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『フォーチュンキャンバス2』 後日談第1話

『フォーチュン アテリアル』を基にした二次創作短編SS
「瑛里華編」のアナザー展開といった内容のエピソード
11年夏コミ頒布ノベル本の後日談を掲載
(11ページ分=400字詰めで65枚分)


2011年10月26日夜 公開

※『フォーチュン アテリアル』のアナザー展開的な二次創作ノベルです。
 2011年の夏コミ新刊ノベルでは描ききれなかったエピソードや文化祭での出来事がここで語られます。

 内容は2011年夏コミ本『フォーチュンキャンバス2』のネタバレを含んでおります。
 後日談の第2話はこれから製作します(汗)。





【後日談 第1話 後夜祭のテーブルトーク】



 修智館学院創設以来初めて、他校である撫子学園の学生らを迎えて開催された今年の文化祭も、いくつかの部活動やクラスの出展が構内中で話題となった他は、一部を除いて特段に大きな騒動も起こらず、それでも賑やかな歓声に満たされたまま無事に閉会を向かえる事が出来た。
 両校学生による片づけも終え、今は後夜祭の真っ只中である。後夜祭もまた参加人数が多いことから例年とは異なり、グランドでのキャンプファイアだけでなく、食堂棟では歓送会パーティーも合わせて催されていた。学生はパーティー会場で料理を皿に盛ってグランドの周りを眺めたりするなど、各々最後の夜を過ごしている。

「はいはーい! みんなちゃんと静かに並んだ並んだ! そこ、最後尾は向こうだよ」
 パーティーの賑やかさに負けない悠木かなでの元気な声が第一食堂を更に賑わしている。最上級生のかなでは風紀委員長最後の仕事だと張り切って、他の風紀委員などを動員しながら食堂の一角に伸びる長い学生男女の行列を整理誘導していた。その列の先頭には……

【緊急特設イベント! 長任期美少女学生作家・那珂野際サイン会 開催中!】

 と掲げられた横断幕の下、周囲三方を写真撮影から守る仕切り板に囲まれた一人の小柄な撫子の女子学生・荻野可奈が小さな席に座り、ひとりひとりの持ち寄ったその小説本にサインを書いているのだった。

 撫子学園に少女小説の人気作家・那珂野際がいる事は来訪前から修智館でも特に女子の間で話題になっていた。更に文化祭で上演の両校合同劇でその作家が初めて脚本を手掛けたという話題だけでなく、小説の原稿や直筆の資料メモ帳などが特別展示されたことで、その存在が学院中に広く知られる事となったのだ。しかもいつの間にか「美人文学少女」という尾びれまで付いて。

そんな感じで文化祭でも注目が集っていたにも拘らず、その学生作家「那珂野際」が劇の上演後の舞台挨拶でも、原稿の展示でも一切姿を見せなかった事から、那珂野際は誰なのか、今年の文化祭の七不思議にまで数えられてさえいたのだった。
 実は舞台挨拶に現れた主演の一人、少年を演じた荻野可奈がその人だったのだけれども。

 しかし、劇に関わった学生全員に口止めまでしてまで隠されていた噂の美人学生小説家の正体は文化祭三日目の最中にあっさりとバレてしまう。
 少年役で主演を演じた小柄な女の子が噂の学生小説家でもあったという事実が明かされた時、そこでは一時は収拾がつかなくなる騒ぎにまでなったが、可奈の後を追って駆けつけた悠木かなでが風紀委員権限を最大活用して騒ぎを抑えたお陰で、それ以上の事にはならずに済んでいた。
 その代わりに後夜祭でサイン会が行われたのである。

