クリスマスの季節 −499−
  
満開? 群馬県勢多郡富士見村と前橋市

赤城山
ぐんまフラワーパーク
赤城高原牧場クローネンベルク




赤城山は桜が満開?
のように見えますが……




赤城山の麓は隅々まで乾き
雪の痕跡も見当たらなかったのですが今は二月
標高を増すにつれ車道は一変
携行したチェーンを
上り車線で装着する小型車や
下り車線に寄せて装着する大型バスも
やがて前後に車が連なり
徐行の度合いを強め
数珠状のままついに停止
上のほうから人づてに下りてきた話で
雪への備えを欠いた車が横を向き
対向車線も塞いでしまったと判り
Uターンする車に倣(なら)って私も下山
冬のフラワーパークだけでは物足りなさを否めませんので
赤城高原牧場でカミサンに地ビールをご馳走しました
因みに今の私は
運転しない折の家族の祝い事を除いて
家でもお酒を飲みません ←会社の忘年会や新年会でも
例外は働いている子に「飲みに行こう」と誘われたとき
慌(あわ)てて戸締まりするカミサンを急(せ)かせ
タクシーか徒歩で外出
お酒と料理を楽しみます



 ぐんまフラワーパーク


















 赤城高原牧場





お酒を飲み始めたのは中学生時代から
大量に水分を摂る必要があったからです
初めての結石で三日三晩か○日○晩
六畳間と台所を転げまわったときに
心頭を滅却する極意を会得
したのではなく涙を浮かべながら水母(くらげ)に変身
全身の脱力と痛い痛いと泣き笑い

血尿はどす黒い時と鮮血の時

痛みは背中→脇腹→下腹の順
激しい痛みは主に脇腹
年齢によって片寄りはありましたが右も左も
若い頃ほど痛みはひどく
中学生時代の最初の痛みは猛烈でした
痛み止めを打つと吐きたくなって
吐こうとすると痛みがさらに

石が尿管を下っていく途中の痛みを
経験した中で最悪の痛み」と表現することがあるそうです
拷問と言ってもよいでしょう
当時の医学は中学生に
痛み止めを続けて打つことはできなかったのです 
中学生時代の
痛みから解放された折は静寂の極致
経験した中で最も静かなひと時

石が下腹に下りてからも
気持ち悪さが来る日も来る日も

出た石の最大は

小指の先ほどの大さで
鋭いガラス片(?)を塗(まぶ)した粒と
茶褐色の細かい二粒を ←三粒とも中学時代の採集標本
売薬の瓶に綿を詰め保存

 えっ、この石が? よく出ましたね!
 分析しましょう

数日後、尋ねて曰く
私のコレクションはどうなりましたか?

 ア〜、アレネ 平凡な成分でしたよ

粒とは砂ではなく小石状
ガラス片とは雪の結晶状でキラキラ綺麗

以後、結石の痛みは夏と受験期に律儀に出没
激しい痛みの前後一定期間は血尿と鈍痛と気持ち悪さが持続
高三時代は重役出勤、いえ、遅刻常習を
先生に認めていただきましたが
受験勉強で静まり返った教室は
扉がとても重かった
因みに私の席は最後列の壁際
文系志望でしたが
高三では友人が進んだ理系のクラス
数学の成績は悪くはなかったですが
暗記物がまるでダメ
卒業式の予行時、男女各一のクラス代表を
勉強を疎(おろそ)かにした罪の意識から
辞退して帰ってしまったお話も何度目かの繰り返し

痛みの間隔は次第に遠退きましたが不惑まで続きました
そして過日
ぎっくり腰と思いお医者さまへ出かけました処「結石」の診断
顕微鏡で見た尿に赤血球が混じっていたそうです

私の中学時代は掛かりつけのお医者様から ←今は医学が進歩
痛み止めを子どもに繰り返すのはどうかと言われました
利尿剤を予防のために繰り返し飲むのも疑問と言われました
お茶やお水をガブガブ飲むとお腹の調子がおかしくなりました

新卒時代の勤め先は事務所の冷蔵庫に
試作品が並ぶほどお酒が身近でしたのでよく飲みました
ところが結石が出疲れて(?)しまった頃
主(あるじ)も飲み疲れてしまったのです
幸いに生活習慣病は危惧程度で留まっていましたので
喉の渇きに不安はなかったです

夕刻になりますと渇きがとても深まりました
たまらなく飲みたくなりました
そう、毎晩二者択一を迫られたのですね
今晩飲むか翌朝走るか
飲めば走る時間が無くなります
自分の渇きを観察しました
お酒も水分だったことに気づきました
それから始めたのがお茶を飲むこと
珈琲でも紅茶でも無酒精の水分を摂取すること
お酒への渇きが単に渇きへ
次第次第に移行しました

先日、精密検査の後にお医者さま曰く
心配はありません
毎日それほどお茶を飲めば
誰でもお手洗いが近くなります



2001年5月






そう、私の学生時代の愛読書に
モンテーニュの「随想録」があるのも自然の成り行き
私が用いる「随想」という言葉も
原点はココにあるのですよ




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