折々の文章


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クリスマスの季節 −42−
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写真はどちらも、雨上がりの朝、同じ場所で撮りました。

円い時計を思い浮かべて下さい。十二時が北、六時が南。南北
にグーっと引っ張って下さい。長円ができたでしょう。走り始
めは十時の位置。時計の針と逆回り。只管(ひたすら)南下。

因みに「走る」とは、朝は自転車ではなく自分の脚を、関東各
地の公園へは自動車を利用。

松戸市の、紫陽花が一杯のお寺の裏から、さらにJRの土手際
まで走り込んでやっと住宅街を抜けます。そこが折り返し点、
つまり六時の位置。

樹木で覆われ、鬱蒼とした城址の道を(堤状に連なる小高い林
を)延々と北上。怨霊の気配に、夏でも寒気(そうけ)立つこと
があります。

林を駆け抜けた辺りが四時の位置。近年、公的なセンターや看
護の施設が建設されました。もとは田畑。土が盛られ、暫く荒
地でした。早朝は人影がありません。見通しがよいです。殺風
景とも表現します。

北上。富士見橋を渡り、一級河川に沿って走りますと、程なく
川は地表から姿を消します。二時の位置で田畑と林の境に入り、
少し走った場所が二枚の写真。

下の写真の、野草の向こうの、樹木の下を走るのですから、秋
や冬の、月のない朝は真っ暗です。この頃になりますと、考え
ゴトに夢中で、走っている感覚が失われ、お化けも幽霊も、出
合った例(ためし)がありません。

上の写真の彼方、うっすらと見える樹影が市の広〜い公園です。
その向こうが新線の建設現場。写真右手の林も、市の公園も、
大外を迂回して帰路に着きます。

子らが学童だった頃、学校が斡旋したのでしょう、地域の航空
写真を買ったことがあります。広大な緑と思っていたのは錯覚
でした。今は新線絡みで、航空写真を目にします。まだ開通前
ですが、緑は孤塁! なんですね〜。





 ※


矢切から越した家は、上手(かみて)で地表から消えてしまう一
級河川沿いにあります。当時は、大雨が降ると出水する「春の
小川」でした。父の死後、必要に迫られ探した住まいも、この
川沿いです。我が家からは、浮き輪に乗ってプカプカが最短経
路。途中で上陸に失敗しますと、江戸川まで流されてしまいま
す。23.5キロ地点から写した江戸川の右手に、二つの建物が見
えますでしょう。その中央寄りが、合流点の水門です。

江戸川の、流れ際の木立の雰囲気、好きでした。今は立ち入り
ません。深い茂みを掻き分け、川辺に出ようとしますと、隅田
川の護岸や、上野公園で見かける仮小屋に阻まれます。我が家
近くの川も、橋の下に同様の仮小屋がチラホラ。近くに現われ
た仮小屋は、家族も認識しています。

羊羹(ようかん)を選り好みするように、住まいを選べる身分で
はありませんから、江戸川を意識して住まいを探したことはあ
りませんが、小学生の頃から江戸川に親しんでいます。

利根川は大きすぎます。中川は工業用水を連想します。小貝川
や鬼怒川は縁遠いです。となりますと、豊かな流れで、思い当
たるのは唯一江戸川。景色も雰囲気も、美しくあったらな〜と
悲しい気分。






江戸川 流山橋と武蔵野線の鉄橋(雨模様)


写真を撮るため、水溜りを避けながら進む際、ヘビを飛び越し
ていました。ヤマカガシやアオダイショウは、今も珍しくあり
ませんが、もしかしてシマヘビ? 小学生の頃に見た白いヘビ
の生まれ変わり、なのでしょう。


江戸川 海から23.5km付近、流山橋方面を望む



23.5km付近




 ※


稲田と同じ朝に撮ったのが下の写真です。

矢切から越した我が家には、畑を隔て、児童公園があります。
二十年前の休日の午後、その公園の、地面との標高差一、二メ
ートルの山頂、石のベンチで、転た寝(うたたね)していました
ところ、小学校低学年の子らに起こされました。