「サイン、お願いします!」
「う、うん。分かった。ちょっと待ってねっと〜」
 こぶしを握る片手で開かれた白紙のページを押さえながら、小説本に可奈はぎゅっと握ったペンでさらさらっとサインを書いていく。聞き出した相手の女の子の名前に「読んでくれてありがと」とメッセージも添えて。
「ありがとうございました! 感激です! この本は大切にします! 友達に勧められて読み始めたんですが、面白くってセンセイの小説全部一気に読破しちゃってます。また新しい作品も楽しみにしてます」
「あ、ありがとう。私も頑張るから……」
 可奈はせっかく並んで待ってくれた熱心なファンに出来る限りの笑みを見せる。手を振って見送ると、目の前に伸びるサイン待ちの列が映ってしまう。
「うう……」
 注視するファンに聞こえないよう、息を吐き出すように溜息をつくが、既に三十分以上サインを書き続けていた可奈はそれでも気丈に姿勢を崩そうとはしない。
 その様子を察したのか、列を整理しているかなでは次のファンを足止めして可奈の元に歩み寄る。
「大丈夫? 可奈ちゃん?」
「……かなでちゃん、そろそろ腕が疲れてきちゃいそうだからもうそれ以上は〜」
 かなでがファンの眼を遮るように立つや、可奈は祈るように涙目で訴え始めた。
 かなでもその姿をみせられては考え込んでしまう。思った以上にファンが集った事には、かなで自身も驚いていたのだ。
「そだね。最後尾に並ぶ人もぼちぼちな感じだから」
 かなでは可奈にそう答え、最後尾の立て札を掲げる風紀委員に列の終了を指示する。
「さ〜可奈ちゃん。残り二十名だから」
「う〜〜、がんばるよ〜」
「これが終わったら料理の鉄人に特製料理を作ってもらうから、あと一息がんばろー!」
 かなでがその前から離れると同時に、可奈も気持ちを切り替えようと気合いを入れなおした。握るペンにもついつい力が入ってしまう。

◆ ◆ ◆


「本当に人気作家だって事は初めてお会いした後で知ったけど、実際こうして見ると凄いのね。でも、あの姿からはちょっと想像できないわ」
「私も実は…大人っぽくってメガネを掛けた知的なイメージを想像してたの。初めてお話するまでわね」
「でも、あんな小さい身体で小説家だなんて。凄くがんばられてるんですね」
 サイン会の列をずっと眺めていた修智館学園生徒会副会長の千堂瑛里華と撫子学園美術部員の鳳仙エリス、そして修智館の生徒会に属する下級生の東儀白がテーブルを囲みながらそれぞれ感想を口にする。
「お姉ちゃんの話だと、島にある書店から可奈ちゃんの本が完売しちゃったんだって」
 悠木陽菜はそう言いながらテーブルに置かれた最新作だという一冊に手を添える。
「陽菜さんもサイン貰ったんだ」
「ううん。あんなにたくさん並んじゃってるから、諦めちゃった。それに荻野さんの書いてくれた台本だってあるし」
 コピー紙を束ねて作られた文化祭の台本はこの劇の為に可奈が書き下ろしたものだから、劇に参加した学生だけにしか配られていない。
「私も台本、宝物にしてます!」
 突然ハッキリした声をあげたのは、劇で主演を演じた白。眩しくなるくらい満面の嬉しさを見せている。
「そうよね、白にとっては初主演だもんね」
「いえ、それだけではありませんから……」
 と瑛里華に応えながら、白は劇を演じた後の事を思い出す。
 文化祭よりも前、瑛里華の眷属になるという願いが、瑛里華が人に戻った事で見失ってしまい、また、その出来事のきっかけが陽菜の過去の事だった為に、白は瑛里華や陽菜に複雑な感情を抱いて距離を置いてしまった。けれども、最初は渋っていた主演を、怪我をした陽菜に代わって演じてみたことで、その気持ちが整理できたのだった。
「そうよね……。ねぇ白、今度その台本を読ませて欲しいわ」
「それでは明日にでも生徒会の時にお持ちします、瑛里華お姉さん」
「……やっぱりその呼び方は慣れないわね」
「そうですか?」
 不意にそう呼ばれてしまい困惑の表情を隠し切れない瑛里華を見て白は少し残念な気持ちになる。
 瑛里華が実の姉だという事実を受け止めた時から白はそう呼ぶようにしているけれども、瑛里華にとっては何ともむず痒いらしい。

◆ ◆ ◆


「それにしても、荻野先輩はどうしてこんな事になったんでしょうか?」
 ちょっと小休止が入ったらしいサイン会の列を眺めながら鳳仙エリカが陽菜に尋ねる。
「それなんだけどね」
 苦笑いを浮かべて陽菜がその時の事を口にする。
「私とお姉ちゃん、そして荻野さんとで文化祭を見て回ってた時に、何かを目にして可奈さんが何か小説のアイデアがひらめいたみたいなの。それで小説書くときに使うアイデア帳にメモしようって思い立っちゃって」
「アイデア帳って、あれは確か荻野先輩が文化祭で展示してた……よね」
「そうなの。それで……」
 その時の事を思い出したのか困ったような表情をエリスに見せる陽菜。
「急に駆け出していっちゃったから、私たちは見失っちゃったの。展示場所に向かった事は分かってたからそこに急いで向かったんだけど、追いついた時にはそこでもう騒動になってたのよね。荻野さん、展示品を守っていた風紀委員の学生ともめちゃってて」
 展示ケースを前に立ちはだかる大柄の風紀委員男子とそれに立ち向かう背の小さい女の子、まさにそのような光景だったと陽菜は言う。
「けど、その持ち主が誰かって分からなかったの……あ、そっか」
「そう、荻野さんがその作家さんだって事は風紀委員でもごく限られた人にしか知らせてなかったの。だからその人は……」

