クリスマスの季節 −541−
外来種あるいは外来環境
麻生藩家老屋敷記念館 茨城県行方(なめがた)市
行方郡麻生(あそう)町は2005年9月に
行方郡北浦町および行方郡玉造町と合併して
行方(なめがた)市になったそうです
茨城県の公園3
クリスマスの季節−207−
麻生藩家老屋敷記念館
小学校 東隣りに記念館
小学校の北隣りに
家老職の三好家
霞ヶ浦
車を停めてよいのですね
取りに行きますので連れを休ませて下さい
公民館の駐車場です
少し歩きました、と答えますと
公民館は記念館のすぐ裏です
ここを抜けると近いですと
徒歩の抜け道を教えていただきました
記帳後に頂いた案内紙は
墨一色の両面コピーされた薄い紙で
丁寧に三つに折られ
全体に黒ずんでいました
コピーのモトは
色刷りだったかも知れません
薄い紙に記されていた問い合わせ先は
行方郡麻生町の麻生町教育委員会生涯学習課
現場の説明と案内紙の要点は
麻生藩は
1604年(慶長9年)常陸、下野に3万3百石を与えられ成立
麻生を居所
1676年(延宝4年)5代卒去時、嗣子を欠き領地没収、一時断絶
同年 一族が1万石に取り立てられ6代藩主に
1871年(明治4年)廃藩置県により、15代267年続いた藩を廃止
関東内に配置された外様の小藩で、一度の移封もなく、
明治の廃藩を迎えた麻生藩は特異な存在、ともありました
麻生藩陣屋跡の今は小学校の敷地
陣屋の周囲に藩士の屋敷
その一つが家老職の畑家
同じく家老職の三好家も
麻生藩家老屋敷記念館は江戸時代は畑家の屋敷
1856年(安政3年) 火災で焼失
1857年(安政4年) 再建
1890年(明治23年)福田家が所有
1991年(平成3年) 福田家が麻生町に寄贈
行方市の西は霞ヶ浦、東は北浦
嘗(かつ)てはワカサギ漁もシラウオ漁も盛んでしたが
霞ヶ浦も変わりました
外来種が殖えたのです
今は大きなワカサギは余所(よそ)から取り寄せています
職場は鹿島の工場があります
それでも地元の店はシャッターを下ろしています
牛堀にも佐原にも江戸崎にも同じ大型店があります
定年後に移って来た夫婦は買い物が不便なので困っています
運転が出来ないと住めません ……記念館近くの霞ヶ浦にて
鹿島(かしま)港の開港は1969年(昭和44年)
場所は鹿嶋(かしま)市と神栖(かみす)市
その鹿島港の開港の頃
新卒時の会社の労働組合青年婦人部で
鹿島港を見に出かけたことがあります
希望者数人が休日に各自の費用で
まったくの好奇心から観光として
当時は麻生藩家老屋敷については
何も知りませんでした
↓クリスマスの季節−30−より
私の労働組合運動は、持ち回りの役員から始まりました。当初
は情宣を担当。不活発な組合を盛り上げるため風刺を作文。そ
れを読んだ上のほうから、休眠中の青年婦人部を盛り上げなさ
いと命じられました。
私の加入した労働組合は、会社の成長に追いつかず、中小本位
の上部団体に属していたのですが、中小企業とは労働の実情が
あまりに異なり、双方の呼吸は合いませんでした。青年婦人部
の掘り起こしも、上部団体の意向に従っただけです。大卒の事
務職本位と、若者中心の現場本位とは、歩調が違って当然でし
ょう。
青年婦人部の役員は、入社年次の似通った大卒男子と高卒女子。
青年婦人部でも社会情勢を反映、打ち合わせのたびに意見対立、
悉く「異議あり」を発する部員には、入社試験の面接で、話し
た言葉を聞かせて欲しいと願ったほどです。
組合本体が警戒していた一団に所属、激しく自己主張、ジグザ
グの示威運動同様、掻き回すのが活動と思っている部員は男子
にもいましたが、青年婦人部には「深入り」しなかったです。
そんな中、言葉少なに、水俣病の映画を上映したのがSさんで
す。やはり高卒の女子でしたが(当時の女子社員はほとんど高
卒)その手際、参考になりました。
現代は発言する機会が豊富にあります。主婦も生徒も出演者も、
娯楽番組でもインターネットでも、意見や評論が飛び交ってい
ます。その皆さんの一人一人が、Sさんの手際を見習ってくれ
たらどんなによいでしょう。自ら実施する課題を抱き、自ら努
力する経験の中から、言葉が生まれるとよいですね。
↓クリスマスの季節−29−
学生運動は興味も関心もなかったです。労働組合は「店」を破
壊する敵でしたから、匂いも寄せつけませんでしたが、学生運
動は、学生がなぜ運動するのかよく解からず、活動する学生の
社会性と行動力に劣等感を抱いていました。
労働組合に入ったのは?
入社後、労働組合に加入しないと社員になれないと言われたか
らです。組合役員に、就任させてはマズイ顔触れのあることは
察していました。
組合に入って、組合への敵愾心(てきがいしん)がなかったこと
に気づきました。両親を脅(おびや)かす敵でしたから牙を剥い
たのです。今も当時の「店」に戻れば、利益を損なう敵として
対処します。本当に辛かったのは、組合大会の退屈さを我慢す
ること。
言説社会の図
ボウリング投球の図
クリスマスの季節−487−
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