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クリスマスの季節 −70−
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戦後に合わせて成長した私は、活字離れを率先しつつも、戦争
の文学、記録、参考書に親しみました。強烈な印象は、太平洋
戦争敗戦時の市民と軍隊。戦後はベトナム戦争。
サイトを開設してから、過去が歴史になりました。鏡の抵抗感
と私事に触れる遠慮から(←お前だけがナニナニじゃないんだ
ぞ、お前より俺の方がナニなんだぞ、などと声なき声が聞こえ
てしまい、寒くなることがあるのです)時間も出来事も細切れ
でしたが、アリゾナ州からの電子メールで吹っ切れました。文
化の違いと遠方の利得。
政治に歴史を持ち出す際は、ヒト一人一人の歴史も忘れないで
下さいね。自分史は断片です。ヒト一人一人の歴史の基本は家
族。いわゆる歴史は、ヒト一人一人の歴史の海の、関係の皮相
に過ぎません。家族の過去と未来を見据えた世界観歴史観で、
社会の舵(かじ)取りをお願いします。
※
日本時間三月二十二日午後三時。
母は、連日のテレビ画面に恐怖心を募らせています。抗議運動
の演技死体にも怯えます。「衝撃と畏(おそ)れ」を意図した空
爆に精神的危うささえも。私も、ヒトの資質に対する名状しが
たい想いが。
極度の恐怖は、後々まで響きます。敵地にもその近隣にも、老
いた父母や孫や曾孫(ひまご)がいるのでしょう。A国人という
ヒトは存在しないのですよ。B民族人というヒトも、C宗教人
というヒトも存在しません。ヒトには様々な資質があるだけで
す。仕組み、考え直して下さい。
※
借景の演出、あるいは点の撮影角度
※
卒業式の季節は、最寄りの花屋さんも書き入れ時です。しかし
新線工事が始まってからは、立ち寄ったことがありません。地
下駅の通りに面しているため、近づくのがタイヘンなんです。
開通すれば一等地かも。
カーネーションかバラか迷うところ。迷う時間が長すぎて、店
員さんから見捨てられてしまうことも。今回は百貨店で衝動買
いしました。割安に思えましたので、アレヲ!とお願いしまし
たところ、見本は花瓶を売るため。金額は花瓶の値段。引っ込
みがつかず弱りました。
幸福感に影。破壊を積極的に選択する資質、破壊の選択に追従
する資質、破壊を事業に利する資質、および情報操作に(情報
の捏造、歪曲、隠蔽に)未来を委ねたくありません。悲しみを
悼むのではなく、希望を祝うために、花束を奮発しました。
※
情報開示の必要性は、会社だけではありません。調査中のため
実態がはっきりしないまま、閉鎖か存続かを決めるには無理が
あります。その無理が行使された理由もはっきりしません。事
後の経済、つまりヒト一人一人の近未来の暮らしも、壇上に白
紙委任したのと同じです。合議の仕組みを強めて欲しい。
※
先の「借景の演出」は、前にも触れましたが嘘です。写真機が
動いただけで馬脚が、いえ、空缶やポリ袋や青い天幕が表われ、
写真機がもう少し動きますと、東京の通勤圏一般の状態に戻っ
てしまいます。動画も静止画も、事実を反映しながら嘘をつき
ます。情報化社会……なんですね〜。情報がつく嘘のため、画
面の前は操り人形。ヒト一人一人が、現場から発する情報の重
みが増しています。
※
二十六日の午前一時に携帯メールを受信、文面は「ありがとう
ございます」。前日の午後四時、雨の一日が気になって、発信
した「おめでとう」への返信でした。
高層ホテル(←昔、私が勤めていた会社の、事務所ビルの向か
いのホテル・当時は中層)の最上階で開かれた謝恩会の様子も
聞きたかったのですが、記憶が新鮮な間は、聞き出す余裕はな
さそうです。
事前に判っていたのは、謝恩会の(←と私が書くだけで、単に
パーティと呼んでいました)出席者は学部内一つの科の一つの
課程。人数は小学校の教室一個。さらにゼミがあるのですが、
ゼミ単位でなかったのが私の好奇心を刺激、根掘り葉掘り。
先生の人数を聞いたとき、高校の総合科美術科の先生の数が蘇
りました。私にはソレが魅力。美術だけで、十人もの先生と相
対(あいたい)できるのです。俺の高卒時は担任の先生ダケ、大
卒時はゼミの先生ダケでした。
私の執筆は息子の一人が、背中を丸めて苦しむ姿を目(ま)の当
たりにしたのがきっかけです。不登校ではないですよ。三年次
に発生、四年次の一時期、小学校へ通う恐怖心から、義務感に
反して、体が登校を拒否したのです。当時の文集にその痕跡が
残っています。鉛筆を残らず裂かれるなどを繰り返し、手足ま
で傷つけられた側の登校拒否を「非」として取り上げ、班単位
で批判させた文集です。担任は進級時、県内の遠方の学区へ移
りましたが、原因(←実に多様)を直視せず、登校拒否を難ず
る風潮が、学校にも社会にもあったのです。
とり繕(つくろ)うのはやめて欲しいです学校も会社も役所も政
治家も。上辺だけ繕(つくろ)った言行を、島嶼の外の、誰が評
価できるのですか。
苦しむ様子は散文詩で表わしました。確か「お前のほうが本当
だ」に続いて、我が身には「あんたも大人さ」と書いた筈。
先生の欠席予定は一人。理由を知りたくて根掘り葉掘り。司会
を予定していた子は、先生の欠席理由を理解していました。
先生方が着て行くシャツのデザイン、判っていたのですよ。ソ