「だからといって、あれはダメダメだよ」
 と、陽菜とエリスの会話に、さっきまで列整理していたはずのかなでが割って入った。サイン会の列が目に見えて短くなったのを見計らってのタイミングだったらしい。
「お姉ちゃん!」
「大の男の子が小さい女の子をからかい半分に追い払おうとしちゃってたもんだから。しかもこの委員長の目の前で! さすがに私も怒って風紀シールをその額に叩き付けちゃったんだよね」
 まるで戦果を誇るように、かなでは腕を組みながら語っていく。
「その男子はただ今も反省文書いてもらってるところだよ。せっかく遠路はるばるいらしたお客様、それに私の大事な大親友に失礼な事しちゃったんだからね」
 かなでは続けて「これは引退してもしっかり指導しないといけないね」ってひとりうんうんと頷きながら呟いている。

「でも、あの騒動、元を正せばお姉ちゃんもいけないんだよ」
「悠木先輩が?」
 不満そうな様子の陽菜にエリスが聞き返す。
「だって、荻野さんの正体をばらしちゃったの、お姉ちゃんなんだもん」
「でも私の一言で可奈ちゃんが展示品の持ち主だって誤解が解けたんだから結果オーライ……えっと、ごめんなさい、ひなちゃん」
 ジト目の陽菜に直視されて怯んだかなでは、素直に謝ると、いそいそとサイン会の列に戻ってしまう。

「お姉ちゃんたら……」
「もしかしてそれで……大騒ぎに?」
「うん。展示品を見に来ていた学生も荻野さんの事を知っちゃったもんだから、荻野さんの姿が人垣に隠れてしまうくらいの大騒ぎになっちゃったの」
「……それって大丈夫だったのかな?」
 可奈を見失うぐらいという騒動。今はあのように一生懸命サインを書いているから結果としては大丈夫だったにしても、エリスは不安に感じてしまう。
「うん、大丈夫だったよ。お姉ちゃんがその場を収めちゃったんだよね。私もちょっとあの時ばかりは信じられなかったけど」
 その場にいた他の風紀委員や知り合いを無理矢理動員したのもあるけど、何よりも寮長としてみんなから信頼されていたからじゃないかな、と陽菜は言う。
「あのサイン会っていうのは」
「一応騒ぎが収まったとは言え、人が集りすぎちゃったから、代わりに後でサイン会するから、それまで可奈ちゃんの周りで騒がないよう、お姉ちゃんがみんなに約束してもらったの」
 それでみんな納得してくれて本当に良かったよ、そう安堵の表情をみせる陽菜。

「騒ぎがあった事は耳にしてたけど、そんな事だったのね。荻野先輩も悠木さんも大変だったでしょう」
 そばでエリスと陽菜の会話を聞いていた瑛里華が話しかけてくる。
「私は……ううん、見てただけで何も出来なかったよ」
 自嘲気味な陽菜。と、そこにまた姉のかなでが駆けつける。
「違うよ! あの後、ひなちゃんと私が可奈ちゃんをガードしたから、可奈ちゃんも安心して周れたんだからね」
 そう言って直ぐに列整理に戻る。
 その場に残されたテーブルを囲む面々は突然の事に目を丸めてしまう。一刻置いて、思い出したかのように皆笑ってしまった。

◆ ◆ ◆


「そっか、大騒ぎがあった事は生徒会にも後で報告があったんだけど、悠木先輩が全部片付けちゃったから、痕跡が無かったのね」
 瑛里華が駆けつけた時には現場は静かな展示場所に落ち着いていたのだ。
「私も撫子のみんなが集まった時に萩野先輩からに訊かされるまで噂だとばかり思った」

「噂……といえば」
 エリスの言葉に反応して瑛里華は文化祭であったもうひとつの出来事の事を思い出す。
「エリスさんの噂の方がもっと話題だったかもね。『撫子の金髪の美少女も目がくらむほどの絶景が展示されてる』ってね」
「あ、あれはでも…恥かしいというか……」
 瑛里華にまでその噂を口にされてしまい、エリスは顔を真っ赤にして縮まり込んでしまう。

