折々の文章


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クリスマスの季節 −97−
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ほとんど毎朝自分の脚で走っています。この連載を読めば、私
の走路の一つは大凡(おおよそ)お判りでしょう。前頁のを写
した橋も走路。前頁冒頭の濃いも走路。

田畑が尽き、廃品が棄てられ、濁った水が流れている場所もあ
るのですよ。住宅街に接していますが、人影があれば身構えて
しまい、夏でも肌が粟立つ土地に、立派な施設が建ちました。
その施設と同じ発想でしょう、市は異なりますが、冒頭の緑地
の隣りにも施設が完成、裏手の増築も終わりました。

もう一つの市の私鉄に乗るには、徒歩→単線→旧線、または自
転車→旧線を経由する必要があります。自転車ですと、冒頭の
緑地を横切るのが最短ですが、高校生でも女の子はゼッタイに
ダメ。私も冬の早朝、その施設で働く人の、無燈の自転車と接
触したことがあります。蝮(まむし)がとぐろを巻いたままぺし
ゃんこになっていたのもこの通り。梅雨時はザリガニがハサミ
で威嚇。ウシガエルの内臓を啄(ついば)むカラスも。

驚いたのは居間のテレビで、施設の宣伝を見たときでした。早
朝は来訪者用駐車場も空。施設の反対側は河川と田畑。最も近
い住まいの明かりも、果たして部屋から見えるかどうか。送電
線の鉄塔に赤い灯。川を隔て、大型トラックとダンプの唸り。
大型車の溜まりからけたたましい犬の吠え声。私は毎朝、涙国
の思潮を見ているのですね。


 ※


○ちゃん、元気なまま逝ってしまってよかったね〜。○○なん
て下(しも)の世話で大変だよ……

Yシャツ姿の会社員が道に溢れ、創業○年の料理屋も、お昼は
弁当屋に替わる肉屋も門前に列。裏で働くご主人に、普段着姿
が話していました。

古いお店の扉の裏で、日がな一日、待っている姿をご存知です
か。ヒトと一緒に朽ちて行くお店の話。

待っているのは期待? 希望? その何かを認識できずに、政
経を担う資格はないですよ。

高年者に向けた集合住宅の立地は繁華街です。緑をさらに削っ
て、孤独の屋上屋を架す社会が、人間性豊かとはお世辞にも言
えません。通学も通勤も同様です。ヒト社会で優先すべきは日
日の足許。通学路も、自宅最寄り駅への通勤路も、何処よりも
安らぐ環境整備が政経のイロハ。←今の島嶼は、サカサマでな
ければアベコベです。


  
下町の表情 ビルの狭間(はざま)

















下町には鉄格子で囲ってしまい、ヒトを寄せつけない社があり
ます。一番目の写真はその逆。高層ビル千棟のデザインも、片
手に乗る社の敵ではないです。

社務所が朽ちる一歩手前や、お稲荷さまを土台から削り、ペン
シルの芯」ビルを建てる路地もあります。

市川から錦華へ通っていた小六時代、汗ダクの小学生を見た若
い給仕さんが、レモン入りの水差しを持ち出し、注いでくれた
コップの水は扉の厨房。←三番目の写真。当時の扉は、料飲店
の出入り口に替わっています。

木製の商品棚は問屋暮らしの象徴です。畳み直したスラックス
を攀(よ)じ登って仕舞うには、板と手早さが必要でした。

木製の梯子(はしご)は立ち飲みカウンターの象徴です。店主が
左右にずらしながら使っていました。

屋上をいかに緑化しても、子が親しむ緑は戻ってきません。

写真(五番目)の路地の四分の一幅を、横向きで駆け込んだ手
洗いも、移ってきた当初は存在せず、住み込み従業員と来客と
で一つトイレを共有しました。








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