折々の文章


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クリスマスの季節 −61−
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某所にて。

カバンを換えた時に、入れ忘れたのでしょう。○さんだけは先
に渡したいので、袋はないですか。

いいのですよ。あれ! ○! どこへ行くの?

○の部屋は立ち入り禁止です。踏み込みますと、進退窮(きわ)
まるからです。モノが見えないときは、真っ先に○の部屋を疑
いますが、ソレを口にしますと、物証を見出すのは絶望ですか
ら、コチラが詫びなければなりません。

受け取る側が用意するのは、身内でも憚(はばか)りがあります。
気持ちだけ頂いて、話題を変えようとした一瞬のスキに、人数
分が差し出されたには驚きました。懸命になりますと、ヒトは
透視もできるのですね。

筑波実験植物園は、今年初めての公園でした。


 ※


広告を載せてよかったです。サイトの宣伝に、言葉を並べる必
要がなくなりました。一流会社のお名前を拝借、オイラのホー
ムページには、AやBの広告があるんだぞ、凄(すご)いだろ!

載せてから、すぐに引っ込めた広告もあります。理由は「重か
った」です。私は控え目を心がけていますから、選択肢の少な
い広告デザインは、載せるのが難しい場合もあるのです。

文句:引っ込めるなんて失礼よ。端(はな)から載せなければよ
かったのに。 言い訳:載せた場所では軽かった。別所に移っ
たら重かった。

引っ込めた広告に家庭用品があります。オヤ! 懐かしいと、
年末に再度掲載を試みましたが、PCが古物(こぶつ)ゆえなん
でしょうか、回線が旧態なんでしょうか、画面が現われるまで
一服を決め込み、台所で珈琲を飲み、手洗いで顔を洗っても、
画面は変わらず白かった。

昨晩、鮮明な夢を見ました。代理人に案内された会社の一つに、
引っ込めた銘柄があったのです。見た夢は代理人との会話です。
目覚める直前の情景は、お子が必要としていた学用品を、帰国
したら送ります。

遠い昔のロンドンで、駐在員のお住まいに案内されたことがあ
ります。自然もお部屋も豊かでした。一方、ミラノ郊外の代理
人(自営)は、乾いた土地で、低層の集合住宅に住んでいまし
た。会社訪問は小型車。数日行動を共にしましたが、惹かれま
したね〜、代理人の光と影に。

美しい話し言葉は、冬の樹木のように、影が長いのですね。


 ※


小柄でしたが、痩身に鬚髭(ヒゲ)の風貌はどうみても現地人。
淀みない日本語。故郷は日本。

組織側の私に即断する権限はありません。新規事業の企画です
から実績もなし。しかも専売権が前提です。

代理人は私を組織ぐるみで異邦と見たのでしょう。日本では、
伝統工芸の職人も一流会社の役職者も、名刺を差し上げただけ
で通用した風呂敷が、代理人には美麗な布切れに過ぎませんで
した。会社案内一式も、代理人の都市だけでなく、訪問する先
先で綺羅の刷り物、華麗な外装も、財務の健全性も組織の発展
性も、相対(あいたい)する意思疎通の埒外(らちがい)でした。

不況下でも好況下でも、アナタが問われているのですね。技術
も営業も、教育も読書も番組も、規約も制度も法律も、あなた
は何を基本に、何を想い、何を表わしているのですか。

落ち葉は風次第、舞いながら消えて行きます。


 ※


年末は三十日に我が家着。ワッ! どうした!

カミサンがお化け顔でした。この時はいつもよりずっとお化け
顔でした。本気で心配しました。

我が家の目抜きの廊下には(←他に廊下はありません)、腰ま
での高さで、カミサン手作りの本棚があります。今は私も読ま
ずホコリまみれですが、昔は誰かしらが坐り込んで漫画三昧、
部屋も台所も手洗いも、体をまたがないと行かれなかった。

洗濯モノを落としたので、拾おうとしたら、額(ひたい)を本棚
の角に打ちつけて目から火花。大きなコブ。見た目が悪いので
大判の絆創膏。そこまではマアマアでしたが

親しい食料品店の予言通り、内出血が下がり、右目一帯が見る
も無惨。

口に出したかどうかは別としまして、年末年始に、カミサンに
出合った全員の反応を知っています。曰く(あるいは心で曰く)

