クリスマスの季節 −575− 2006年9月8日 今までの日記より 溜め息は一昨晩(九日)も。涙国(るいこく)は歪(いびつ)な大 統領制に変わっていたのですね。過程の議論は懸案も反論もよ く分からず、上意が直接下達される政を理解するには、報道関 係者の質疑に待つしかありませんが、本当に哀しかったのは、 濃色限りが隊列を組んで固まってしまい、譴責処分を受けた一 隊が、連隊長から絞り上げられる風情にです。 尊敬語や謙譲語を使う政壇です。利害を共有する代議員に期待 するには限度があると思います。亜種大統領制では、報道関係 者が実質の代議員では? なのに鋭さも丁々発止も感じられな い。昔、ありましたでしょう、何処かに連れていかれる子牛の 歌。ひね過ぎは認めますが、あの姿に我が身を見てしまうので すよ。お勤めの皆さんの通勤姿にも、我が子や我が孫の明日に も通じてしまう? 青い空のように、自由で率直な世の中にな って欲しい 11 Dec 2003 クリスマスの季節−156− 域内に競争相手がなければ、そして政は今まで、域内に競争相 手の存在できる仕組みを欠き、方法の『巧拙』を判定する(人 的犠牲の大きさと、破壊額と、破壊のために投じられた金額の 負担の重さと、環境への影響を方法別に判定する)余地はなか ったのですから、断を下した側と報道する側は、自己の選択を 妥当として押し通してしまいましたが、失われた命と、覆され た生活基盤と、破壊された環境ももし……。 歴史の if の課 題です。 加えて杜撰(ずさん)さの吟味は、これからの操舵も同じ壇上に 委ねて行くのか、その適否も問うているのですよ。 社会が成熟するまで待ちますと(受け身を貫きますと)主体性 はどこまでも足踏みします。成否いずれもお手本が要ります。 競う相手が互いのお手本。采配も報道も、未来まで、一つを引 きずる必要はないと思います。 25 Feb 2004 クリスマスの季節−201− ところが、必要なら情報を操作してなびかせてしまうのが、戦 前の「なぜ」の答えだったのです。過去の責任は、誰かや何か に転嫁するほうがラクです。しかし実際には、操作された情報 を鵜呑みにして、絶対多数の一人一人が、主体的に一つ方向に なびいたということ。 30 Aug 2004 クリスマスの季節−344− 荒事の役者絵を衆が贔屓(ひいき) 本陣に旗本が蝟集(いしゅう)しました 万機修辞に決すべし 少数意見に耳を貸さず 反対意見を尊重しない社会では 有能な若手議員も単に賛成の投票マシ〜ン 曲げた制度に操られ 改革推進運動に酔う大政翼賛会化が島嶼(とうしょ)を席巻 歴史の「なぜ」を目(ま)の当たりにしています 13 Sep 2005 多数意見が少数意見の「存在を認めず」排除したり 賛成意見が反対意見の「存在を許さず」追放する行為、および 少数意見が多数意見の「存在を認めず」制裁したり 反対意見が賛成意見の「存在を許さず」報復する性情は 島嶼の戦前の図式にも 衝撃と畏(おそ)れを意図した空爆の標的の政体にも 9・11(2001年)を企てた性根(しょうね)にも通じる手法 現在の島嶼の議会は 相反する意見の共存を前提に成り立っているのだから 壊されたのは与党ではなく代議制度の信用なのだよ 俄(にわか)応諾者の何人もが「若手」だったことや 支持基盤に経済界が加わったことにも肌寒さを感じてしまう 世の中はこれからもっと大変になると思うよ そんな折の常套(じょうとう)手段は カリスマの演出、国威の発揚、外的脅威の流布だから 今回の政治手法が引き継がれて行けば 国際社会での信頼にも障(さわ)り 大陸側の合同軍事演習はより大規模に展開され その反作用として 島嶼側も軍備の増強と大規模な軍事演習が避けられなくなるさ 反対意見や少数意見と共存できない資質は 政治家には不向きだし 個々の自立心が未熟な社会は 庶民の誰もが二ヶ国語化することで ナショナリズムの芽を摘んで欲しい そんな気持ちさ 14 Sep 2005 二千五年の9・11 19 Mar 2003 から 17 Apr 2003 までの日記 主題 |