出かけた帰り、道路が混
んでいなければ「さて、今週の食料は何処で買って帰ろうか」
なんて気持ちになる信号から、脇に逸れてスグなのです。
もっと近く、それも頻繁に通り過ぎる地域でも、江戸期の建物
を見ることができます。見「学」が目的ですと、栃木県や群馬
県に出かける前に、スグの建物を、先ず見ておくのが順序かも
知れません。
今日(二十九日)は午前の雨を予想していましたので、毎週の
行事「我が家での日曜の昼食会」に出かけるほかは家でのんび
りの筈が、雲の切れ間に青空が見えてしまい、逆方向でしたが、
道路事情はむしろ都合のよい、さいたま市緑区の民家園へ。
できるだけ遅く出ました。なのに開園前に着いてしまった。園
には自由に入れました。定刻に各建物の門が開くまで、園の囲
いの南側の切れ目から芝川へ。
水戸とも桐生とも大平とも違っていました。水戸へは、今様天
守閣の前を通り過ぎます。藤岡町を経由する桐生や大平へは、
往路も復路もダンプカーの隊列に、感情を消し去って運転を続
けます。四号にも六号にも十六号にも十七号にも五十号にも、
観光気分の生まれる余地はありません。海外観光に値する場所
が、関東平野にどれだけ残っているのだろう。しかし点であっ
ても、点が憩(いこ)いなら出かけます。
民家園を出た荒れ地にいくつもの警告板。一帯はゴミが散乱。
なんでこんな場所に来てしまったのだろうが正直な感想。それ
と……
旧野口家住宅の門を開けている二つの姿を見ましたので、私は
旧武笠家表門のほうへ歩いて行きました。当方が門に着いたと
きは、二人は旧武笠家門内に入り、旧蓮見家住宅の入口を開け
ていました。その一人が、縁側のほうへ歩みを変えましたので、
私との距離が接近。自然に挨拶が口から出ます。戸外では声も
大きくなります。ですが先様の、前を横切る姿勢は少しも変わ
らず、反応はウム!とだけ。そこではじめて気づきました。精
巧な絡繰(からく)り人形だったのです。
児童や生徒が見に来るとしまして、彼らは何を学んで帰るので
しょう。先ず感じて欲しい。それには申し訳程度の緑ではなく、
古い民家の「風土」も、できる限り再現して欲しいです。
梁(はり)を撮り続けています。理工の技術は関心ありません。
考え続けているのですよ天井から屋根までの人文を。
移築民家
01〜02年の写真より
さきたま古墳公園 埼玉県行田市
房総風土記の丘 千葉県印旛郡栄町
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