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クリスマスの季節 −299−
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喇叭(らっぱ) 単線と新線
薬 閉鎖
文具 閉鎖
花 閉鎖
今も変わらず
一店は今も変わらず
単線の駅近く
単線
前方は隣りの市
左手と前方は隣りの市
今の目抜き
新駅すぐの交差点近く
同、歩道橋から 次も
流山橋渋滞時は長蛇に
別の方角の今の目抜き
深夜零時迄の娯楽施設
新新線は地下駅
高架は旧新線
引っ越してきた当時は
今の目抜きはなかったです
花と記した写真の近くに
○○スーパーがありました ←今は痕跡もありません
菅野時代なら
マーケットと呼んだであろう市場(いちば)でした
魚と
野菜と
乾物など四、五店が集まったマーケットに
我が家は自転車で出かけていました
我が家の日頃の生活圏には
他にそれらしき店がなかったのです
徒歩二十分
日常、歩ける距離ではありません
幼い子二人を伴いますと
自転車は三人乗りになります
マーケットの通りには
今も歩道はありません
マーケットの数軒先に
中堅のスーパーが出店したことがあります
短期間で撤退しました
暫くは
大きな建物が野晒し(のざらし)に
その後、我が家から徒歩十分の土地に
大手チェーンの食品スーパーが開店しました
それでも家族の誕生日のお祝いは
マーケットの魚屋さんまで買いに出ました
お祝いが休日の時は
私がカミサンに代わって
自転車でお刺身を買いに出ました
ご主人がその場で開き
奥さんが盛ってくれたのです
お皿は持参
高い魚は
扱いそのものがなかったです
薬屋さんも文具屋さんも写真のお店で
大福は私が買って帰る役目
一店は今も変わらず」のお店は
我が家が越して来た当初も今も
単車に商品を積んで
団地内をまわっています
幼い娘がせがんで
単車に乗せてもらった折は
ご主人は我が家の娘を抱え
団地を半周するまでお仕事を中断
調子外れの喇叭(らっぱ)が戻るまで
カミサンも家事を中断
そのお店の並びに
焼肉チェーンが進出したこともあります
目に見えて寂れ
撤退しました
今の目抜きは
昔は目抜きではなかったです
今の区画が整った頃
最初に建ったのはガソリンスタンド一つ程度
それが今や
関東平野全域で見かけるお店が並んでいます
別の方角の写真には
旧新線と新新線が交わる場所が写っています
新新線は単線ではなく幹線の模様
残りの緑地の宅造と
多層住宅の群居が
本格化するのはこれからでしょう
やがて今の目抜きは
今の繁華と今の渋滞に輪を掛ける筈
載せた写真は
渋滞を避け日曜の朝に撮りました
不思議です
写真の繁華な商圏には
新橋と新道がいくつあるのです?
路地まで車が溢れるのは時間の……
いえ、もう溢れています
流山橋の渋滞は
新旧の新線のずっと前から
痩せる社会資本を繕(つくろ)うには
さらにお金が必要です
陸の孤島にもお金を投じて
新たなお金の必要を掘り起こし
住環境を過密にする感覚が解りません
空港も埠頭も高速道路も新幹線も
一般道も鉄道も橋も都市化も
各々のムラは各自のできる範囲で
自分のムラに専念して欲しいです
関東ムラは市街化に厳しい制限を設け
一極化した構造を解体して欲しいです
内院では一つのムラが一つのクニです
ムラ各々が自立心を欠きますと
一極への依存を高め
各々のムラの機会を狭めます
涙国は
いくらお金を借りれば
満足するのだろう
発進台
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