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クリスマスの季節 −228−
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今朝(四月三日)は晴れ。Tシャツで走っています。
ムラについて。
適度な競争は、政(まつりごと)にも必要とは既に書きましたが、
研究開発にも最高学府にも住環境にも、適度な競争が必要なの
をご存知でしたか。集中と独占の境に線は引けません。
野放図、放縦、我欲のままに、恵まれた風土を、潜在的瓦礫と
化した涙国が未来に垂れ流すツケは軽くはないです。一つだけ
の議会に、競争に値する合議は存在できません。
風土資本蓄積のために、都市美育成のために、野放図な市街化
を排除する厳しい制限を課すなら、首都への極端な集中も、瓦
礫化の郊外への拡散も物理的に阻(はば)まれます。都心から離
れれば制限は一層厳しくなりますから、混沌の分散による掻い
潜りも回避、首都圏の機会は著しく制限されます。集中化によ
る機会増は、競争の放棄に通じるでしょう。
必要なのは、
各々独自の法に基く五つ六つのムラなのですよ。
トーダイもソーケーも各々五つ六つ。ムラコッカイも五つ六つ。
コーキョーホーソーキョクも五つ六つ。村(ムラ)営ユービンキ
ョクも五つ六つ。一億何千万人ものヒトに対して、たった一つ
のトーダイ、たった一つのエンエチケイ、たった一つのコッカ
イとは、涙国の庶民一人一人は随分軽く扱われているのですね。
一億二億が集まらないと国を維持できない社会と、二千万三千
万でムラを維持、相互に競い相互に合議する社会とでは、後者
のほうが優れているというより、前者のほうが威圧的・独善的
・非自立的では。
内院は一つへの集中を回避、五つ六つの首都が相互で、ミヤコ
の権威を競って欲しい。
※
今年印象に残った桜は、男子高に続いて女子高も引き上げ、仮
校舎の役目を終えた(?)廃校の桜です。小学校の名前は確か千
桜。門から玄関までの暗い通路で、精一杯咲いていました。
今年は桜を観に出かけませんでした。出かける先々で桜が咲い
ていたのです。今井浜から伊豆高原へ向う車中で眺めた桜がと
てもよかった。伊豆の山肌の桜です。伊豆の山には、四季折々
魅せられてしまいます。ただ、自分で運転、好きな場所で下車、
山に入りこまないと、なかなか撮るのは難しそう。
自然美に感応する歓びを皆さんもご経験でしょう。伊豆だけで
なく、都心の植物園でも情況如何で。静寂と沈黙が絶対条件。
階段でも坂でもぐんぐん歩くことです。一瞬、全身が震えるの
で判ります。例えば、山道を速足(はやあし)で歩き続けて息が
切れるようでは、深く感受する機会も多くはない筈。
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