自転車が必要な距離です。寂しい場所で、事故と犯罪の心配も
あります。





総勢は十人ほど。親御さんに「了解を得て来なさい」が私の課
した条件。我が家の、真ん中の子と同い歳の子が、見た目にも
幼すぎ。その子のお兄さんは、我が家の上の子と同級生。置き
去りにするのは可哀想。親御さんの願いで、私はその子と二人
乗り。ほかの子は、自分の自転車で出かけたのが写真の公園。





大人が話す幼児言葉は苦手です。子に阿(おもね)るのも勘弁し
て欲しい。相手が幼稚園児や小学生でも、見くびってはなりま
せん。

先ずは怪我への配慮。遊具に隠れた子も、放っておいては不味
いです。過ぎた刺激は、感興が苦痛や恐怖に変わってしまいま
す。我が子への「逆」依怙贔屓(えこひいき)も避けなければな
りません。

大人の社会でも、子らと遊ぶ瞬発力と、機敏性と、創意と気配
りが要るのですよ。

次の日曜日、あの子ら、ウチの前でウロウロしていました。

今はこの公園、早朝の走行時、目に飛び込んで来た羽虫を洗い
流すのに重宝しています。


手前が流し場




 ※


もう秋ですね。さて、秋の風景写真はあるのだろうかと、再び
箱を引っくり返して驚きました。なかったのです。秋だけでは
ありません。冬も、春も、夏も、東西も、南北も、どの写真も
人物抜きは一枚もナイ! は少し大袈裟。

厳密に書きますと、既にご紹介した数点を除き、イイ加減に撮
った若干を除き、結婚当初の褪せてしまった一部を除き、子子
子(コココ)子子子(コココ)と、人物写真がトランプ状に散
乱、団子状に貼り付いて、よくもまあ、飽きもせず。

ありました! 日光の一点が秋の風景写真!・・・ではなかっ
たのです。よく見ましたところ、左の隅に、黄色いシャツが写
っています。

若いお父さんお母さんに忠告を一つ。子子子(コココ)撮りは
老いてからモノ足りないです。子子景(ココッケイ)がお勧め
ですよ。





 ※


矢切に移った時も、矢切から越した時も、先ず徒歩で、次いで
自転車で、近所を隈なく巡り、澄んだ湖、清浄な空気、鬱蒼と
した森、広大な沃野を探しましたが、さあ、あったのかな〜?

今の住まいに移った当初、隣接する市の住宅街を走る途中、ア
オダイショウと鉢合わせ、大人の背丈ほどの奴が、飛びかかっ
てきたのには驚きました。自転車の唸りに、コチラを襲撃者と
見たのでしょう。

矢切に移って、ようやく手に入れた自転車は、ハンドルが下向
きで、はじめから長距離走を考慮。速度が出ますから、すぐに
走路に詰まり、目につけたのが江戸川の土手。矢切から野田へ
走った濃霧の早朝、気管支をやられてしまい、参ったですね〜。
お酒をやめて十数年後に気づきましたが、当時の体は、ガタガ
タだったのです。

お酒をやめたのは自分からです。ただ、エライとか意思が強い
と言われると情けなくなります。

今でも時に飲みます。飲んでいた頃との違いは酒量です。一寸
した祝いごと、例えば、子の学費の最後を納入した日は、そり
ゃ嬉しいですから(←俺、もう、行き倒れても大丈夫という安
堵感)ビールやワインを飲みます。

飲めませんね〜。ビールですと普通缶一本がやっと。ワインは
何杯も飲めますが、酔う訳でなく、一、二杯で瓶を家族の側へ。

催しの席で飲まなくなったのは近年です。相手の「迷惑」を考
えてしまい、なかなか「飲みません」とは言えなかった。

毎日が深酒の楽しみでしたから、それ以上の魅力がなければ、
お酒をやめるなんてとても無理。

魅せられてしまうので、澄んだ水が大切なんです。深酒疲れの
生活より、走る方が楽しいです。

毎夜映画に夢中だった会社員に、毎夜飲みに出かける恋人が現
われますと、暮らし振りが変わっても、おかしくないと思いま
すよ。その逆の変化も(飲み屋から映画館への変化も)お酒に
馴染みの浅い世代ほど生じるでしょう。この場合は人間関係の
影響ですが、子育てや会社勤めの日常から、生活様式が変化す
るのも自然な訳で(我々はいつの時代も、例外なく変化させら
れている筈)一生「我」に固執する暮らし振りは、損だと思い
ますよ。




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