 その噂になっている絶景とは、エリスが山の中に入って撮影したという真っ赤な紅葉の並木道の写真だった。せっかくこの島に来たのだからそこで何か描きたいけど、そこまで時間がないからと、エリスが学院構内を巡って撮影したという写真の一枚。撮影後に大きく引き伸ばして現像され、他に母校から持ち寄ったエリスの絵画と共に両校の美術部合同展示に展示されていたのだ。
「私はその……展示室では倒れてないのよね。うん、本当だよ、本当。倒れてたのは山の中だけだからっ」
「あ……ごめんなさい。そうよね、あれは私の不注意だったんだし」
「ううん。あれはでも私が一人で山に入ったからいけなかったんだよ」
 文化祭の前日午後にもエリスは瑛里華と二人で写真を撮りに山に入り、紅葉の並木道を撮影していたのだけれども、その時よりも日差しの角度が良い時間があると瑛里華に教えられたことから、エリスは一人で翌日の午前に山に入ってしまったのだ。そして紅葉の並木道の真っ赤な光景に圧されてしまい、シャッターを切った直後にその場に倒れてしまった。その後、エリスは後を追って山に入ってきた瑛里華たちに助け出されていた。

「展示している写真の前では倒れては無いけど、でもあの紅い光景は私には強烈過ぎて、今でもちょっと倒れそうになっちゃうかな」
「写真でもきついの? 赤い色って」
「……うん」
 鳳仙エリスは美術部員なのだけれども、ただ、幼い頃に両親を失った事故の光景が記憶に焼き付いている影響で、赤い色だけが苦手としていたのだった。この事は夏休みの時の撫子学園代表の訪問での、珠津島の地下の中でエリスと瑛里華が遭難した際に、エリスから教えられていた。
「でも、赤い色はどうしても克服したいし、それにあの紅葉の写真もなんとか自分で絵にしてあげたいって、そう思うの」
 その決意を見せるかのようにエリスは胸元に置かれた手がぎゅっと握られる。困難に挑もうとする姿に瑛里華も頷いてみせると「楽しみにしてるわ」と答えていた。

◆ ◆ ◆


「鳳仙先輩は文化祭、楽しまれましたか?」
 瑛里華とのやり取りがひと段落したところで東儀白が話しかけてきた。
「二日目は瑛里華さんと途中まで一緒に周ってたよ。後は合唱部の合同発表にも」
「あ、あの時! ……えっと、あの時は途中で一人にしちゃって、ごめんなさいね」
「ううん、だってあれは緊急だったんだから仕方ないよ」
 申し訳ない表情を見せる瑛里華にエリスはフォローを入れる。
「……あ、そうでした」
 生徒会の役員でもある白もその時何があったのかを思い出していた。
「何かあったの?」
 悠木陽菜だけがその事を知らない。それに白がハッと気付く。
「悠木先輩はご存じないですよね。二日目に置き引き事件があったんです」
「そうよ。ちょうど私たちがその現場近くに通りかかってて、犯人も目撃していたから、私が追いかけていったの」
「そうだったんだ。でも、千堂さん一人で危なくなかったのかな」
 瑛里華がひとりで後を追ったという事に、陽菜は不安を見せてしまう。
「大丈夫よ。私だけじゃなく、孝平も直ぐに追いかけて来てくれたし。あの時はほんと、エリスさんがすぐに孝平を呼んでくれてて助かったわ」
「いえ、そんな……」

「その犯人は捕まったんですよね」
 一転して期待感のこもった眼差しを見せる陽菜に、瑛里華は自嘲気味に語り始める。
「それなんだけど追いついた時には兄さ、生徒会長が先回りして捕まえちゃってたのよね。私の体力落ちててちょっとショックだったかも……」
 と、何かを思い出したのか、瑛里華はそこでムッとした表情を見せると「まったく……荒事はもう任せろだなんて」とひとりで怒り始めてしまう。しかし、瑛里華が矛先を向けた生徒会長であり兄である伊織がそのように告げた理由は瑛里華自身もよく分かっていた。瑛里華は文化祭の少し前から運動能力が以前よりも衰えてしまっていたと。
「でも良かった……千堂さんたちがケガとかしてなくって」
「私も後で瑛里華先輩から生徒会室で聞かされた時はそう思っちゃいました」
「私も後で瑛里華さんに再開するまで心配してたんだよ」
「……みんな心配してくれてありがと」
 周りの三人にそう言われ、瑛里華は微笑み返すのだった。

