折々の文章


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クリスマスの季節 −44−
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結婚から数年後、我が家にも「くりすます」が訪れました。と
ころで、「くりすます」のお祝いとお誕生日のお祝いは、全然、
まったく、完全に、一から十まで違うのですよ。子が生まれた
日を祝うのが「くりすます」のお祝い。子が生まれた日を祝う
のがお誕生日のお祝い。全然違いますでしょう。えっ、同じで
すって! オヤオヤ。

子育ての最中は、違いに気づかないことがあるのです。お誕生
日は毎年訪れます。「くりすます」は、祝う日は毎年でも、お
祝いする出来事は、子一人につき一瞬しかありません。私は感
動という言葉を滅多に使いません。子が生まれた瞬間を表わす
言葉として、「くりすます」を祝うために残してあります。

お祝いの内容も違っています。お誕生日のお祝いは、我々が誕
生日の該当者を祝福します。「くりすます」のお祝いは、生ま
れた瞬間の赤ん坊と母親から、その後の我々が祝福されます。
我々には、その後の子と、その後の母親も含まれます。


 ※


矢切のアパートからはバスですぐ。休日の昼間は渋滞も無縁。
幼児も児童も遊べる空間。それが生まれた子を連れ、二十年振
りに出かけた里見公園です。

清水公園も出かけました。自動車利用ですと、市川−松戸のバ
ス通りを抜け、流山街道一本でしたが、当時は自動車を持てず、
バスと常磐線と東武線と徒歩。清水公園駅までは電車が少なく、
我が家にとっては「本格的」な行楽地。

清水公園は、やがて林と池が大きく囲われ、丸太を利用した有
料施設が出来、それはそれで親子一緒に楽しめましたが、施設
開設前の、乾いた松林が好きでした。

子が生まれる前から、予定のない晴れた休みは、先ず江戸川の
土手に出かけました。引っ越し当初は徒歩。次いで自転車。自
転車はネギ畑の畦道に放置。河川敷で遊んだり、里見公園へ向
けて歩いたり。

野草が芽吹き、自由でしたね〜。


 ※


九月二十三日の「ナイル河の少年」です。空や波や航跡など塗
る部位ごとに、岩絵の具の粒子と配合を記した一覧を紛失、再
びゼロから組み立てる日々を送っています。






 ※


「クリスマスの季節」が途切れています。展開催の準備に追わ
れた? いえ、喉の痛みと発熱が続き、気分が冴えないのです。
 
二十二日(九月)の写真撮りの際、昭和通りの交差点で、待ち
合わせていた学生さんとの雑談で

 百号ですか?
 何メートルも! 壁面一杯に!
 勉強のため?
 自分を思いっ切り表わしたいのです。
 厚く描いてから、銃で打(ぶ)ち抜いた作品を観たことがあり
 ます。表わす気持ち、いいですね〜。


 ※


小三の頃には、表わしたい衝動を自覚していました。映画の子
役は、コマシャクレテイルと陰口をたたかれる時代でしたので、
寡占媒体を「俺が」で賑わし、蓄財を試みようなんて夢にも思
いませんでした。ただ、鬱々とした気持ちが嵩じてしまい、絵
画でも踊りでも、ナント歌でも、自分を思いっ切り表わしたか
った。

よく遊びました。小五までの私の遊びは、全力疾走と運動中の
笑い。疲れを知らず、朝から夕まで遊んでいましたが、運動で
は解消できない衝動でしたね〜、表現欲は。

何が違ったのでしょう。自由度! 一人で成り立つ運動はとて
も少ないです。スキーが好きだったのは、滑る感覚以上に雪山
の眺望に魅せられたから。単独行の山スキーは命が危うい。ゲ
レンデはお膳立てされた爽快さ。社会生活の掟を無視する訳に
は行きません。

表現欲の発散に近い運動は、未明に一人で走る林や野原です。
気持ちも体も解放されます。ですが、走るだけでは作品が生ま
れません。知力の鬱々(うつうつ)が溶けませんと、私の表現欲
は満たされないようです。

いつの頃からか「絵空事」を敬遠するようになっていました。
視聴した情報に意見を発するのも同様です。いずれも社会への
貢献は充分に理解できます。ですが、観客席に留まる限り、表
現欲は満たされないのでは?

