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クリスマスの季節 −69−
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中年女性曰く「セツブンソウがこんなに咲いているのは珍しい
のですよ」 心で曰く「珍しくない草に惹かれるヒトは、もっ
と珍しいのですよ」
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季節の表情の不思議にお気づきですね。今の東京圏はヒトの工
夫で蓋をされ、自然は痕跡を見つけるのも骨。
このサイトの、表紙右上にリンクさせた「季節の表情」にヒト
の構築物を嵌(は)め込みました。季節の装いにヒトも一役……
陽射しと植物を差し換えますと季節感は変わります。四季折々
にヒトが装う季節は、ヒトの独創ではなく、自然からの借り物
です。
百億円の絵も、美術館で観れば充分でしょう。一方、季節の表
情は、なぜ根こそぎに!と渇いた涙。足許に、季節の美を取り
戻す条件を見積もりますと・・・
島嶼に住むヒトビトは、もったいないことをしたものです。
※
筑波実験植物園
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ありがとう。あなたの写真集を見ました。とても面白かった。
楽しめましたよ。← 十日の十四時(九日の二十二時発)アリ
ゾナ州フェニックスの知らないヒトから届いた電子メールです。
英文の説明抜きでも、写真は観てもらえるのですね。
十六時に礼状を発信して一時間後に届いた電子メール↓(後半
は原文)
海軍に所属していた折の一九五六年〜五八年に横須賀に。頻繁
に東京に出かけ景色を楽しみました。箱根公園、富士山頂から
の景観、鎌倉、油壷、そしてそう、満開の桜。
You have a very beautiful country, and I have many
photographs that I took there that remind me of that
beauty, and many fond memories from those years.
※
富士山のくっきり見える日が続きます。
都心に向かって
千葉県から通勤する電車では進行方向左前方、なのに、千葉県
の右に位置する埼玉県では通勤電車の右手の真横。方向を、左
右で判断するヒトに向き合う富士は右へ左へ一人で歩く。
先週末、千葉県内の集合住宅で、一斉に始まったドアのペンキ
塗りに立ち会いました。外側は二回塗り、内側は一回塗り(←
内側の本来は二日間で二回塗り、本本来は一日で一回塗り)の、
乾くまでドアは閉められません。
その折、作業主任との雑談で、首都高の保守の様子を知らされ、
再び上空に舞い上がってみました。
富士山が噴火する様子に続いて、大地震に遭遇する首都圏が見
えています。政経に真っ先に必要なのは技術? ではないなあ。
哲学でもなさそうです。足許の観察力と足許の美意識? かも。
※
前々項で、文面を引用する了解を得るため電子メールを送りま
したところ、その返信↓に、パソコンではなく私がフリーズ!
------ by your photographs, and I looked at every one.
Particularly the ones that had people where I could see
the faces. And especially the pictures of the children,
who must be in their senior years by now, if, in fact,
they are still alive. What kind of a life did they have?
Did that young boy have to go fight in the war? Did he
perhaps die? Is that little girl now a grandmother? So
many faces, so many lives, so many questions.
ウェブティービーをご利用とのこと。数年前に WebTV Japanを
経由して私のサイトを発見した経緯も教えてくれました。日本
語のサイトは
it just looks to us like a crazy combination of symbols
and letters.
の状態を MSN TV Viewer 1.0で確かめました。Jさんの返信の
末尾は
I am interested in people, especially Nippon-no people.
私も同感です。
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このサイトを英訳するのは大変です。日本語では誤字も気にな
りませんが・・・(←嘘です。近年は、一語一語辞典で確かめ
ないと書けなくなっています。)
英語力は中学時代で成長が止まりました。しかし今は翻訳ソフ
トもあるそうですから、コツコツ積み上げれば何とかなる筈。
ところで、どのように英訳すれば神田の語感を、アリゾナ州の
ヒトも感受できるのかしら?
