────────────────────────────
クリスマスの季節 −96−
────────────────────────────
郊外
この地へ移った当初は、徒歩十五分ほどの単線最寄り駅aから、
単線の始発駅bで、B駅の旧線へ乗り換えていました。単線の
終電は旧線の終電の数本前。
渋滞するバスを利用していた矢切時代も今も、最寄り駅への自
転車は避けています。一方、家族は自転車一筋。
その後、単線の始発駅bより我が家寄りに新線が開通、徒歩約
三十分に新線のC駅と、徒歩約一時間の旧線に新線に乗り換え
る新駅Dができ、この二つの新駅CとD、特にDを核に、湿地
や田畑が埋め立てられ広大な住宅街が現われました。←近年、
この団地の片隅を学ぶ機会も。
Dの集合住宅街は専らバスです。なのに単線への配慮でしょう
か、我が家が利用できるバス路線は現われませんでした。
現在工事中の新線は再来年(?)開通するそうです。新新線には
Cに繋がる地下駅Eと、我が家から徒歩十数分に地上駅F。F
はEにとても近く、工事現場を目にするまで信じられなかった。
都合、二年後の我が家の最寄り駅は、利用できる路線バスが一
台もないまま、徒歩か自転車か自動車で、単線、旧線、新線、
新新線の、abBCDEFと至極ベンリになります。
緑抜きでは暮らせない資質です。都会から見ますと、引っ越し
てきた一帯は「陸の孤島」でした。
緑を根こそぎにし、それだけ瓦礫の含み資産を増やした住宅街
は、千葉県でも、東京都でも、埼玉県でも、茨城県でも見てい
ます。中高層化が進んでも、緑が削られて行くのはなぜですか。
関東地方には、町境(ちょうざかい)も市境も県境も要りません。
必要なのは仕事と暮らしの、環境および状況に腐心するオラガ
州(ムラ)の政府さま。自立性(独立性)を保持した暮らしの州
政府相互で、優劣の、競争の生まれる」余地がなかった島嶼の
政治は過去の遺物。
※
小川町の草土舎近く、淡路坂、幽霊坂、新坂などの街路名が残
る地域に得応軒本店があります。谷中の得応軒とは、おじいさ
まの代がご兄弟。本店は長男のお店ゆえ。ご商売は、互いに関
係ないそうです。その淡路町の得応軒で昨日(十二日の土曜)
岩絵の具を買うお手伝い。
靖国通りを右折する直前、ミニのパトカーが真後ろに。
得応軒本店前は狭い一方通行ですが、片側に車列が出来ても二
トン車なら抜けられます。しかし、ミニパトの目の前で、車を
寄せるのはいくら鈍感な私でも弱るのに、ナント、ミニパト、
得応軒の斜(はす)向かいで給油!
給油中の婦人警官二人は、一方通行の車列に一度も顔を向けま
せんでした。視野に入る筈なのに、寄せている私の車も見ませ
んでした。給油が済んで、給油所の係と言葉を交わして、今度
こそ」と身構えたコチラを無視、昌平橋方面へスタスタサッサ。
ミニパトが走り去ったすぐ先の右側に洋菓子店。
下町の表情 筆と岩絵の具
|