折々の文章


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クリスマスの季節 −85−
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前頁の樹木の写真は、新線新駅(←駅も高架も建設が進んでい
ます)の近くです。写真を撮った場所から少し歩きますと、下
草に数人分でしょう、食べ散らした容器と袋が散乱、用がない
なら立ち寄ってはなりませんと、命じなくても徒歩の誰も、好
んで近づく場所ではありません。

森林公園に相応しい景観も、根こそぎにしませんとゴミの投棄
や犯罪の根城になりかねない、それが雪月花をコクサイシャカ
イに誇る島嶼の現実。

武蔵國や下総國が何処かは知りませんが、1927年の神田の
写真(←和泉橋たもとの尋常小学校)で見る限り、七十年前の
南関東はほぼ全域、同様の素朴さで覆われていた筈。それをよ
くもまあ、拭い去ったものです。

1931年に開業した島嶼の「新ウォルドルフ・アストリア・
ホテル」は新宿に聳え、同年に建った島嶼の「エンパイア・ス
テート・ビルディング」は六本木を見下ろし、セカイと力まな
くても世界に知られたV.I.P.が折々日に数ダースも訪れ、
世界中から観光客が引きも切らず……

世界から観光客を呼び寄せて何を見てもらうのですか。経済力
と技術力は先刻ご承知。では庶民の暮らし? 無賃残業・長時
間労働・短期間休暇・ナントカ小屋・緑ショボショボの住環境
・道行くヒトの思い遣り・幼児が自由に歩きまわれる平面・武
蔵や下総の豊かな自然……。五百年ではなく千年先かも。


 ※


ヒトをヒトとも思わないコゲラ(キツツキ科)を見ました。
耳元で鳴くウグイスも。

今の我が家へ越して程なく、田畑や荒地一帯に、大手各社が関
わった中層の住宅街が出現しました。家人の、友人や内職の関
係者もその地に在住、我が家の誰彼も、その地の駅から電車に
乗ります。前に触れた部屋探しはこの街での話。

差し迫っていましたので知識ゼロでの部屋探し。頼りは開発に
携わった業者の知名度。そこで知ったのが驚くべき数字。

 マンションは何年持つのですか?
 管理如何ですが四♪年か五♪年でしょう。
 安心しました。
 昔は百年と言われましたが今ははっきりしません。
 技術は進むのですね〜。
 えっ? お客さま、年数は短縮したのですよ。
 あれ! さっき五♪年と言いませんでした?

会話の齟齬(そご)は♪にあります。法隆寺千四百年の技術を信
じていた私は、威容を誇る現代の建築に、三十一年に建った摩
天楼の数倍は持つであろうと……。♪は百ではなく十でした。

 三十年で建て替えるマンションもあります。
 えっ! そんな……

お金持ちが多いのですね。戸建ても多層も安くはないです。数
年前まで(←今は確かめていません)菅野の家が残っていまし
た。湿地に、疎開者用に建てられた質素な平屋も、半世紀は持
ったのです。手を加えれば、さらに半世紀は持つでしょう。

資源とか環境とか言いますが、今の南関東は造るのではなく壊
しています。借景を壊し、風土を変え、足許を塞ぎ、まだ足り
ずに掘り起こし、流し、足許を固めています。暮らしの五百年
計画は、誰が操舵するのだろう?


 ※


今朝(十八日)は曇り。農道に広く撒かれた煙草の吸殻。ハン
バーガー店の紙袋・紙コップ・紙容器。茂みに、綴じから離れ
た風俗写真。食べ散らしは我が家近くの車道にも。体育館正面
広場に打ち上げ花火の筒・紙袋・水着を入れる透明な袋。←ご
く普通の島嶼の景観、世界に冠たる産業立国の観光資源。

畦(あぜ)に深紅のガーベラ。畑に馴染みのヤマドリの雄。足許
からヒバリの低空飛行。先導するハクセキレイ。

団地への下り坂で脱兎のノウサギ。左手の林へ。私が横断兎道
に達してしまい、後の一羽は一時停止、方向転換、もとの畑へ
一目散、ヤマドリ(別の縄張りの雄)の脇で再び停止、未練を
残して奥の林へ。この間、十数秒。新線工事が進み、キツツキ
もノウサギも肩身が狭い。