◆ ◆ ◆


「ともかくその件については無事解決されたからもういいんだけど、エリスさん、あの後ってどう過ごしたの?」
瑛里華にとって解決した事よりも一番の気がかりだった事を尋ねた。
「落ち着いたところで一緒に行くつもりだった合唱部の合同発表会に行ったよ。合同劇で語り部役だった美咲先輩も参加されてたからね」
 撫子の歌姫とも呼ばれる美咲菫の歌声のファンでもあるエリスはこの発表会を楽しみにしていたのだった。
「その後は、お店を巡ったり、展示を見て周ったりだったかな」
「三日目も生徒会でのお仕事で見回りとかしてたから付き合えなかったけど、その日はどうだった?」
「今日は同じ部の竹内部長と美咲先輩と一緒に周ってたよ。美咲先輩はこの日もまた合唱部の発表会があったから途中で別れて、私と部長は講堂で先輩たちの歌声を聴いてたの」
「美咲さんは私も聴きたかったわ。今日、無理してでも行けばよかった」

「それから私だけ最後に上演された合同劇の再演も見たんだけど…そう…その時間の合間に講堂とか周りの歴史建造物みたいな建物もまた見て周ったわね」
 文化祭の前日、風景写真撮影のために山に登る途中でエリスは瑛里華に案内されて旧敷地にある古い建物も見て周っていたのだった。
「あの時は案内できなかったけど、私たちの生徒会室のある監督生棟も古いのよ。そこも見たのかしら?」
 瑛里華がそう話しかけるとエリスは「あ」と口を開けたまま言葉に迷う様子を見せた。
「えっと、そこにも立ち寄ったわ。中にも案内されたし……」
「なにか、あったの?」
 さすがにエリスのその煮え切らない表情に瑛里華も異変を感じ、そしてハッと思い至る。
「まさか……ウチの兄さんが何か!」
「……あ〜。本当は黙っててって言われたんだけど」
「何かされたの!」
 テーブルを両手で突くように立ち上がり迫る瑛里華。気圧されたエリスは慌てて「何もされてないよ」と返すも、瑛里華の表情は鬼気に迫っていた。すぐ隣に座る陽菜も後輩の白もその騒然さに驚きを隠せずにいた。

「瑛里華先輩、伊織先輩はお話しただけですよ」
「白、本当なの?」
 いつになく鋭い視線を向けられ、白も恐る恐る「本当です」としか答えられない。
 前触れのない背後の声はその時だった。
「その子たちの言うのは本当よ」
 瑛里華は咄嗟に振り向くと、そこには黒髪の紅瀬桐葉が厚めの紙袋を抱えて立っていた。
「紅瀬さん?」
「あと、東儀先輩も立ち会ってたわ。これならどうかしら?」
「征一郎さんもいるのなら……」
 白の兄の名まで出されてしまい、反論の余地もないと瑛里華も悟る。
「ちょうど監督生棟の前に辿り着いたら、生徒会長の千堂さんがバルコニーから手招きされてたのよ。後は白ちゃんの案内で中に入ったの」
 瑛里華は白を見ると、白は頷いてみせる。
「そうなの。でもなんでわざわざ……。何か聞かれたとか?」
「う〜ん、とりあえず今後とも瑛里華さんの事をよろしくってお願いされた、だけだわ」
「それだけ?」
 瑛里華が更に尋ねる。が、そこへ背後から袋を抱える桐葉が顔を寄せて、瑛里華の耳にささやきかけた。
「……っ」
 急な接近に驚いて目を瞬いた瑛里華は、桐葉の話から事の詳細を理解すると、目元を指で擦りながら「兄さんのお節介」とだけ小声をこぼしていた。兄・千堂伊織はその時、夏の洞窟での遭難の事、瑛里華が自らの正体を明かした事について誰にも漏らしていないかを確認し、瑛里華が既に吸血鬼では無く人間に戻っていると伝えたうえで、これからも友人で居てやって欲しいとお願いしたのだという。

「答えによっては記憶を消す事も覚悟してたそうよ、あの人」
 そう桐葉は瑛里華にだけ声を掛ける。
 瑛里華や伊織の居る千堂家の秘密・吸血鬼についてはこのテーブルに着く全員、瑛里華が吸血鬼でなくなるきっかけとなった陽菜も含めて知っている事ではあったけれど、多くの学生のいる食堂で言葉にする内容ではない。それなのに自ら墓穴を掘りそうになるとは。瑛里華は椅子に深く座ったまま顔を赤くして黙りこんでしまう。そして上目遣いにエリスと白、そして陽菜を見ると「色々と言い過ぎたわ。ごめんなさい」と謝るのだった。