目の隈(くま)は、ご主人のほうが大きかったのでしょう。


 ※


引っ込めた広告の一つに、規模の大きい小売店があります。襟
(えり)の織りネームに、お店の名前の入った毛糸のカーディガ
ンを、下の子が着ています。載せたかったですね〜、そのお店
の広告(←重かった)。

筑波実験植物園は、父の死後に訪れた特別な公園です。

茨城県は筑波山を中心に、取手(←縁者在住)、岩井(←父が
親しんだゴルフ場があります)、笠間、水戸など広い範囲に出
かけています。家族で筑波の博覧会を楽しんだ様子は、昔の本
でも触れました。

母の健康のため、一昨年からはじめた公園巡りは、緑と太陽の
恵みでしょう、お医者さまが不思議に思うほどの回復です。老
化が原因ですから、痛みと不自由は生涯続くであろうと覚悟し
ましたが、筑波山の梅園(←足場が悪く、キツイ斜面)を登り
つめても平気でした。レントゲン写真からは、考えられない歩
行力と持久力です。

再び質問です。この項の「引っ込めた」から「持久力です」ま
では、何年間にまたがる記述でしょう? 一月九日に(昨日)
下の子が裏返しに着ていた「冒頭のカーディガン」は、私への
クリスマスの贈り物で、大学時代によく着たものです。織りネ
ームは外れていますが、釦(ぼたん)は当時のままです。ボーイ
ズ製品。基本的なデザインですから、寸法がボーイズだったの
でしょう。あの頃は私のオナカも細かった。お店はその後、サ
イズの品揃えに力を注ぎ、在庫を溢れさせた巨大量販店の商品
政策にも、役立ったと思いますよ。答えは四十年。さて……


 ※


子が生まれる前からのモノで、我が家に残っているのは、カミ
サンと(カミサンから見れば私と)、カミサンのアルバムと結
婚式の小物程度。私のカーディガンはまさに奇跡。

昔は和装の古着で、豪華な衣裳が流通していたのを知っていま
す。今の子も古着はお洒落。

私には古着を買う意向はありません。古着を着る意向ではない
ですよ。清潔であれば、穴の開いた肌着も着ます。但しカミサ
ンからはお小言。折り皺のある服を着てしまうのも、カミサン
には不評です。

中産階級の端からずり落ちたくない、古着を買うより、何も買
わないで我慢したほうが、我が身のみすぼらしさから免れられ
る、敗戦後の世相から養われたそんな思いが、皆さんにはあり
ませんか。カミサンのお小言はその現われ。

他者(ヒト)が無闇に買って、すぐに飽きてしまった衣裳を、古
着として買う気持ちもありません。

もう一つは、過剰在庫を処分する情けなさ。えっ! 皆さんは
知らないのですか? 衣服や雑貨だけでなく、食べ物も、事務
所ビルも、個人住宅も、観光施設も、娯楽館も、記念公園も、
軌道も架橋も、同じではないのかなあ〜。

不良在庫は、処分するだけでキレイサッパリ解消できるとよい
のですが、痛手の痕跡は(食いつぶされた景観美←窓に値する
観光資源は)復せない場合もあるのですね。


 ※


幼い子連れで出かけた某所の観光施設は秋真っ盛り。大イチョ
ウが見事に黄葉。食堂は混雑で坐れないほど。施設内の遊具で
充分遊び、高い入場料も子の満足顔で帳消し。あの想いを母に
もと、一昨年の秋に出かけて愕然としました。

主な建物は廃屋同然。営業していた宿泊施設も、立ち入るのに
勇気の要る寂れ様。駐車場に着いた瞬間、二の足を踏んだので
すが、折角来たのだからと、番小屋の留守居然とした係に入場
料を払い、踏みこんだ瞬間、後悔しました。

公園巡りにも失敗はあります。炎天下や荒れた足場は、直ちに
体に響きます。そんな折も、母は不満を漏らしませんので、油
断しますと、脱水症状や過労と背中合わせ。何回目かに渡良瀬
遊水地に出かけた折は、休み場に引き返す時宜を失い、大丈夫
を繰り返す母の様子に不安が募ったことも。

モミジは何処にでもあります。賑わった当時の入場料で見たも
のは、もどきの自然と、荒(すさ)んだ設備と、ヒトの所業に我
関せずの赤いモミジ。


 ※


次頁(十四日に掲載)の冬の樹木に、国立公園の重みを見出す
ヒトは少ないでしょう。千葉県の、佐倉市(佐倉城址公園)と
野田市(清水公園)で撮りました。城址公園では、以前は散策
できた舗装道路を、引っ切りなしに自動車が通り、胸に風穴が
あきました。清水公園では、幼い子らが、柵のなかった当時の
林で、お弁当を広げる幻影に悩まされました。構築物を避けな
がら、被写体を選ぶ耳元で、カラスとキジバトが

