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私が随想を書きはじめたのは、三十歳代の終りの頃、ある子どもの姿を
見つめたときです。その後は、持ち込んだ原稿を、S図書のAさん(元
代表・引退)が胸に抱えて受け取ってくれる、その姿を支えに書いてき
ました。今も書くのは仕事の合間ですから集中が難しく、一行も書けな
い週があります。問題意識は、武蔵野のM先生のお便りからその存在に
気づきました。鍵となる言葉を連載中の「随想 青い闇」から拾ってお
きます。


機会arekore206.html24 Jan 2001 25 Jan 2001
整合性arekore206.html08 Feb 2001
arekore205.html22 Jan 2001
 arekore207.html03 Apr 2001 05 Apr 2001 11 Apr 2001
 arekore209.html30 May 2001 08 Jun 2001 21 Jun 2001
観客arekore208.html18 Apr 2001 08 May 2001 09 May 2001
仕掛りarekore208.html26 Apr 2001 15 May 2001
媒体arekore205.html10 Jan 2001
 arekore206.html11 Feb 2001
 arekore209.html06 Jun 2001




このサイトを開いてからは、ML内で連載した随想を出版するようにな
りましたが、その三冊中二冊は、全文をサイトに載せる気持ちが湧きま
せんでした。インターネットの利用者は、ML内で読んでもらえば十分
と考え、あまり期待していなかったからです。現在も地味な書き物の読
者は、紙の本中心ではありますまいか。

インターネットが普及する以前に出版した十冊の随想は、やがて書けな
くなったときに、全文をサイトに載せるつもりです。

ML内で連載した三冊の書き物は、「小五までと高校時代」「社会に出
てから」「父の晩年」についての体験談ですが、それは表向きで、十一
番目の随想は、粟(あわ)の穂と掌(てのひら)の飴が隠れた主役です。粟
は当時、間違えて覚えてしまったので、実際には、高黍(タカキビ)の穂
が幼い頃の美の象徴、また同級生からもらった飴一粒が、高校時代の旅
の象徴でした。十二番目の随想は、中町のお店の鍵ではなく、踏踊の扉
の鉤(カギ)を表現、十三番目の随想は、旅に出られなくなっても、例え
ば高校生のために、旅を演出する歓びを著わしています。




―――――――――――――――――――――――――2001-06-21――