クリスマスの季節 −486−
  
翌朝 千葉県流山市

クリスマスの季節−430−




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 新線の高架













 ※


  
複写効果 ……2006年1月24日

棄負加の分離?」と書いて「随想 青い闇」を中断したのは01
年06月でした。世の中の絶対多数が、支持した航路に愕然とし
たのです。

クリスマスの季節−340−
随想 青い闇 −9−


今一つ釈然としない舞い方に「配分」の問題があります。私は
これまで著わしてきた随想から、同じ社会にあっては、人間一
個が獲得できる稼ぎは身の丈どまり、という考えを抱くように
なりました。人間一個の努力や能力がいかに優れていましても、
同一時間内で、一般的人間一個の稼ぎの五十倍百倍に達する稼
ぎは不可能である、一般的勤労者が一生かかって実現する稼ぎ
を、わずか一年や半年や三ヶ月で稼ぐことはできないと思って
います。それが可能なのは、労働の「複写効果」と、情報媒体
の寡占状態と、エリート階層の利己心などがあるためと考えて
います(私が80年代中頃〜90年代前半にかけて使った言葉「棄
負加の分離」「複写価値」「二重生活」には、それぞ筆者固有
の定義や考えがあります)。

分業と協働の社会では、人間一個の労働が幾重にも複写され伝
達され、莫大な富を特定の組織や団体に偏在させてしまいます。
人間一個に超人的努力があったとしましても、マスコミに乗ら
なければ、あるいはビジネスや団体が介在しなければ、一人相
撲に終わるのですから。

報酬は個人の努力が結果するのではなく、情報化社会の構成員、
つまり視聴者も含む関係者全員の演技と観劇の結果であって、
配分に与かるべきはシステムの参加者全員である、という風に
考えます。また、特定の個人に莫大な報酬を割り振って成り立
つ事業であれば、それは観客からの徴収分が多すぎるとも思っ
ています。

聳え立つ市庁舎(一一〇)
随想一覧



19 Mar 2003 から 17 Apr 2003 までの日記
らららラララめ〜りか!
二千五年の9・11



現在のわが家でも、日本水仙が植わっています。私が植えまし
た。位置も同じ東側、しかし昔は南向きの東でしたが、今は南
東向きの東、つまり北東の一角の、昼には影になる部分。

わが家は南東向きなので、夏は風通しが悪く、冬は陽が入らず、
花つきがよくありません。せっかくの日本水仙も、最初の年だ
け花がつき、以後、肥料を与えても分球しても、青葉が茂るだ
けです。

私が分譲するのであれば、南に向けて区画を切ります。草花は
生涯の友です。南東向きに区切って得られる利益が、自分の生
活に加わるとしたら、生涯そのことを悔やみます。もしこの団
地が南に向いていたら、千の家族が数十年間、いや数百年間、
日本水仙の美を得られます。

昔の今 昭和二十年代?
クリスマスの季節−227−
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不思議な洞察力



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