────────────────────────────
クリスマスの季節 −82−
────────────────────────────
今朝(三日)は週末の居所から出勤しました。最寄り駅のエス
カレータ真ん前に定年世代のご婦人。イギリス産の玩具でしょ
う黄色い仔熊を付け、本物ならスペイン製でしょう、黒地に赤
い刺繍(ししゅう)の鞄を背負ったスラックス姿。
二組の写真は何処でも見かける花です。一方は我が家の庭に居
座ってしまい、他方は今朝の脚走時、近くの民家で見ました。
花の名前なんて知りません。二組の写真の花は窓。舗装された
市街の花は鏡。
先日の日曜日、年間通しの入場券を持参、埼玉県南の有料公園
に出かけましたところ、開園前なのに、公園の人出にうろたえ
ました。野球着や団体着の子らが幾重にも繰り出し、木陰も雨
を避ける父兄の賑わい。園奥でも、移動する団体に出合うこと、
えっ!また! わっ!まだ! げっ!もっと! オロオロオロ。
拡声器も天幕もあったのですよ。建物では吹奏楽団の練習も始
まっていました。ただ「山道」は静か……、いえ。
晴れていれば、団体着も走りまわっていたであろう坂道で、野
球着の悪ガキが、ハランを抜いた瞬間「ギャッ!」と投げ捨て
たのです。他の野球着仲間も飛び退(の)きました。
ハランにナメクジは当たり前さ。シランもショウブも抜いてみ
なよ。樹木は無理でも草は抜ける。面白くなけりゃ、子の誰が
植物に親しむものか。島嶼の大人にも、草を抜く楽しみを教え
ておやり。
よくもまあ、変えてしまいました富士山も。何を誇ろうとする
のやら。経済力? 技術力? 芸術性? それじゃまだ無理。
富士全山を、アメリカシャクナゲと、イングリッシュローズと、
オランダチューリップで覆い豆球で飾らなければ、とてもセカ
イに通用しません。
※
収穫可能なトウモロコシ畑。漬ける頃合を見計らって育つ赤ジ
ソ。伸び始めたサツマイモの蔓(つる)。巨峰の房に径2ミリの
緑果。ドクダミの花園で薮蚊が朝食。
二重構造論が盛んだった時代は、大企業にも中小企業にも迷い
はなかったと思いますよ。会社の繁栄は素直に「よかった!」
でした。よくなりすぎたのかな〜? 島嶼の外から「どうした
内需!」と叩かれ、消火栓の蛇口を開け放した結果が今? そ
うだろうか。繁栄の連鎖に欠けた何かがあったのでは? 子育
てのために働き、働いた結果が子育てに反映され、さらに子育
てのために働き、働いた結果が子育てに反映される暮らしでは
なかったです。
質問1:関東平野の自然は、次のどちらに近いですか?
質問2:どちらがより豊かな子育てに相応しいですか?
質問3:繁栄すればするほど関東平野はどちらへ傾きますか?
質問4:繁栄に子育てを連鎖させる皆さんの鉤をお教え下さい。
※
今日は五日。鈴生(すずな)りの枇杷。緑の梅の実。
父と子」の子のほぼ半数が娘で、娘が母親になって育てる子の
ほぼ半数が父親になって、なんて書いておかないとマズイかも。
十冊の随想では、今でも1ドルは360円」と書いたことがあ
るのですよ。今日は悲しいお話。その国の通貨は涙(ルイ)と呼
ばれていましたので、暮らしの隅々に、涙が溢れていたのです。
涙国(ルイコク)の外国為替相場は幽霊制でした。1惚(←ホレ
と呼びます)が、地球(←チタマと呼びます)の表面(←コク
サイシャカイと訳します)では120涙(ルイ)なのに、自国で
は360涙に下がってしまうのです。
年金は先の先。定年になったらどうしましょう。月15万涙で
も働き口があるのやら? 野垂れ死にを覚悟。でも、子らの世
代はどうするの?
