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クリスマスの季節 −36−
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週末(三日)のスーパーに無花果(イチジク)がありました。以
前、誘惑に勝てずに、バラ売りを一個、買ってしまったことが
あるのですよ。今回は四個入りパックが四百八十円。とても買
える値段ではありません。潔(いさぎよ)く断念。
無花果、好きなんですね〜。
トロにこだわる美食家のように、好きな訳ではありません。衝
動買いした一個を除いて、またお土産や海外で頂いた乾燥無花
果を除いて、そのままの無花果は、半世紀ほど食べた記憶があ
りません。
菅野の庭の無花果、好き放題食べられました。ですが、食べ散
らすのは気持ちよく暮らすのに邪魔でしたから、飛びきり大き
いのを味見した後、熟した無花果は台所へ届けました。
疎開先から引き上げた当座は、無花果は貴重な食べ物だったの
ですよ。ご近所の皆さんにもお裾分け。
鈴生り(すずなり)でしたが、あまり食べた記憶がなかった訳が、
四百八十円のパックから零(こぼ)れてきました(←昔話に花が
咲いたのです)。
※
漓江(りこう)で出合った屋根つきの船、洗濯物が干してありま
すので、家族も船で暮らしているのでしょう。今までに載せた
樹木や景色の画像と並べて眺めますと、この船の写真は熟(な)
れません(浮いてしまいます)。
昔の随想で著わした「二重生活」と今とでは、双方の側の中身
が変わっています。従来二重と考えていた要素を、どれも一方
の側に寄せてしまい、もう一方の側には、ヒトの気持ちを据え
ました。
二重生活がヒトの気持ちに欠かせない、という発想から、二重
の暮らし振りがヒトの気持ちに対している、という風に。
※
「俺さえよければ!競争」に励めば、世の中全体も豊かになる
と、世の中の多くが、いつのまにかそう思っていた、なんてこ
とありません?
私が社会に出た頃の思潮は、一つではなかったと思います。今
も「世の中の多くは、世の中全体も豊かになる必要があると思
っている」と信じていますが、当時は「力業(ちからわざ)」に
対する幻想も根強かったです。
「俺さえよければ!競争」か「力業」か、どちらが妥当か、な
んてことを蒸し返していますと、再び機会が世襲化されつつあ
る今、機会が乏しい子の機会は、いつになっても割り引かれた
ままですよ。それって、表現力の十全な発揮の、障りになりま
せん? 例えば
某国や茫々国の、仮に高校生世代が、家庭泊を続けながら、自
転車や何やらで、内外を旅する世の中を想像してみて下さい。
豊かな親御さんには、それなりに寄付を募り、そうでない親の
子の海外渡航費に充てながら。
ナニしろ自転車と家庭泊ですから出費は知れています。家計に
よっては、お昼のお弁当の工夫と、ちょっとしたお小遣いも必
要かも。
体力と、歓びと希望と、自立心と世界観と信頼感を醸成するも
の凄いエネルギーだと思いません。不安な社会で描く「旅と人」
より、迫力が加わるのでは?