「嘘ね、嘘ね、また嘘ね」

お弁当を作っていたカミサンの気持ちに気づきませんでした。
お弁当を抱えながら先を歩くカミサンの想いに無頓着でした。
その後、清水公園に運動施設が造られ、吊り橋で立ち往生した
カミサンを、皆で揺らしてはしゃいだ折、久し振りにカミサン
を意識しました。戦場ヶ原足許にもあったのですね。


 ※


お問い合せ有り難うございました。お返事遅れまして申し訳ご
ざいませんでした。ホームページでの写真使用の件は了解いた
しました。今後ともよろしくお願いします。

引用は九十九年の秋(09月22日)、文京区湯島の株式会社婦人
生活社から届いた電子メールです。「舞台写真一覧」を準備中
に、雑誌「婦人生活」十二月号附録、防寒毛糸編物全集(昭和
二十八年/1953年)の、表紙誌面の写真を、載せてよいです
かと問い合わせた際の回答でした。新聞各社の報道によります
と、昭和二十二年(1947年)の創業。一昨日(十四日)に業務
を停止。従業員六十人。


 ※


佐倉市とその周辺は、城址公園のほかに、城址お隣りの博物館、
博物館付属の植物園、二つの美術館へも出かけます。子連れの
頃は印旛沼の遊園施設。私が幼かった頃は父に連れられマブナ
釣り。父が漕ぐ舟。釣れなかったと記憶しています。湖面は眠
っていました。今も雨の温(ぬく)もりが残っています。

昨春は印旛沼の遊園施設に寄りました。無人の遊具に子らの姿。

花の季節は道路が混みます。早く出て早く帰ります。早く出損
なった時は、帰路、国道十六号へ向かう途中で昼食です。三百
五十円。ウドン。ある街の量販店にて。

ある街はとても広いです。強風の折は砂塵の嵐。博覧会準備中
の筑波と二重写し。延々と走り続け、ウンザリにも飽きた頃、
林を目にしてほっと一息。

根こそぎにされた景観が、半世紀で蘇ることはありません。潰
すのは机上の判断で足ります。

量販店は現実的な遊び場です。家電売り場を抜け、ウドンのお
店へ。オヤ?

いずれも小学生でしょう、段違いの男の子五人が、通路の画面
に釘付けでした。無言。硬い表情。険しい目。

帰り際にも目撃。一瞬、青銅の塑像に出合った感覚。


 ※


今の印旛沼には、対岸からでも見えてしまう風車があります。
チューリップ畑を見せるために、海外から観光客を招く訳では
ありますまい。島嶼(とうしょ)の自然に誇りを持てず、故郷の
「昔景」を感受できないヒトの社会で、育つ子が痛々しい。

利根川の千葉県側に、由緒ある社寺があります。往時の周囲は
春の小川。幼い子連れで出かけました。隣接する公園の桜樹が
見事。日本庭園の茶室には着飾ったご婦人も。

ある年、裏道まで渋滞が溢(あふ)れ、茨城県に出かける所用を
断念しました。テレビや新聞で紹介された「風車とチューリッ
プ畑」の影響です。農業の促進策でしょう、物産を販売する施
設も充実。

昨年、出かけた折はとても静か。踏み固められた畑が哀れ。植
木市の名残(なごり)も見苦しく、茶席の借景は異国の風車。

清水公園にも花園ができました。有料です。昨夏、入園した際
の人影は八つ程度。木陰のない炎天に耐え切れず建物へ。関東
各地の花園と、やがては肩を並べるでしょう。

房総風土記の丘と、古河の公園と、佐倉城址と清水公園の、雰
囲気の違いにお気づきですか。同種の樹木でも、自然は表情を
変えるのですね。

筑波の写真は「実験園」ですので比較は無理。近い将来「滅び
の樹相保存園」に改まるかも。植物園も花園も森林公園もコス
モス畑も、子に来園する自由はありません。

民(たみ)であれ公(こう)であれ、お金は何に遣われるのでしょ
う。職を失った親の子の、学費と旅費に遣われるのですか。あ
るいは「郷土の遊び場」と「窓に値する観光資源」を拭い去り、
閑古鳥を呼び寄せる撒き餌(まきえ)用?




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