折々の文章


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クリスマスの季節 −265−
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 晩香廬(ばんこうろ)

 青淵(せいえん)文庫

東京都北区西ヶ原



  (やぶ)

王子稲荷神社 東京都北区岸町









名主の滝公園 東京都北区岸町













祖父はある正月、改造足袋の材料に
鉄道荷役の法被(古着)を四百枚仕入れたが
法被には「生け」と称して
破れていずそのまま着られる古着があって
三十一日はひと月遅れの大晦日、川口に市が立つと聞き
川口へ出かけることにした

川口は五里もあり
出遅れるとよい場所を確保できないので
古法被数百と若干の足袋を車に満載
小僧一人を連れ、家を出たのは午前の一時

御徒町の暗闇で「オイ、待て」と警察官が誰何
どこから来た、どこへ行く、積み荷はなにか----と尋問され
縄を解いて積み荷を見せ、事情を話して疑いは晴れたが

上野広小路で再び警察官が誰何
古着商の鑑札がないので連行されそうになったが
懸命に事情を話して解放された

道潅山の下を過ぎ
王子を越して
赤羽の渡船場でようやく夜明け

暁の川風は頬を刺すように冷たく
河原は霜で真っ白だった

川を越えるとほどなく川口

着いたのは朝の七時
出店の商人は影も見えず
不審に思って土地の人に聞くと
市は夜!
確かめずに来た軽率さを悔いた
町の中ほどの、火の見の下に店を出した

午後の二時頃には、股引草鞋履きのお百姓さん姿のお客が現われ
古着、小布、シャツ、股引、足袋、下駄、農具、乾物、野菜、おでん等
出店商人も相当増え
どの店も繁盛、市は真夜中まで賑わった

祖父も古法被を山積み
その脇に足袋を並べたが
足袋は完売するも、法被の売上はたったの三枚
古法被一枚の、原価十三銭を三十銭で売り
安いと言われ値切られもしなかったが
古法被が売れたのは十年も昔の話と知り
足袋を大量に持ち込めば相当な売上になったものをと
人に言われるまま出かけてきたことを恥じた

十七円の売上を懐に
居酒屋で食べたケンチン汁と
傾けた徳利の濁酒が
忘れられないほど旨かった

夜市の帰り
売れ残った古法被を車に積んで
午前二時、道灌山の下に差し掛かると
一方は鬱蒼とした山、一方は稲田の
数丁先に坂がある
一本道なので迷う筈はなく
小僧を見にやると
急で車では越せないと言う
今度は祖父が見に行くと
木陰に電燈が灯って路面に反射
遠くより望むと急坂に見えたのは
睡眠不足による錯覚だった

前の藪から獣が逃げたが
この辺り、悪い狐が棲むという落語さながらで
狐に誑かされるとはこのような事を言うのであろう

         ……自伝抄録・祖父の肖像より


JRの神田駅〜川口駅は
上野駅〜鶯谷駅の間でゆるく曲がるほかはほぼ直線
鉄道の距離は
神田駅〜西日暮里駅(道潅山最寄り)は5.0km
西日暮里駅〜王子駅(王子稲荷と名主の滝の最寄り)は3.6km
王子駅〜川口駅は5.9km
計14.5km(3.7里)
私は通勤時、西日暮里駅で乗り換えます



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