◆ ◆ ◆


「紅瀬先輩は文化祭いかがでしたか?」
 場の空気を入れ替えようと、白は瑛里華の背後に立つ紅瀬桐葉に声を掛けた。
「……別に」
 不機嫌そうに投げ返す桐葉だったが、ふと何かを思いついたような珍しい表情を見せると「ふふ、そうね」と含みを持たせるように唇を歪ませる。
「伽耶と歩き巡ってたら疲れたとか暑いとかワガママ言うものだから、ちょっと気分が涼しくなる所に連れて行ってあげたわね」
「へ〜、紅瀬さん、母様と一緒だったの?」
「いえ、ずっとじゃないわ。ほとんどあの双子にも押し付けたから」
 桐葉は瑛里華の育ての母親・千堂伽耶の世話を、白のクラスメイトであり、伽耶の眷属でもある西蔵万理・万智の双子姉妹にもさせていたらしい。

「それで、母様がどうしたのかしら?」
「ふふ。あれはほんと、見ものだったわ」
「……?」
 抱える紙袋から離した片手を口元に添え、何か含みを見せる桐葉の珍しい表情に、他の者は訝しげに注目する。その場の主導権を握る事を意図したのか、テーブルに並ぶ何ともいえないような顔を見やると、桐葉は頷いて話を続けた。
「あの子をね、お化け屋敷に誘ったのよ」
「……はぁ? えっと、そんな事なの?」
「そうよ、無理矢理ね」
 屋敷で何度となく厳しく振舞っていた伽耶の印象が特に強い白も瑛里華も、一度しか会った事はないものの、幼げな容姿に似合わず一族を統べるように威厳を持っていたと感じた陽菜も、「お化け屋敷ぐらいの事で?」と率直に思ってしまう。しかし桐葉は含み笑いしたままにいる。
「あの子、私が引っ張らないと中に入ろうとしなかったわ。そして途中、暗い中で一人にしてみたの。するとどうなったと思う?」
「……あの人なら平気じゃないかしら」
 瑛里華は少し考えてみるがやはりそうとしか想像できなかった。
 今まで千堂家や東儀家に恐怖政治を敷いたような人物なのだ。
 確かに、瑛里華の吸血鬼の力を取り除いたり、瑛里華の正体を知る記憶を取り戻した陽菜をそのままにしたりするなど、最近の伽耶は昔と比べてかなり温和になっていた。けれども小さくあっても強い姿が一番に思い浮かぶから、どんなことでも平然としているような気がしてしまう。
 そんな瑛里華の様子に対して、まるでクイズの正解を言うかのように「残念、違うわ」と返した桐葉。
「あの子、泣きながら逃げ出したのよ」
「ええっ! 伽耶様が泣きながらですか?」
 そのような姿の伽耶を見た事がない白は驚きを隠せない。瑛里華も言葉を失ってしまう。
「やっぱり、あなたたちにとっては意外かも知れないわね」
「……ええ」
 一同そう答えるしかない。それを見て桐葉は更に笑みを見せる。
「なら教えてあげるわ。あの子、強がってばかりだけど、子供の頃は暗がりとか一人でほったらかしにされることがに居る事とか、本当は苦手なのよ」
 誰かを眷属に置いたり、東儀征一郎に世話をさせ、傍に黒猫を置いていたのも、そのような一面があったからだったという。
「だから……知ってて連れ込んだの?」
「そうね。あとは涼しい所が本当に他に思い浮かばなかっただけかしら……」
 そう言いかけて不意に桐葉は考え込むように抱える紙袋で口元を隠す。

 桐葉はここにきて改めてその時の出来事を思い返していた。尻餅ついて泣きながら後ずさりする伽耶の姿、涙目に「来るな、追いかけるな」と言い逃れる様。そのような場面はこの夏に桐葉が伽耶から訊かされた昔話でも伽耶が語っていた。
 死に瀕した桐葉が伽耶のもとに這い寄ったという話を。
 悲しそうに過去を打ち明けていた伽耶の姿を今更遅れて思い出し、手に持つ紙袋を少し握りながら桐葉は心の中で少し後悔の念を浮かべてしまう。