週末の早朝に出合う平屋の長屋様式は、塀の有無で表情が変わ
ります。数戸単位で寄り添っている平屋の魅力は(=子の自由
は)塀なしに尽きています。狭い敷地ですから、戸別の塀は勿
論、長屋を囲う塀も、排他と陰が支配します。

武骨な建売りに、犬猫の出入りが自由で、樹木が茂ると消えて
しまう低い柵と、チョボチョボの庭の緑に、スケスケの生け垣
から出発した戸建ての団地に樹木が茂り、周囲の見場がよくな
りますと、樹木を剥(は)がした立派な家が建ち、凝(こ)った塀
で囲われ、一帯の緑に映えた邸宅が散在しますと、

敷地をコンクリートで固めた賃貸アパートが建ち、近所の緑を
売りにした中層住宅が聳え、細切れの戸建てが並び、緑を剥が
した建て替えが進み、

一戸の大型化に伴い、庭木を抜き、生け垣を除き、堅固な塀に
人工素材の庭が他家の緑を従え、建て替えのたびに廃材を生み、
一帯の非植物密度を高め、次世代から次世代へと、瓦礫の累積
を遺(のこ)して行きます。

ヨチヨチ歩きに必要なのは庭から庭へと歩く自由。租界だけで
は賄(まかな)えません。借景は私物でもありません。

傷みを差し替えながら手を入れますと、枯れ木は大地に戻り、
生け垣は五百年も千年も永らえます。ですが、生け垣の手入れ
は老いた体に骨です。やがて緑で覆(おお)われるのでしたら、
住まいの生け垣は趣味次第、なくてもよいです。塀のない土地
の魅力は、浮世絵か、海外の観光資源(=海外の庶民の暮らし)
で学べます。

コクサイだけではありませんよ垂れ流しは。戸建ては素材を、
多層は利用の五百年化もお考え下さい。緑が売り・緑が買いな
のでしょう?お住まいを決める際は。未来の廃材と未来の瓦礫
は、ご自分の庭に捨てるのですか。今のお住まいと今の塀は、
あなた限りで消えるのですか。原色を装った外壁もご遠慮下さ
い。お住まいは借景の要素です。

走っている口にシャクトリムシ。←食欲は湧きませんでした。
庭にヒイラギナンテンの実。←ブルーベリーの籠に入れたら怒
られました。


 ※


今朝はサトイモ畑。大きさは下駄箱の鉢に収まる程度。イチジ
ク同様、幼い頃から身近な植物。

アジサイ(前頁)を撮った日はうんざりするほど蒸しました。
乱反射する戸外は目チカチカ、頭カランカラン、四肢ドタドタ、
芝生テカテカ。降ってくれた方が気持ちよいです。梅雨の朝は、
濡れながら走るのが好き。

池に沿った芝生広場は、養生のため立ち入り禁止でした。あれ
ほど人が集まったのですから無理ないか。中央の芝生広場も家
族連れ一組だけ。

帰り際、通路際の芝生に、二、三歳でしょう、中腰の男の子。
その子の頭を、五、六歳の男の子が、ラケットの網でポン、ポ
ン、ポン。二、三歳の子は泣くでもなく嫌がるでもなく。五、
六歳の子は何かを確かめるような叩き方。その何回目かに、怒
りを漲(みなぎ)らせ「ナニヤッテンダー!」

怯(おび)えたのは我々です。二人の子から二間ほど中央寄りに、
寝転んだ姿勢から半身を持ち上げ、辺りに響く激しさで。

父親の足許にもう一人幼い子。その背に母親。二人とも無言。
父親を振り返って、ラケットを芝に置いた子も無言。叩かれて
いた子も、黙ったまま動きませんでした。


 ※


今朝(二十日)は風。空は梅雨明け。道路に辺十五ミリの緑の
柿の実。

芝生に寝転んでいた父親に望むことがあります。一人で旅に出
て下さい。場所は言葉が通じない先進世界。お金も休暇も、無
理して出来るだけ早く。

一人で手配、一人で搭乗、一人で泊まり、一人で食べ、精髄で
ありながら先ず紹介されない観光資源「庶民一人一人」を観察、
親子の会話と、歓びと、感謝と、祝福の表現を見出して下さい。

関東平野は画一的です。没個性に拍車をかけ、残りの植物を抜
けば「完成」するのが、公園巡りから学んだ現実でした。しか
し観光資源の整備はまったくこれから。お金が要ります。生活
に関わる地方政府一つに、事務の出先は、民家の軒下を借りれ
ば足ります。