ーナンダ! 橡一でも橡三でも、ご来展いただいた日本画の先
生と同じシャツ。橡一の面談時は素朴さが印象に残り、橡三で
は芸術家を印象づけたあのシャツです。アレなら晴れの席でも
通用します。子らの服装論議も回避できます。服装論議は会場
論議同様アッタ模様。
先ほどの昼休み、事務所街の菓子店で、千葉県産のお菓子を買
っての帰り、店員の娘さんから「どら焼きはお好きですか」と
尋ねられ、紫芋餡(あん)のどら焼きを、二個頂戴しました。
※
卒業式の前日に届いた電子メールも印象的です。
今は着信メールの2/3が英文の迷惑メール。ご想像通り、日
本の迷惑メールを徹底させた内容です。複数のメール・アドレ
スに対応するため、有料のメール・ソフトのサイトライセンス
を取得、ソフト専用に開発された無料のプラグインを組み込み、
迷惑メールは自動的に消していますが、とても消し切れる状態
ではありません。特に二、三のアドレスで汚染が目立ちます。
公開されている掲示板では、芸術や人文の書き込みが少ない様
子で、島嶼の「貧しさ」の現われと思っていましたが、英文で
も同種の掲示板は書き込みが少なく、なんだ、英文の場は和文
の場の傾向を、より強めればよいのだなと妙な解釈。電子メー
ルも掲示板もMLも、不特定多数の場は魅力の点で、回復が困
難なほど個人の信頼を欠いてしまった? 同様の損失は、個人
サイトにも当て嵌まると思います。
検索した結果、最初の一、二頁に表示されないと、個人サイト
は先ず見てもらえないと覚悟。だとしますと、何時になっても
弱小の個人サイトは浮かばれない・・・のではありません。
書物を著わす場合、引用は出典を明記するのが当たり前です。
同じ引用でも、ウェッブ・サイトでは、なぜ出典を伏せておい
てよいのだろうか。旅行記も、観光案内も、歴史の考察も、動
植物の解説も、園芸の品種も、個人サイトでは頻繁に、学者や
研究者や専門家や百科事典がその中核を占める場に出合います。
稚拙かも知れません。私的かも知れません。しかし、自らの資
料と自らの表現をコツコツ積み上げ、それを十年、三十年、五
十年続けますと、借り物中心のサイトでは達し得ない何かが得
られます。個人サイトで、具体的意図が見つからない時は、趣
味以上の、子や孫に伝える資料庫が第一義かも。私のサイトを
ご紹介した際、頂いた返信の抜粋↓です。
拝見させていただきましたが、大変興味深い内容で、私ども社
会学研究者にとっても第一級の資料になるように感じました。
※
今日は二十七日です。侘(わ)び咲き状のバラが開きました。撮
り直す? 全体の卒業式の後は、学部単位と思っていましたが、
課程単位で行われたそうです。会場は学部の図書室。課程毎で
すと、会場が足りないかも。いいですね〜、図書室での卒業式。
ところが、写真がない!
迷った衣裳は借りたそうです。友達の紹介先。大幅に値引き。
上野で着替え、電車を乗り継いで雨中を移動、課程の式に出席
後、再び雨中を上野に戻り、着替え、地下鉄でパーティ会場へ。
写真は友達同士で撮り合ったとか。それがデジカメ!
お父さんのメール・ボックス、溢(あふ)れてません?
そちらの掃除忘れだよ。
押し問答の末、もしやと思い、添付ファイルの容量を尋ねた処、
なんとウンメガ! 受信できたとしましても、ファイルを開け
ば、私の古いパソコンは壊れます(←?)。友達とは、繰り返し
送り合ったそうですが、「お父さんは近い」のでまとめて送っ
た! 家族のLANは、抵抗があるのかも。
デジカメの画像を、子は印刷するのを面倒臭がります。私は焼
いた写真を渡して欲しい。一枚一枚めくりながら、アーダコー
ダと言いたいです。今のデジカメ本位は、撮る側は、撮るのも
観るのも便利ですが、観るだけの側に応えていません。
一枚だけありました。先生が写し、学部の封筒に入れ、宛名を
記し、式後に渡してくれた紙焼きです。図書室での卒業式、広
がるとよいですね。
※
戦争とはこういうものだ。」
指揮官の一人が壇上から発した言葉です。ですから開戦の是非
を、事前に、充分に、合議する必要があるのです。
息子の出征は大統領が命じたからです。戦争が始まってからは
テレビを見ていません。」
開戦直後に、留守宅の父親が語った言葉です。太平洋戦争当時
の島嶼の父親も、多くは同じ想いだったのでしょう。
画面を通して、戦争が茶の間に入ってきます。地表のどの家庭
も同じです。経済を通して、暮らしに大きな影響が現われます。
地表のどの社会も例外はありません。その戦争を仕掛ける権利
が、限られた国の、特定の資質に存在する根拠が解りません。
多くの国が一致して戦う場合と、僅かな国が合意を待たずに戦
う場合では、被害の程度、修復の速度、要する費用、憎しみと
報復の広がり、癒やしの時間ははっきり違うと思います。世界
には何人のヒトがいるのでしょう。仕組みの大切さ、理解して
欲しいです。二度と繰り返して欲しくありません。
鎖国下で表現された浮世絵は大海原を窓に変え、海外のヒト一
人一人を魅了しました。その後、コクサイ人と化した島嶼のヒ
ト一人一人は、鏡に見惚(みと)れ、セカイに酔い、足許の美を
根こそぎにしています。浮世絵復興の新世紀第一年、一週間前
に始まった戦争が、その印象を強めます。
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