折々の文章


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クリスマスの季節 −24−
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僻(ひが)み話をもう一つ。先日、出かけた個展会場と同じ百貨
店での出来事です。数年前、観ておいて欲しいと頼まれ、昼休
み、ある現役作家の個展に出かけました。立派な会場には、新
年を意識した作品が並んでいましたので、無人の展内をゆっく
り拝見、会場入り口の脇の小部屋(と申しましても並みの個展
なら可能な広さ)の作品も観せて戴こうと入りかけ一瞬躊躇。

椅子に腰掛けていた先生と、お身内でしょうか、やはり椅子に
腰掛け、毛皮のコートをお召しになった年輩のご婦人が額を寄
せ合っての歓談中を、お騒がせしてしまったのです。

先生は、無言で会釈した私に眼光鋭い一瞥で応答され、再びお
話の佳境に戻られましたが、ただでさえ風采の上がらない私が、
仕事中のむさくるしい格好でお邪魔したのですから、ご不快を
おかけしたことを悔い、動揺して波打ってしまった画像を消そ
うと試みましたが、フロッピー・ディスクのようには参らず、
嗚呼、作品が一人歩きするとは斯様な経過を意味するのかと、
身をもって学んだ次第です。

ここから私の鑑賞の後段が始まります。いえ、作品との邂逅が
新たな表現の扉を形成し、鑑賞が後段に続く作品が好きなので
す。ですから生身の表現力が貧しい作家は、前段の鑑賞時もし
ゃしゃり出ないで欲しいのです。

いいものですよ、児童や生徒や学生の、手足を思いっきり伸ば
し、体全体で表現している作品! 傑作は、与えられるだけで
なく、鑑賞者自身も表現するもの、なんですね〜。


 ※


文字の表現は私の場合、年齢や暮らし振りで感想が変わってし
まい、昔と今とでは、読書する自分が別人になっています。好
み一つでさえ分からなくなってしまい、年齢軸の連続性を維持
できないのです。

文章は、ご商売の都合で決める「素晴らしい」は困りますが、
一人でも素晴らしいと認める読者が現われれば、それで素晴ら
しさの根拠は成り立つでしょう。絵との違いがココにあります。

目の前の絵を見ずに済ますことは難しいです。しかも書物と違
い、ほとんどの絵はすぐに読み終えてしまいます。

本を同時に二冊読めるヒトは珍しいです。読書中のヒトに干渉
できる本も存在しません。しかし壁面の絵は、部屋の内装、照
明、空間、距離、演出、額縁、前後の作品、同伴者、監視員、
経歴、解説、選評、権威など、展示の方法や状況によって変化
します。

絵の鑑賞は、現在の自己にとっても「相対」なのです。読まな
いで済ませられる書物と違い、絵は一目で判ってしまいますか
ら、「一人でも素晴らしいと認める読者が現われれば、それで
素晴らしさの根拠は成り立つ」のは困難です。曰く、あんな絵
がなんでよいの!と。曰く、あれが巨匠の傑作ですよ!と。本
には無関心でいられますが、絵は辛(つら)いですね。


 ※


今春、付き添いを頼まれ、本職の個展に出かけたことがありま
す。会場は銀座でしたが、繁華街から離れた建物の上階で、名
前は画廊でも事務所の雰囲気。出品者は本職お二人。小さな作
品が各数点限り。入室時は、作家風の壮年者と営業員が商談中
で、話し終わるまで待ちました。とても狭かったのです。

案内状には二人展とありましたが、構図も筆遣いも違うお二人
なので、私には不協和音が聞こえてきました。強い色調の小品
は、私の知らない先生の作で、今は各々の画像と、現場で感受
した情感の種類が記憶されています。

もうお一人は以前、一度だけご挨拶したことがあります。デッ
サンは書物で拝見していますが、原画を観たのは初めてです。

意外でした。ご経歴や、絵を多数受注したお話や、現在のお仕
事などから、想像していた心象と違いが際立ち、その場では作
品の感受に失敗、作品を記憶したのも忘れていました。

不思議ですね〜。個展から数ヶ月も経った今になって、次第に
強まって来るのです「嗚呼、いい絵だなあ〜」という想いが。


 ※


私は歳とともに絵の好みが広がっています。しかし逆に、誰の
何と名指しできる作品は減っています。競技を観戦する気持ち
が、昂揚と熱狂から、緊張と不安に変わってきたのと根は同じ
でしょう。

家族の時間や一人の時間に親しんできたいわゆる名画は、これ
からも限りなく大切ですが、私の場合、古今の傑作の「歩留ま
り」はもともと高くはありませんでした。その低さに輪を掛け
た展覧会が、現代作家の公募展や郷土の作家展です。観に出か
けても、しばしば表情を欠いた会場が「あんたは歓迎されてな
いみたい」と囁(ささや)くのです。

絵を「商う」場合、来展者に対した作家は、傑出した美感と、
卓越した技量を誇る芸術家を克服して、競技場の昂奮とは別種
の歓びを与えてくれる「カッコよく気さくな小父さんや、垢抜
けていなせな小母さん」に変わって欲しいですね。描画には、
暮らしの精神性も影響するでしょう。絵の広がりには、日常性
の演出も必要でしょう。


