折々の文章


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クリスマスの季節 −289−
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 豊洲方面 2003年8月

 相生橋から




  
予算 明治丸 東京都江東区







 






 主檣(しゅしょう)

 前檣




 装飾に鏡とアカンサス

 構内のアカンサス




 構内






 後檣



越中島の明治丸も昼休み圏内です
曜日は限られます
写真は六月十五日の火曜日

東京駅から二つ目(所要四分)の京葉線越中島駅は
東京駅での移動の距離と
京葉線の本数に難があり
私は東京駅も京葉線も避け
地下鉄で月島駅か門前仲町駅へ出ます

因みに常磐線が不通の折、私の代替通勤経路は
武蔵野線→京葉線(乗り入れますが本数が少ない)
武蔵野線→総武線(西船橋駅で乗り換えの要)のいずれか

東京海洋大学の相生橋に近い門が明治丸観覧の受付

案内者と案内紙によりますと明治丸は

明治06年 工部省灯台寮が新船一隻を英国の造船所に発注
明治07年 竣工、翌年横浜に回航
     以降、日本近代史の多くの事件に関わる

新造時からロイヤルヨットとしての豪華さを装備
明治天皇御巡幸の際は数次にわたり御乗船
明治20年代に入り灯台巡視船の本来業務へ集中

明治29年 商船学校に譲渡、係留練習船に
明治31年 3檣シップ型に改装
明治34年 越中島係留池に移動定繋

改装した構造は
実際の航海には向かなかったそうです
私の好みは改装前に軍配

関東大震災では避難者を収容救援
東京大空襲では付近住民を収容救援

昭和20年〜昭和26年
進駐軍が校舎と共に接収
宿舎や酒場などに利用
荒廃
明治天皇の御座所もペンキで

昭和53年 国の重要文化財に
船としては初めての指定
今は陸(おか)の上で安息の日々……

前檣の先端が欠けていました
朽ちて落ちてしまったそうです

見学用に改装された甲板は
表層の裏に雨水が溜まり
水枕のように膨らんだ箇所も

国際社会は隅々まで
足許の暮らし
足許の風土
足許の文化財

足許を疎(おろそ)かにしたまま
大向こうの受けを求めましても
信頼されるのは難しいと思いますよ
人権犯罪についても同じです




 足許のクレマチス

我が家のクレマチスはサザンカに絡んでいます
サザンカはそろそろ刈り込まないと出入りの邪魔
その折、クレマチスの蔓(つる)もプッツン
しても放って置けば
また伸びるでしょう



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