涙国は、経済規模も軍事予算も惚国(ホレコク)に次ぐ巨額でし
たが、国内15万涙の暮らしは国外5万涙の暮らしに留まり、
臨時雇用の若者も、再虎に食われた中高年も、動物園の檻モド
キで神経をすり減らす毎日が、セカイを睥睨(へいげい)する大
国の珍しくもない現実でした。その上
夜を徹して働き続ける職場、長期休暇は離職覚悟、夫婦なのに
七夕暮らし、賃金抜きの残業もザラ。
父と子は壇上の得意を支える黒衣でした。父と子の暮らしは壇
上の繁栄のお零(こぼ)れでした。内需掘り起こしの意味を、取
り違えていたのではないのかな〜。
再配分は従来のままにして、1惚を360涙に戻しますと、勝
って、勝って、勝ちまくってしまいますね。ですが、本当は今
でも1惚は360涙、父と子の骨折りは、何よりも先ず、父と
子の暮らしに役立てて欲しいです。
※
子育てから解放されてホッ! さあ、第二の人生!なんて報道、
アレ、ホントにそんな気持ちになれるのですか。子らの世代の、
労働条件と子育ての環境を、見て見ない振りのできる熟年者や
高年者が不思議……という呟(つぶや)きが、画面から漏れて来
ない涙国の静けさにぼんやり。セカイノダレソレやコクサイシ
ャカイノイチインは耳に凧(←?)。あと九日寝ると父の日です。
涙国の子育てを終えたオトーサン、元気を出して!
名目の二番位から頂戴した結婚祝いは、煙草盆(←ご出身を反
映)の付いた置時計と旅行でした。繰り返し触れています後者
は、各社から役員一人が参加、高級ホテル泊の団体に、名代と
して入社数年の若造(ヒラ)が加わったのですから、他社の名
代としてご参加の部長職から、帰国までイジメに合ったのは当
然としまして、今になって考えますと、社内でも微妙な立場だ
ったのでしょう、幸い微妙な経験は免れ、その後も上司に伴わ
れ、二本柱の各采配者に直接上申、やはり上司に伴われ、意思
決定者に直接説明、営業本部の参謀として最古参になるまで便
利屋を全(まっと)うしました……と書いておきませんと虚仮に
される機会が減りません。
カミサンの実家は社宅でした。私も社宅には二の足を踏みまし
たので、公団に申し込みましたが落選を重ね、カミサンが探し
当てたアパートが新婚の住まい。
カミサンについては、婚約してから知ったことがいくつもあり
ます。それまでは実家のことも、勤めながら大学に通い資格を
得たことも知らなかったです。今は毎朝、義父が勤めていた会
社および同業大手の、広大な工場が取り壊されていく様子を通
勤電車から眺めています。婚約時代は、水利権折衝のお仕事で
過労が祟(たた)り、手術した義父を見舞ったことも。お酒を飲
んで泊まった夜更け、工場からの通報に応急措置を指示、着替
えて駆け付ける義父の姿も記憶しています。そのカミサンに与
えた、私の転職の衝撃は軽くはなかった。
一般的な生い立ちとは違う点が私にはあります。中学から三十
歳代まで続いた結石。利尿剤と鎮痛剤は常飲を許されず、代わ
りに始めた中学からの飲酒。および家業の調整役。調整役は結
婚後も折々再発、転職する半年前には、半ドンの土曜になると
電話が気になる状態。
日本画展を手伝ってよかったです。辞めた会社の、後輩(上級
役職者に栄進)と定年退職者(入社時の直接の上司)に、四半
世紀振りと三十年振りでお会い出来たのです。お一人は社員の
動向に通じる立場。お一人は勤めていた会社を客観的に眺めら
れる世代。カミサンは何も言いませんでしたが、嬉しかったん
じゃなかろうか。以上がこの項の前置きです。
産地と下請けを、生かさず生かさずにしませんと成り立たない
商法が顕在します。泡以前も泡以後も、その成功例が紹介され
ていました。
原価を割った廉売は不当とされます。欠損を外部に転嫁する点
でさらにと思うのですが、成功の陰で産地が荒廃、下請けが疲
弊する商法が称えられる不思議。経済に根を張り、発展の礎に
なるのであれば異論はありません。しかし現実は、片や金融不
安を触発する材料として残り、片や価格破壊を刺激しました。
大学時代に専攻したマーケティングの書物に「価格競争は互い
の喉を掻き切る商法」とありました。今は「資源の浪費と環境
汚染と経済の混乱を加速させる」と付け加える必要があります。
政治も経済も、規模の大きさは誇る要素ではありません。自然
と人間二種の労働がモノを産みます。消費を過度に煽り、二種
の労働者に過労を強いる事業者は、「父と子」が見えていない
のではありますまいか。より少なく買い、より長く持たせ、二
種への還元率をより高める商法を称えて欲しい。外国為替相場
に翻弄される産業社会も、「父と子」には肩身が狭いです。
|