 ※


受賞の階梯を昇りつめた素人作家を二、三、見ています。舞い
上がるのが自然です。結果は「私は皆さんとは別」意識。

絵を序列化する客観的基準があるのでしたら、作品を観れば判
りますから、賞で格付けする必要はないでしょう。むごいこと
をします、素人を序列化する公募展は。

本職の公募展でも格付けを目にします。絵画市場では役立ちま
すが、絵を観るときは、序列の標識は鬱陶(うっとう)しいです。

既成概念を打破するのが芸術家、という言葉を記憶しています。
壇上も経済も寡占媒体も、挙(こぞ)って投資、競って加熱する
時代には、「カッコよく気さくな小父さんや、垢抜けていなせ
な小母さん」の日常性が、主体的な暮らし振りが、それを実現
すると思います。


 ※


昨年(四月)から始めた公園巡り、次第に行きたい場所がはっ
きりしてきました。幸い、軽いハイキング程度なら、一人でも
歩き通せるまで回復。齢と介護の負担でしょう、激しい痛みか
ら判った腰椎の異常は、一目でわかるほど進んでおり、物理的
に戻る筈はないですから、整形外科のお医者さまは、患者(母)
を診るたびに怪訝な表情。

頸椎の異常から屈(かが)んでしまった半身も、信じられないほ
どすっきり回復。食事と、歩け歩けの運動と、日光の威力は凄
いです。偏食と、昼夜逆転した生活を続けていますと、若さと
運動で補っても、骨はいい顔しませんよ。

いいですね〜、植物園。お花が綺麗な公園は、お花が綺麗すぎ
て食傷気味。樹木が素敵な公園は、季節を誤ると疲労困憊。温
室は狭すぎて運動不足。

いいですね〜、筑波の植物園と佐倉の植物苑。前者は遠くて当
初はおっくう。後者は狭くて当初はがっかり。

入園料は安く、お弁当を食べる場所もありますが、子を遊ばせ
る施設はありません。一方は「植物学の研究と、市民が自然に
親しむ園」、もう一方は「生活文化を支えてきた植物を植栽、
その理解を深める苑」なんだそうですが、そんな趣旨に関係な
く、いいですね〜。

前者は「橡の木の葉」の故郷なんです。後者は古里(菅野)に
戻った気分になれます。借景の序列化なんて、心象の審査なん
て、できる訳ないですよ。


 ※


ニキの「トエリス」のおなか、小さい子の体形に似てません?

私はヒトに出会いますと、必要な場合は簡単に親しくなってし
まいます。そう、世間に出た頃は、苗字の一字をとって○チャ
ンと呼ばれていました。お隣りの宣伝部でも、遠くに所在した
デザイン室でも○チャンでした。

本部長のお一人も、名目の、最高位に次ぐ方もそうでした。営
業の役員会議では招き猫として末席を汚し、お食事中に決済を
仰ぐ時はオマジナイ役として同行させられ、最高位からも○チ
ャンと呼ばれていました。しかし、本部長のもうお一人は○○
君、実質の、最高位に次ぐ方は○サンでした。お二人から声を
掛けられますと、背筋が寒くなったものです。

私は人前では笑いを絶やしません。でも、ホントはネクラなん
です。笑いが大切という掛け声は、可笑しくもないのに笑って
しまう私には釈然としないのです。

父も笑顔の人でした。しかし私とは違い、我(が)を張らず周囲
に尽くしていました。ために与(くみ)し易いとされ、病気が進
み体が動かなくなった晩年には、他人から、車椅子でもアレコ
レ指図され、病床でもツベコベ説教され、母と一緒に耐えてい
ました。

父は友人に恵まれていました。友人を大切にしていました。し
かし私は一人が好きですね〜。

五十歳の頃からです、よくここまで生きられたなあ〜と想うよ
うになったのは。壇上では百花繚乱の年齢でしょう。

来年は養育から解放されます。まだ若いと言われますが、これ
で私は終わりだという気持ちがとても強いのですよ。そこでこ
れからは笑顔の話はやめ、笑心(絵心)の話を続けましょうと
思い立ち、始めたのが今回の連載ですが、どうも脱線が目立ち
ます。

樋口一葉に親しむには、当時の街並みが是非欲しいです。旧を
最先端に入れ換え、消費に専念する産業社会にとって、借景の
成長は「繁栄」の妨げになります。

主体的表現では、観客が舞台に立つ必要があります。

借景の整備に関しまして、観客化と主体的表現は相性がよくあ
りません。

即断し、次々と実行し、昇給を喜んだ当時が眩しいです。しか
し、今までの半世紀を、これからも繰り返す社会を想像します
と背筋が寒くなります。笑心(絵心)の話に戻りましょう。


 ※





千葉県花植木センター(成田市)








今年六月二日、佐原市立水生植物園(千葉県)





昨年六月九日、水元公園(葛飾区)




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