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折々の文章 |
──────────────────────────── クリスマスの季節 −68− ──────────────────────────── 写真に写る水辺の青は空の青さ。 中学校の写生の授業で、屋上から描いたビルの向こうに故郷の 青空。 中学校からトボトボドタドタ、歩いた先に古い建物。観た映画 は「青い大陸」。青さに真っ青。 飛行場に降り立ち、入国手続きを終え、航空券売り場で押し合 いましたが、コンピュータは飾りとかで、内陸の航空券を買う ため北京市内へ。 この荷物、どうするの?(←私) 預ける場所はありません。このままにします。(←連れ) 嘘!?(←私) 大丈夫です。(←連れ) 航空券を手に入れ、飛行場に戻ったときも、デカイ荷物は、乗 客や送迎者が出入りする広場の隅から、動いた様子はなかった です。その出張の折 青島の飛行場で、機内から見た建物は、田舎の駅舎より立派で したが、我々を迎えたのは、広いだけで何も見えない滑走路と、 乗客を威嚇(いかく)するミグ戦闘機。ほかに公司の関係者数人 も。党の有力幹部の子弟で、若い娘が公司の担当。 滑走路に降り立った瞬間、戦闘機の気迫と担当者の鋭い視線。 空に機影はなく、響いた轟音(ごうおん)は、映画「追撃機」の 撃墜場面。 スペインで刻まれた色彩は、古い闘牛場の、赤い囲いと空の青 さ。爽(さわ)やかだったのは、肌着を買いに、子と出かけた市 街の夜風。 夜も朝も、闇の青さと冷たい微風。 職場では、窓から眺める空の青さ。 ※ 「父と子、パリ」の下絵が来週仕上がる見通し。 下絵も、描き方の記憶に混乱が生じていました。時間のかかる 描き方に気づいたのは数週間前。その後は、傍目(はため)にも 易々(やすやす)。 リハビリの散策は、季節が三巡目に入った公園もあります。そ の一巡目と三巡目の様子の違いを記憶している反面、暮らしの 予定が記憶から漏れます。 前頁の「春の小川」を撮った折、高年者の会話が聞こえてきま した。 俺たちはよいが・・・ 男の児(こ)を、枝で打ちながら歩く父親と、黙って従う母親が 居たのですよ。 折に触れ、母が繰り返す言葉の一つ。 老いた母は、公園で幼児に出合いますと、顔をほころばせ声を 掛けます。 毎日毎時、休みなく流れている報道に、不安を抱くのは児童も 生徒も同じでしょう。出合う子らが、八十歳になった折の社会 も、今の延長上にあるのだろうか? ※ 有料駐車場が開く前の公園に、4Lエンジンを搭載した黒塗り の乗用車が駐車、ドアを開けたまま、中年の男が立っていまし た。ほどなく中年の女が現われ乗車、二人は公園から退出しま した。 切り揃えたアオキの束を、包まず抱えて、公園に持ち込むヒト は少ないです。アオキも植わっている林から、挿し木用の植物 を、挿し木しないで持ち帰るヒトも珍しい。 ※ 高台の広場全面に、古木が等間隔で植わっている公園がありま す。園内には江戸期の文人の記念碑も。隣りに庭園。近くに老 若用の各種施設。貸し自転車もあります。 開花期を除いた高台の朝は、犬連れの散歩者に出合うだけ。 ある冬の朝、高台を散歩、樹肌に魅せられ、清々(すがすが)し い空気を胸一杯/// 桜に較べますと、運動用の装束はケバケパしいです。着衣が同 じですと威圧感も。樹間を縫い、自転車で入り込んだ一団は、 三々五々準備体操、展開して練習、飛び交う球は、高台で不審 者に出くわす怯(おび)えを、拭い去ってくれました。 ※ 近年、私は落伍を自覚しています。例えば あるソフトを起動時、「九十七年以前のパソコンではご利用に なれません」。近親縁者の写真機は軒並みデジカメに移行。我 が家で寝起きする日はカミサンから「パソコン、買い換えたら ?」 嗚呼、俺はもうダメ! 自分のサイトが、最新のモニターでどのように見えるかテスト するため、お昼休みに秋葉原へ。インターネットを試させてく れる電気屋さんが減りました。 古いモニターも無駄ではありません。画面が汚いので、サイト に載せる画像を厳選、結果、最新のモニターで見ますと実に綺 麗!