折々の文章


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クリスマスの季節 −259−
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足許

狭いですが
暮らしにとても大切な庭















小さいですが
暮らしにとても大切な公園





 奥が公園






高い建物



















五月十三日です

涙国では
都市計画は先生方やお役所の仕事と考えていません?
年金同様
無理なんだろうなと思います今の涙国では

その前に

児童や生徒の時代
私は大人が苦手でした
大人とは偉(えら)い存在だと信じていました
大人が居ると竦(すく)んでしまい
もともと出づらかった声がかすれていました

大人を学ぶ教科を除いて
子の世界に
子が奔放に駆けまわる世界に
日常
大人は姿を見せるべきではないと思っています
学校の行事でも大人は
できるだけ子に姿を見せてはならないと思っています
今の子は大人についてを
寡占媒体でうんざりするほど学んでいますから
大人は子の自由に(心象を形成する子の自由に)
これ以上干渉するのは遠慮して欲しい

抜群の業績も洗練された装いも
涙国市街の雑踏で
ランドセルを背負った子に心が動かないとしましたら

二十年前
幼児や児童は目の前の大人に
ションベンを引っかけてやれ」と書きました

中層や高層の建物で働き
中層や高層の建物で暮らすヒトには
道草も公園のベンチも
我がコトと思うのは難しいでしょうね
ご本人はそれでもよいでしょうが
子育ての環境は誰が責任を持つのです
先生方? ←学校の先生を指すのではありません
お役所?
どちらも
身形(みなり)の麗姿や教養の高位や業績の卓越同様
中層や高層の建物で働き
中層や高層の建物で暮らす傾向に変わりはないでしょう
児童も未来も気にならずに
立派な建物を選び
立派な事務所で働き
立派な部屋で暮らすのが栄光なんですか

ところで
いくつかの自治体の首長が協働するのはどうなんだろう
首長連合には不具合があります
船が陸(おか)に上がってしまう

万事を先生方やお役所に委ねる仕組みは破綻しました
二十世紀の後半に目の当たりにしています

政(まつりごと)にも年金制度にも
競争の仕組みが要るのですよ
涙国は
数個のムラで暮らしやすさを競って欲しい

涙国にも労働組合がありました
えっ! 今もあるの?
権力を行使するのに
労働組合の集まりは
自立しないで政壇を選んでいました

涙国には優れた会社が無数にあります
会社の集まりも
権力を行使するのに
自立しないで政壇を選んでいます
競争を維持する必要の認識が
会社にも労働組合にもないのです

会社の集まりも労働組合の集まりも
なぜ政壇と競わないのですか
労使は
なぜ年金制度を造らないのです?

競争を欠いた内院一つ限りの政壇に
万事を委ねるのは無理があります



ムラ政府への集権化


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