絵空事も、表現する側には現実なんですね〜。ならば、手を拱
(こまぬ)く側に立つより、表わすほうがどれほど潔(いさぎよ)
いか。あるいは充分に生きられるか。因みに、未完成も仕掛か
りも初歩も失敗作も、表現された作品はどれも、出品にも鑑賞
にも値します。鑑賞できないのは、鑑賞者が少ないのは、圧倒
的多数が観客席に留まっているからです。

自ら出かけるのが旅なんですね〜。他人の旅を、指を銜(くわ)
えて眺めるのは味気ないです。「子」にソノ想いはさせたくあ
りません。表現欲の実現も、環境および条件は旅と変わりあり
ません。「お金次第」は前世紀の遺物ですよ。

一般も利用できるようになった当初から、インターネットを無
法地帯と呼び、仕事以外では離れてしまった知人がいます。も
しも観客席に留まるのでしたら、今も状況は変わっていないと
思います。観客席に必要なのは、巨匠の傑作と遺産の自然美で
すが、暮らしに必要なのは、機会の均等と足許の自然です。

私の表現欲は、大学時代に小さな油絵一点を描くだけで解消し
ました。とても薄っぺらだったのですね〜。


 ※


昨年の9月15日
 

昨年「房総風土記の丘」で茸(きのこ)に出合い、喜んで写真を
撮り始めたのですが、二十四枚撮りなのに、二十五枚も二十六
枚も撮れるのです。嗚呼、俺、老化した! 三十六枚撮りだっ
たのですね〜。

名前は忘れる。モノは落とす。腰が痛む。焦点がずれる。幸い
なことにカミサン曰く「髪は変わらないわ」

嬉しくなって、商店街のショーウインドウを見ましたところ、
予想外の頭髪を発見、帰宅して、不満気にソノコトに触れます
と、再びカミサン曰く「アナタの髪、若い頃から白かったもの」

二十枚目から撮り始めた茸の写真、いくら嬉しくても十点は撮
りすぎです。三十六枚撮りは持て余します。撮り切れないので
巻き戻そうと、巻き始めた感触がはっきりヘン。巻いても巻い
ても止まりません。そのマサカ!でした。カメラの中にフィル
ムがない!

上の茸は翌週に撮った写真です。撮りたかった茸は溶けていま
した。そこで、喉の痛みが抜け、熱が下がった昨日(九月二十
九日)、一年前の場所に出かけ、撮ったのが次頁の写真。大き
い茸の固まりは、やはり発見できませんでした。

橡の木の葉展の今回(第三回)は、搬入日の一時間ほどで、十
数点の写真を撮らなければなりません。下の写真は第二回の会
場です。床に置き、スポットライトを消してもらい、学生さん
が支える作品を写すのですが、視力が衰えピンボケが不安。昨
日今日は「茸撮り」の夢も見ます。

昨年は、シニアの皆さんには、各自で写真を用意してもらいま
した。ところが、作品に日付がかぶり、消すのに手間取ったり、
枠が斜めに写り、周囲を深く削る必要が生じたり、写真が小さ
く、拡大するとバラけてしまったり、想像で発色させるため、
著しく原画と異なるなど不都合が……まあ、生じても進めてし
まいますが、「フィルムの残りがもったいない」の一言で、
第二回も学生さんの写真は、コチラで撮りました。

私のサイトではデジカメは使いません。根拠は明白です。数年
前、油彩に、胡粉(ごふん)と、岩絵の具の群青(ぐんじょう)を
合わせた抽象画を観た印象から、「熟(な)れ」を不安に思うか
らです。戦後の写真も、艶(つや)消しをスキャナで撮り込みま
すと、表面の凹凸がボカシのように反映されてしまい、鋭利な
デジカメからグサッと一撃!

このサイトに載せた写真は、誰が見てもお粗末です。是非、原
画をご覧下さい。




橡の木の葉展、第二回会場




橡の木の葉展、第三回
九月二十九日の「ナイル河の少年」






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