(←古いモニターでも、他のサイトの画像は綺麗に見えま すから、この表現はヘンですね。) 秋葉原の電気店の、大型テレビに西洋絵画。緑地で憩(いこ)う 午餐(ごさん)の風景。最先端の、テレビ受像機を販売する見本 の画像が、芝生で寛(くつろ)ぐ家族の風景。 ※ 対米貿易に通じていた韓国籍韓国育ちから聞いた韓国の事情で、 印象に残ったのは、当時の表現の自由度についての、彼我の認 識の違いでした。コチラで韓国の必要性が薄れ、本人が自国へ の転職を希望した折は、優秀である旨を記した、私の立場から の推薦状が餞別(せんべつ)でした。我が国では考えられません でしょう、自分の意思で辞めるヒトに推薦状を書くなんて。こ のことはとても大切、職業観の基本としまして。我々の労働市 場の先進性は、どの程度でしょうか。 私の歪んだ感覚で判断すれば、大凡(おおよそ)四半世紀ではあ りますまいか、中国が、周辺に追い付き追い越すのに要した時 間は。(←何を追い越せば、追い越したことになるのやら?) 百三十五年?! 異国を模した行楽施設の行き詰まりが(←今朝の報道)、どの ように救済されるか分かりませんが、施設の立地する海岸緑地 を、島嶼固有の状態に復するのは、金銭的解決を見たところで、 困難であろうと想像されます。 トウキョウを模した海外施設で、胸元のはだけた和服姿や、ツ ンツルテンの半被(はっぴ)姿は見たくないです。 知りたいですね〜、海外のヒト一人一人の暮らし! 見たいで すね〜、海外の家族一つ一つの家庭。ヒトの暮らしを支え、家 族の歴史を育む、足許固有の自然と借景を誇る美意識を。 百三十五年?! 一体、何を追い越したのやら? ※ 卒業制作展には、韓国、台湾の留学生の作品も。 過去ではなく、今でもなく、これからが豊かに。 ←世の中へ の期待。 不安に過ごす日々の束の間の歓び。 ←母の一日。 親父さん! 3.75平方メートルの作品、展示会場でも、売って 欲しいというお客が現われたのですよ。子ども向け事業の、壁 面を飾りたいとか。俺にはもう解らないのですが、優しい作品 なんですね。 ※ 今日から三月。 卒業制作展は、新宿のビルの一階広場。作品集は一冊五百円也。 費用の足しになるのかな? 来週半ばまでの筈。 新宿駅からも初台駅からも歩かなければなりません。健脚(← 母の脚も回復)ですから、歩くのは問題ありません。ところが 新宿の街並みは某国の高層ビル街と違い、何処をどう歩いてい るのか判りません、前後も、左右も、上下も。 ヒトに聞けば判ります。ですが、歩きませんでした。 以前、高校時代は銀座のお昼に、歩道に立つと頭が痛くなると 書きました。新宿は、歩道に立つ前の駅構内で、逃げ出したく なってしまいます。中高時代は新宿にもお得意さまがあり、靖 国通りから甲州街道に抜けるガード下を商用車で通過、大学時 代は下校時に途中下車、頻繁に立ち寄りました。しかし、嗚呼、 新宿副都心! 溜め息が出ます。 千代田区内の靖国通りでタクシーに乗車。近年、都心の運転手 さんは丁寧で気持ちがよいです。都心を歩行する人心とは別世 界。タクシーに乗る時だけ、私が幸運になるのかも。 建物の名前を告げても、初老の運転手さんは判りませんでした。 高いビルです。 下を走っていますと、建物の高さが判らないのですよ。 運転手さんは、神保町の渋滞で地図帳を取り出しましたが判り ません。借りましたところ古い! かなり古い。 甲州街道の、高架がどうのこうのする辺りです。大丈夫、近 くまで行けば判ります。 帰りは建物と西口を結ぶ無料バス。 降りた場所が悪かった。何かの工事で歩道橋が利用できず車道 を横断、混んだ歩道を経由して駅舎へ。この経路は何十年も迷 子が常習、ゴチャゴチャの雑踏を(雑踏は大概ゴチャゴチャ) あっちへウロウロ、こっちをオロオロしないと歩けません(← 多分、私だけ)。無料バスの新宿駅前停車場を、家人に教える 試みは断念しました。 副都心か新都心かは知りませんが、高層ビルは、土地があれば 足りる訳でもありますまいに。遣(や)りっ放し? 五百年先への旅立ち! 「"窓"を開けよう」の大号令・・・ ※ |