クリスマスの季節 −555− 意外な楽器「口笛」 昭和35〜39年頃 東京都品川区、港区、中央区、千代田区 私の高校時代は、Y君のお父様の生業のリサイタルを手伝った り、Y君の所属していた交響楽団をタダ券で鑑賞したり…… 編集中記 【その85】 Jun 29, 1997 日比谷公園にはじめて立ち寄ったのは高校時代、Y君のお父さ まが虎ノ門の会場で、定期的に開いていたリサイタルをお手伝 いした折。お父さまの演奏は、S社から発売されている抒情歌 の名曲集CD八枚組に、三曲ほど入っています。 クリスマスの季節−186− 銀座は東も西もよく歩きました 通学帰りは学生鞄に詰め襟の制服姿 正規の通学路から 所用(?)で途中下車する高校生が 私服に着替えるのはむしろ奇妙 尾張町の交差点すぐでは 楽器店で楽譜を探す楽しみもあったのですよ ウエストサイド物語の輸入楽譜を ある演奏家にお貸ししたことも クリスマスの季節−236− Y君もN君宅の常連の一人で、私よりも繁く通っていたのかも 知れません.もっとも我々の親しさはこの五人一辺倒の親しさ ではなく、趣味や運動など、それぞれが別に核のある親しさだ ったので、それだけに長続きのする「ほどよい関係」だったと 思います Y君との交友は音楽が柱になります.以前、太鼓という言葉で 紹介した通り、彼はpercussionで、確か生計を助けていたので はありますまいか? 曲名は忘れましたが、芥川也寸志の指揮 する交響楽団で、ティンパニーを叩いている姿が頼もしく、タ ダ券でも肩身の広い思いをしました 彼のお父様は、知る人ぞ知る「意外な楽器」の演奏家です(残 念ながら、数年前にお亡くなりになりました).始めて知った のはY君にNHKへ連れて行かれ、録音室の何処かの部屋から 録音風景を見学した時です.ガラスの向こうは、見覚えのある 男性歌手の録音最中、結構キツイ言葉を----「あんた、この世 界で何年メシを食ってるの」を浴びせられ、私が怒られたよう な気分になりましたが、Y君のお父様は演奏に対する取り組み が違うと言うのか、順調に録音が進み、ほっとした記憶があり ます 哀愁を帯びた独特の響きは、テレビ番組の主題曲の中でも必ず 聞き分けることが出来ました.それは「意外な楽器」のプロの 演奏家が単に少なかっただけではなく、声紋が唯一無二と言わ れるように、音感の劣った私の耳にも、はっきりと聞き分けら れるY氏独特の響きです.しかし私は、虎の門のホールで開か れるリサイタルを何回かお手伝いするのが精一杯で、その響き の奥を鑑賞できるだけの「経験」を欠いていました リサイタルの終了後、お疲れだったのに、銀座の老舗でご馳走 になった天丼の味が今も忘れられません 編集中記 【No.102】 Jul 15, 1997 ご家族で神田の店にお礼に来られ、事情を知らない両親が、慌 ててしまったこともあるのですよ。「橡の木の葉展」では、Y 君は私の母に、当時の思い出を懐かしそうに話していました。 お父さまを偲んでいたのでしょう。 手伝い全員で片付けを終え、お父さまとお母さま、Y君、それ に衣裳と花束を積んで、虎ノ門から走り始めた時は氷雨が降っ ていました。皆さんはお疲れなので、窓を開けてはご不快でし ょうと、手でガラスを拭き拭きの運転でしたから、俺の運転、 大丈夫だろうかと、心細かったです。 ご親戚とも顔見知りになり、その方のお話から、演奏会の位置 付けが解かるようになりましたが、頼まれても心当たりのない 私に、本職の矜持(きょうじ)でしょう、Y君は金銭のお話は一 切、口にしませんでしたので、初めてお手伝いした時、お客さ まから「当日券を売って欲しい」と申し出られ、音楽家の暮ら しにオネンネだった自分が恥ずかしくなりました。迂闊にも、 入場券が売り物とは気づかなかったのです。 歌手や作曲家と違い、Y君のお父さまのお名前は、半生の紹介 番組などを除いて、ほとんど表に出ませんでしたが、哀調を帯 びた独特の調子に、男女の別なく愛好者がいらっしゃいました。 番組主題歌や映画音楽に組み込まれた音の響きで、お父さまの 演奏と判ったのです。 クリスマスの季節−28− |