◆ ◆ ◆


「……あの子があんなに驚くなんて、私も意外だったわ」
「……え」
 沈黙の後にそう言い残して立ち去る桐葉に、瑛里華らは思わず振り向いてしまったその時、

「やっと捕まえた!」

 そんな声と共に黒い髪をしたメイド服姿の子が二人、正確には美化委員の制服を何故か着ている西蔵姉妹が桐葉の腰に左右から抱きついているのが見えたのだった。振り払おうにも紙袋を両手で抱えていて手が出せない桐葉は、身体をよじり鋭い視線を万理に向ける。
「……邪魔だわ」
「貴女、私たちが伽耶様を代わりにお世話した分、文化祭で何か奢ってくれるって言ってたじゃない! だからいただきに来たのよ」
 西蔵万理は見上げるように桐葉に言い寄る。
姉の万智は目を閉じて黙ったまま抱きついている。
「ああ、それね。また後日でも構わないかしら」
 二人を一瞥した桐葉はその場から動こうとする。けれども双子に阻まれて一歩しか動けなかった。
「ダメ! 今何か約束して」
 強く要求する万理を見て桐葉はうんざりしたように溜息をこぼすと「分かったから」と答えた。
「歓送会の最後に、ここの料理長に特別料理を作って貰う約束なのよ。それを貴女たちにも振舞ってあげるわ」
 桐葉の示した約束に万理は満足そうに頷く。
「それで良いわ。その時になったら教えなさいよ」
 そう言って桐葉の腰から万理が手を離すと反対側の万智も手放して目元を擦る。

 やっと解放された桐葉は紙袋を胸元に寄せて抱きかかえながら、長居は無用とばかりにその場からさっさと立ち去ってしまった。
「……紅瀬さん、あの紙袋大事そうにしてたけど」
 瑛里華はあの強い刺激を感じる紙袋が少しだけ気になってしまう。

◆ ◆ ◆


「白さん、三日目の合同劇も見たけど良かったよ〜」
 軽快な足音と共に桐葉から離れた西蔵万理が今度は白の席に回りこむ。
「やっぱり私も出たかったな…って今更言っちゃうと迷惑よね、ゴメン」
「いえ……でもせっかくだから一緒に参加したかったです」
 万理は合同劇に村人役で参加するはずだったのだが、伽耶の世話を万智と代わる事となったから出演できなかったのだ。

「伽耶様は褒めてたよ。あの大人しい白がって驚いてたわ。それに…昨夜の神社での舞いも立派に果たしてたって」
「ええっ! 私はあの、どちらも一生懸命お役目果たさないとって、ただそう思うだけで精一杯でした」
 東儀白は、劇では島に住む不思議な少女・珠津姫を演じ、そして島の珠津神社ではその珠津姫を奉るために舞いを奉納している。劇の稽古と重なって巫女舞の練習時間は限られた物となっていたけれども、劇を通じて奉っているご神体への気持ちを深めた事で、いつになく心を込めて舞うことが出来たのだった。

「私もお姉ちゃんも、みんなで神社まで見に行ったんだよ、白ちゃん」
「私も誘われて、部長たちと見てたよ。暗い中で照らし出された舞台に立って舞う姿、輝いてて凄く綺麗だった〜」
 文化祭二日目の夜に開催された珠津神社の巫女舞。陽菜とその姉とエリスたちだけでなく、今回は特別に見学希望者を募って貸し切りバスで学院から神社まで送り出していたのだ。
 その可憐な舞いが更に人気を呼び、翌三日目の文化祭合同劇上演では客席に人が入りきらなくなってしまうに至っていた。

「……ありがとうございます」
 声を掛ける陽菜とエリス、そして笑顔を見せる瑛里華の姿に囲まれ、舞台での存在感が嘘のようにテーブルに着く白は嬉しさと恥かしさの余り身を小さくしてしまう。
 その様を目にした万理は慌てて白の更に縮んだ小さな肩に抱きつくと、
「立派に舞ったんだからもっと自信もって!ねっ!」
 と話しかけながら顔を寄せて白を励ましたのだけれども、振り向く白の笑みには力がなかった。
「次の日にあんなにみなさんに見られるなんて思いもしなかったです……」
 ささやくかのような白の小声。それを聞いて瑛里華も「……そうよね」とこぼす。
「千堂さん、もしかして?」
 陽菜もそれとなく三日目の今朝、教室で広がる話題を耳にしていたから、慎重に声を掛けてしまう。
「うん、そうなのよ……」
 巫女舞の翌日の三日目の朝、網この頃から前夜に神社に足を運んだ学生の間では舞を舞った白の事が話題となっていたのだ。
 文化祭の最中でも何度か白が他の学生男女に囲まれてしまうなんて事が起きてしまったし、それだけでなく、離れて一目でも見ようとする者も後を絶たないなど、白も落ち着かない時間が続いていたのだった。
 さすがに学年が上がれば白が誰の大事な妹かを熟知している事からそのような無粋な行動は控えているが、そのような事情を知らない学生や、撫子からの学生も多くいる。
 白の兄・征一郎にまで心配させるわけには行かない。
 だから瑛里華は多くの視線に怯える白を守る為に、孝平と一緒に見回りを兼ねて、白と文化祭を見て周っていたのだ。さすがに生徒会副会長までその場に一緒なら、誰も無闇に白には近づけない。
 そのようにして白は文化祭の最後の時間を、劇の最終リハーサルと上演まで過ごしたのだ。

