クリスマスの季節 −534−
ミシン油の匂いと撓(たわ)む床板
足袋とくらしの博物館 埼玉県行田市
ミシンと原反に囲まれて育った私にも
ミシン油の匂いと撓む床板は幼馴染(おさななじみ)
住居兼店舗
工場
工場内
工場の二階
改造足袋の
材料の仕入に窮した銀次郎は
店を閉じて下職になる
足袋の受託加工だが
銀次郎が選んだのは工賃のよい底張りだった
襤褸を買い
幾重にも糊で貼り合わせ
足袋底の表地へ裏張りする仕事で
ゴム足袋のない時代
鉱夫が履く地下足袋の底づくりにあたり
足袋の下職の中では最も「穢い仕事」とされ
工賃はよいが日干しが必要で
雨天の時は仕事にならず
均せば低い賃率だった 自伝抄録・祖父の肖像
昭和二、三十年代
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自転車で近所の農家に牛乳を買いに行く
その荷台に乗せられた感触が
私の記憶する最初の父です
本八幡から十五分ほど北に歩いた市川市Nが
小六までの私の我が家
その後背には田畑がひらけ
乳牛を飼育していた農家から
毎朝わけもらった牛乳が
幼い兄弟の
一人は結核性の療養の助けになり
一人は栄養失調の回復に役だったとは母の記憶ですが
私が牛乳を飲めるようになったのは
下剤効果のうすれてきた近年のことで
牛乳なしでは助からなかったと聞かされても半信半疑
荷台に私をのせ
牛乳を買いに行ったのが
父ではなく母だったという記憶も消えています
めずらしく父が牛乳を買いに行ったのです
牛乳を入れる一升瓶と牛の臭い
それとぬかるんだ畦道が
父と一緒の安堵の中で
はっきりと蘇ります
当時の父は
若さも手伝ったのでしょう
実によく働いたそうです
自ら原反を仕入れ
自ら型紙を起こし
自ら裁断し
自ら職方に持ちこむ唯一の足が自転車でした
当時の我が家は
父の踏む黒ぬりの自転車と
母の踏む黒いシンガーミシンに負っていました (5-3) 八三
今も残っています 拡大12
動力ミシンも 拡大12
着物の模様
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