※
今日は八月八日。橡の木の葉展第三回の参加者は、今のところ
学生さん十一名(五つの大学)ほか。開催初日までバタバタを
予定。参加をご希望の方はお問い合わせ下さい。
u7l8vs@ca2.so-net.ne.jp
一般の方にご参加をお願いする場合、悲しくなることがあるの
です。
気迫に満ちた素描、よいですね〜。熟慮の末の仕掛り、好きで
すね〜。準本職の素人が、サササと仕上げた瑕疵(かし)のない
傑作ヨリ表情豊か、なんてこと、珍しくありませんよ、と思っ
た通りを申し上げるのですが、なかなか解ってもらえません。
※
学生時代はノンポリに徹していました。学生運動は勿論、新聞
の政治面も素通りしました。夕食時に、漫画を見ては大笑いす
る毎日でした。漫画は癒し! だったのですよ。
お勤め当初もノンポリでした。世の中、これでよいのだろうか
と考えはじめたのは余裕の現われです。出勤しさえすれば「店」
を忘れられたのですから、ようやく学生並みの社会性に目覚め
た次第。
ダメでしたね、労働組合運動も選挙の応援も。
当初は、お勤めを不自由に感じたことはなかったです。猛烈に
働く要領は現在の方が巧みです。当時は中途半端に、適当に、
気楽に働いていました。ですが「与えられた軌道」を走ってい
る限り、自由だったと思いますよ。
家族と歓びを分かち合える家庭、ヒトが安らかに暮らせる社会、
当時も今も、私の理想はこの程度。
理想のために、あるいは「理想を保守」するために、携わった
労働組合運動や選挙運動は、文字本位で上意下達で、組織やら
方針やら会議やら活動やら息も出来ないほど締め付けられ、ほ
とほと厭になりました。今は感性の老化が加わって、壇上は醜
いな〜!なんて気持ちも湧かなくなりました。
※
今朝(九日)の夜空、お星さまキ〜ラキラ。
秋なんですね〜、もうすぐ!
唐辛子の葉と濃い緑のピーマン、真っ青な空によく合います。
ナスは照りが今一。トマトは色斑(むら)が目立ちます。
選挙応援のお話をもう少し続けます。独身時代でしたので神田
暮らし、となりますと、休日だけでしたが、動員されたのは有
楽町の駅前! 目立ちましたね〜。その目立つ件でOさんは苦
笑い。
上意下達に意見を挟んだのです。表向きは当然ですが、Oさん
は言いましたです、○君は目立つね〜、と。
ある日、駅前でのビラ配りを終え、選挙事務所に戻り外でウロ
ウロ、そこに黒塗りの乗用車が到着、目の前の若者には目もく
れずに、下車した候補者はダークスーツに白い手袋、首まわり
に贅肉をつけたナニサマでした。
ヤーメタ!
今はナニサマが下げる頭の中身を(選挙民に抱いている深層の
気持ちを)想像することにしています。白い手袋のお話は、お
勤めを辞める前だったOさんの話題は抜きにして、昔の随想で
触れました。
※
多くを著わしました。その中でも、特に重い一つが「失業」で
す。「今は失業しても食べて行ける」という言葉を耳にします。
職を失って、あるいは「失意就業」の結果、子の学費を欠いた
親の気持ちはどんなでしょう。今の社会で、最も深刻な暮らし
は、子育て中の失業、または子育て中に余儀なくされた失意就
業だと思います。感受性と想像力の貧しいヒトは、政経の壇上
から降りて欲しいです。
太る体質でない場合、ナニサマではなく普通のヒトが、ナニサ
マではなく普通の暮らし振りで、ナニサマではなく普通のヒト
に献身するなら、贅肉はつく暇ない筈。
頭を下げないで下さい。演技も大見得も要りません。普通の暮
らしが培(つちか)った家庭人の温(ぬく)もり! なんて壇上に
は一人もいない? いいえ、表現力が乏しいのでしょう。
※
労働組合運動から入った選挙運動も労組同様、結婚する前年に
唐突に離れてしまいました。しかし同時に、お勤めでは感受で
きないであろういくつかも学んでいます。選挙運動の自由度に
ついて、与野党に関係なく権力の組織力と拘束力について、な
どです。
洗濯物がすぐに乾きます。敷布もタオルケットも運動靴も、干
さない手はないですね。
昔の随想では、公園についてのモノ忘れにも触れているのです
よ。当時と比較して、少しはマシになりましたか、緑の面積?
寡占媒体(←金銭や方針によって、利用者が限られてしまう媒
体。雑誌や書籍も含みます)は日々、新しい見方や難しい理論
を報じています。その一方で、私がモノ心ついた時には、既に
指摘されていた緑の面積は、今や陳腐になった流行語そっくり。
住まいの建て替えで、植木が除かれ、水遣りの必要な鉢花に代
わってしまい、児童公園に出かける幼児の日陰が失われてしま
ったなんてこと、珍しくないのでは?