母は最近、素敵な人生ですね、理想的な人生ですね、羨ましい
人生ですね、などと声を掛けられるそうです。ホントかなあ?
私が勤めていた頃の会社のヒトとその奥様方は、私の両親が歩
んだ道の何倍も素敵ですよ。
以上が英文では、このサイトの名前も主題も変えてしまった言
い訳です。
※
※
日本時間二千三年三月十九日正午です。
随想を十冊著わしたことで、多くの出来事について自分の考え
が定まりました。小学生の登校拒否について、産業の空洞化に
ついて、環境について、就労について、失業について、棄負加
の分離について、暮らしについて、宇宙について、存在につい
て、何が大切かについて、現場についてなどです。
戦争についても同様です。随想の執筆時に湾岸戦争(侵略と反
撃の戦争)が発生、その折に書き留めた言葉があります。
仕掛ける側であれ守る側であれ、避けられない戦争があります。
当事者の能力や考えにも拠りますが、回避できるのに回避しな
い戦争や回避に失敗する戦争もあります。偶発戦争もあります。
どのような戦争にも、私は一つの想いを抱いています。
国内が戦場となる戦争が誰にとってもそうなるように、開戦の
決定者と支持者には、銃後はこれからの世代に委ね、自ら現場
に立ち戦って欲しいのです。書き留めた言葉は
先の湾岸戦争で、侵略側の敗戦が決定的になった折、戦場で映
し出された母親の叫び「もうたくさん!」でした。
※
卒業式の季節です。赤ん坊の時から知っていた近所の子も卒業
式。平凡な巷(ちまた)で、卒業を歓ぶ子とその親の気持ちが、
世の中を支配するとよいですね。それは我々の政(まつりごと)
にも当て嵌(は)まります。別の卒業式では、全体の卒業式後に
学部の卒業式の、一つの科の謝恩会場が都心のホテル。司会は
卒業する男女各一。この短文が写真代わり。
※
頂点に立つ資質によって、社会の方向が決められてしまう仕組
みに暗澹(あんたん)とした思いです。多数の支持を根拠に就任
しながら、少数意見で力を行使してしまう情況が私の理解を超
えています。今問題視されているいくつかの社会は、内部に、
審議を尽くし、少数意見・反対意見に耳を傾け、争点を補正し
た上で多数意見を採用する仕組みが欠けているからだと理解し
ています。頂点に立つ資質が内部の民意を力で排除、さらには
外部に破壊行為を仕掛ける社会は、経済封鎖、場合によっては
武力で抑えるのは当然だと思います。一つの社会が、防衛だけ
に専念できる世界ではなくなりました。しかし外から封鎖、外
から武力を行使する判断は、何を根拠に、誰がするのだろうか。
深刻な問題を抱える仕組みを破壊する決定を、深刻な問題を抱
える方法で採択する矛盾。失うものは大きいです。
上の文は二十日の午前五時に表わし、五時半にサイトに載せま
した。失うとは、「社会の内部と社会相互の宥和を支える権威
と、拳(こぶし)ではなく思慮への傾斜、理知への依存」を弱め
る意味です。できるだけ希望が湧く話題を探します。
※
お茶の家元の顧問、二見先生が母のもう一人の母親だとします
と、四世杵屋佐吉さん(1884〜1945)の一番弟子、杵屋佐次郎
さん(後の杵屋佐冶朗さん)は母のもう一人の父親でした。佐
次郎さんには血のつながったお子は一人だけ。写真中央の男の
子です。男の子の向かって右の右が母。佐次郎さんは、男の子
の後の大きい人です。
母は一緒に稽古、男の子を弟のように思っていました。太平洋
戦争で戦死。
親を亡くす子と子を亡くす親。戦争は公平でも平等でもないで
すよ。痛みは限りなく避けて欲しい。我が子を戦場へ送る覚悟
で、開戦の是非を論じて欲しい。
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