折々の文章


────────────────────────────
クリスマスの季節 −221−
────────────────────────────
  
下町の表情 出口






















 入谷鬼子母神







下谷〜根岸〜竜泉〜千束〜入谷
順不同


入谷界隈も祖父母とその縁者には身近でした
一方
私が最初に入谷を意識したのは
日光街道を往復した学生時代

気づいた当日が誕生日
そして日曜
それだけのことで
運転免許証を切り替えられなかった
その十数年前
大学に入ってすぐに普通自動車の運転を免許
店(←両親の繊維問屋)と工場の往復に
スバルの荷物車が威力を発揮

当時から
千住も上野も渋滞にうんざり
入谷は渋滞の気分切り替え点

自宅で療養するため
父が退院した日は
本町から首都高へ上がって入谷に出ました
その僅かな距離を以前は
高速道路料金の全額を要求されたのです
普通車の今は特定料金の三百円(通常は七百円)

二ヶ月前
東京駅で乗ったタクシーは

 お客さん! 料金は私が持ちますから
 本町から高速を使わせて下さい

はじめからそのつもり
高速料金は私が払うよと言いましたが
運転手さんは本当に自腹でした

首都高の入谷の出口周辺は
騒音と排ガスで息苦しくなります
その入谷の交差点から上野方面と三ノ輪方面の
大通りに沿った集合住宅を数えてみました
十何階建てが
五、六、七、八、九…………
建築中の建物も見えます

政壇は繰り返し国際貢献の大切さを説きます
壇上の渡航も盛ん
しかし
足許については何を考えているのやら
国際社会に献ずるために庶民は働くのですか
涙国には
子の自由は何処にあるのだろう






折々の写真「神田川」より








散歩は車道を手押し車で




休憩は墓石の狭間で


 脇には園児

 上には青空

 下にはマリ


遊び場は
重要文化財の洋館・撞球室・大広間・袖塀などと
「巧緻を極めた当時の」和館が並ぶ
「往時をしのぶ和洋併置式」の庭園で発見した無料の幸運

私にとっては最高に値する風景も
観る側と案内する側は
くつろげる緑地のなさを知りながら
子に開放する積極性が窺われず重文一筋

狭い車道の散歩道
お墓の休み所
重文施設の遊び場

いずれも
海外からのお客さまに涙国の現代文化を紹介する際
欠かせない光景です
お客さま誘致の演技力は文化に値しません



次頁へ
前頁へ
クリスマスの季節1へ
折々の文章、始まりへ
折々の文章、下書きへ