皆さんは高層の事務所や豪華な会議施設で、芸術の粋を結集し
た内庭を堪能されているのでしょう。先端技術を駆使した屋上
庭園を楽しまれているのかもしれません。ならば同時に、幼児
や児童や悪ガキに、天使の翼も与えて下さいね。ムカシの緑は
貧富の差なく万人のモノ、ではなかったのかなあ〜、なんてフ
タムカシ前と同じ発想なんですから、世の中の進歩にはついて
行けません。なぜなんでしょうね?
※
神田を引き払って、最初に住んだ三階建て全九戸のアパートは、
バスで二駅目に住んでいる家主さんに、月々家賃を届けなけれ
ばなりませんでした。壮年のご子息はとても大きな会社にお勤
めで、そのご母堂が家主さん。気詰まりでしたが、そのほかは
独立を維持できました。
小五以来、はじめて実現できた普通の暮らしです。
神田の住まいは、都電が走り、何年か地下鉄工事が続いた道路
沿いの西向き二階。道路側の窓に勉強机、南側と北側は隣りの
店、東側は台所と階段と従業員の食堂。
朝夕の都電の金属音、癇に触りました。当時の地下鉄工事は、
炸裂音だけでなく振動も凄まじかったです。しかし、部屋や住
まいに文句を言った記憶はありません。嬉しさが込み上げて来
るまで、普通の住まいで暮らす歓びを知らなかったのです。
自分の部屋に、鍵をかけて暮らす子がいるのですね。
家庭に子を泊める要領を、私は完全に間違っていました。あり
のままに!がカミサンの姿勢。その通りです。構えてしまった
ら、家庭泊ではなく民宿や接待になってしまいます。
お勤め時代の後期、米国の会社を訪問したことがあります。先
様の経営の責任者に案内され、ご家庭を訪問、市街や野球を見
物、午餐にはお取引銀行の副頭取や領事館員も同席、ホームパ
ーティや晩餐には各部門の責任者が奥さま同伴でご出席、なん
て書くと窮屈に思えますでしょう。
休日にも会社をお邪魔しました。お仕事中の財務部長は、帽子
から靴の先までカウボーイ姿! 格好よかったですよ。
某国では同族でも考えられないのに、家庭的な会社って、本当
にあったのですね。家庭的雰囲気を、表現できる経営手腕が存
在したのですね、と書いたほうがよいのかも。
※
ご本人とお嬢さまは、米国でも体が大きいほうでした。白黒の
取り合わせがお好きな奥さまはむしろ小柄。一方、私はお酒を
飲む小学生そっくり。安心されたのでしょう、寝室もお子の部
屋も見せていただきました。
足を引き摺っていましたが運転はご本人。下車する際は、車内
に置いた私の鞄を「車のトランクに入れなさい」 パーティの
お酒の買い物にも同行。市内観光は奥さまがご一緒。お二人は
お子を誇りにされていました。飾り棚には、奥さまのご両親形
見の陶磁器。
生産現場を見渡せる周囲に事務所。現場熟練者ともご挨拶。部
門の責任者も現場の皆さんも、お互い友人の率直さ。
この訪問の半年ほど前、同じ業種で、欧州の会社も訪れたこと
があります。立地は郊外。品質のよさで知られた町工場。米国
で訪れた会社との違いは、考えも建物も警戒心が強く閉鎖的。
高級車(納車までに数年を要するスポーツ仕様)をご自分で運
転。社風を、経営者ご本人は即座に「家庭的!」
北欧の専門店を訪れた際は、街着の若い責任者が奥へ案内、ビ
ールの小瓶を渡され、互いに飲みながら質疑応答、一緒に暮ら
すような気さくさ。
ところで我々、お勤めと我が家では、人柄が違っていません?
隅田川 勝鬨橋(かちどきばし)から
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