 ※


我々の社会では、職場の日常に二つの言語があるのをご存知で
すか。契機はミズーリ州への出張です。その折に気付いたので
はなく、韓国さらには中国へと生産を移す過程、およびある事
情から約二昔前の数年間、多数の人材銀行に登録、多くの仕事
に応募した経験を通じてです。←心がボロボロでなければ、収
入の高い仕事ほど転職の機会は高まります。泡が弾けてからは、
同学歴で、齢相応の「世間並み職種・一般並み収入」を得られ
る機会は恐らく絶無。

私は生涯は勿論、十年間でも、一所に働くことには耐えられな
いと繰り返しています。しかし転職が常態でなかった社会で、
なし崩しに、年功型社員の解雇を平然と実施する世の中は、非
人間性の枢軸と言っても過言ではないです。

出張で経験した「接待」を繰り返します。奥様同伴のパーティ
を、代表者の(実質の、以下同じ)ご家庭と(←お酒の買い出
しにも連れて行ってくれました)、窓際を予約してあったレス
トランで各一度。レストランでは、代表者ご夫妻のほかに営業、
生産、財務、国際各部の責任者ご夫妻。代表者ご夫妻とは偶々
居合わせた娘さん(学生)を交えての昼食も一度。滞在中の昼
食は各部門の責任者誰かしらが気軽に(←幼い頃から一ヶ国語
にこだわっている私は気重に)同席。

代表者の奥様に案内される機会もありました。その折も、我々
が海外関係者を接待する際の、ナントカランドや温泉旅館や夜
の和洋高級料飲店は一度もなく、ただただ広い街の歴史と表情
に限られていました。


 ※


……とココまで書いて外出、我が家に寄ってカミサンと合流、
多少遠い郊外で秋葉原某店出先の開店を待ち、ハードディスク
の交換が済んだパソコンを受領、配達、従来の装いに変更、昼
食を頂戴、歓談後、往きの映像を逆送り、夕刻から今朝の文章
を手直し。

耳が聞こえない高年者に、パソコンの不具合が与える打撃の大
きさを学びました。ハードディスクが壊れた訳も判りました。
喩(たと)えですが、照明を消す際、切った「反動」で無意識に
再点灯、その「直後」に電源を抜いてしまう動作を連日繰り返
していたのです。パソコンは起動の都度必ず警告を発していた
ことも確認しました。

迷惑をかけるのを遠慮、故障の連絡は発生後一ヶ月経っていま
した。修理に数週間。その間、パソコンの前で茫然とした毎日
を送っていたのでしょう。

昼食時、久し振りにご本人の目が生き生きしていると教えられ
ました。飲酒はお一人でしたが普段の倍量。

一般には、新品に買い換えたほうが費用も時間も合理的なのは
解っています。しかし、XPに買い換える「危険」には二の足
を踏みます。修理依頼時、秋葉原中古店の在庫も調べてもらい
ましたが98は該当なし。八十歳代にパソコンは欠かせません。
その後の人生を変えてしまうほどの重みがあります。


 ※


助手席でカミサン曰く「お隣の畑のブロッコリー、明日収穫し
ようと決めたその日に盗まれてしまったの。盗む側も時期を見
ていたのね。手で運べる量ではなかったそうよ。小母さん、ど
んな気持ちだったのでしょう。」


 ※


誤りも表現のうち」の意味はとても大切。読者が足を掬(すく)
われる? 書き物の権威がなくなる? そう、だから大切。無
謬性人格の非在を明かすことになり、読者も、書く側から誤り
を見抜く必要が生じますから。皆さんも、下書きが済んだ後で
気付いた誤りは、できるだけ正さないで下さいね。

家人と家人は違います。前者はカジン、後者はイエビトと発音
します。前者の話す言葉が家庭語、後者が家語(イエゴ)。島嶼
の職場で通じる言語は、今も家語だけです。

島嶼では、所謂(いわゆる)家庭的と称される職場でも「主人と
家の子郎等」の関係であり、「父と子」の家庭人は一人もいま
せん(←敢えて断言)。島嶼では、家庭人の父親も職場では家
語で働きます。

家庭に家語を持ち込んでしまった「芝生の父親」を見ています
と、家庭人が暮らす家庭の割合にも悲観的になります。家語が
交(か)わされる「一家」は非家庭的です。家庭人が家庭語で働
く職場が当たり前になって欲しい。




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