「……白は文化祭、楽しめたの?」
 不意に瑛里華が尋ねると、ハッと目を見開いた白は「一緒だったから今日は楽しかったです」と答えていた。

◆ ◆ ◆


「あの……そちらの生徒会長の方は、ここにも来てないですか?」
 静かだがはっきりした声で西蔵万智がそう口を開く。その声に皆が振り向くと、まだ痒いのか万智は指を目元に当てていた。
「ああ、そうそう。私たちはそちらの三笠生徒会長さんに用があったのよね」
 姉の言葉に妹の万理もここまで出向いた用件の事を思い出す。

ここまで姉妹はキャンプファイアを催しているグランドも、構内敷地や学生寮までの間も見て周り、そして学生にも三笠会長の事を尋ねて周っていたのだが結局見つけられずにいたのだった。
 肩をすくめながら「四方八方探して周ったんだけど全然で〜」と諦めるかのように言葉を漏らす。
「ウチの生徒会長は、今回色々と疲れちゃったそうだから一人で静かに構内を見て周るって言ってたけど……」
 少し前に会っていたエリスはそう答えるが、言いながら、このような遅く暗い時間に一人出歩いてて大丈夫だろうかと心配になる。
「まだこっちに戻ってないのかな?」
「私は見てないです」
「私も…そうね、文化祭閉会の挨拶の後に生徒会室でお話してからは見てないわね」
 白と瑛里華もそう答えたけれども、不安そうな表情を見せるエリスに、瑛里華は「きっと大丈夫よ」と声を掛けてしまう。それでもやはりエリスの不安を拭う事が出来ない様子から、瑛里華は更に話しかけた。
「エリスさんは気を失ってたから覚えてないと思うけど、山の倒れていた所まで私と三笠会長さんが探しに向かった時も、あの人は勘だけで辿り着いたのよ」
「……あの、紅葉の並木道まで?」
 エリスの倒れていた森の中の紅葉の並木道。瑛里華はその場所をエリスにしか教えていない。なのに三笠みちるはまるでそこまでの山道を知っているかのように迷いもなく先頭に立って辿り着いたのだ。三笠は「勘」と答えていたけれども、瑛里華もさすがに不思議に思っていた。
「ともかく、あの三笠会長には何か不思議な感じがするから、きっと大丈夫だわ」
 根拠も何もないけれども、瑛里華は迷いもなく自然とそんな確信を抱くのだった。

「つまり、みなさんは分からないって事ですよね?」
 目の前でのやり取りを眺めていた西蔵万理が口を挟むように伺う。姉妹二人を待ちぼうけさせてしまった事に気付いた瑛里華は慌てて謝った。
「ごめんなさいね、お役に立てなくって」
「いえいえ、楽しいところをお邪魔しちゃってゴメンね。それでは他にあたってみます」
 そう言い残すと、万理は瑛里華を見つめる姉の万智を引っ張って他のグループの所に向かっていった。

「なんだか大変そうだね」
 手掛かりも掴めないまま離れていく西蔵姉妹を眺めながら陽菜が呟く。
「う〜ん、多分どこかに居るんだと思うけど…ほんと、どこに行っちゃったのかしら」」
 本格的に探すような事にならなければいいんだけどと、瑛里華も少し心配してしまう。

◆ ◆ ◆


「やっと終わったよ〜。エリスちゃん、みなさん、お待たせ〜」
「ひなちゃん、ただいま!」
 軽い駆け足がふたつ、テーブルに駆けつける。サイン会がひと段落した萩野可奈と悠木かなでの二人が出来立ての料理を載せたトレイを手にしていた。
「あ、ご苦労様でした、萩野先輩」
「も〜腕が疲れちゃったよ」
 トレイをテーブルに下ろした可奈は、そう言いながら利き手の手首をもう一方の手で支えて見せるが、この学院だけでもこれだけのファンが居ると知って自然と笑みをこぼしていた。

「あ、白ちゃんだね。巫女舞、私も見たよ」
「あ、ああ、ありがとう…ございます」
 さっきもエリスのべた褒めされていた白がまた照れ上がって小さくなってしまう。
「合同劇のメインヒロインも演じてたり大変だったのに、神社のお勤めもしっかり果たすんだから。白、えらいわ」
「は、はい……」
 と、これ以上べた褒めすると逆に可愛そうになるなと瑛里華も思い、矛先を荻野可奈に向ける。
「荻野さん、悠木先輩、合同劇はウチの学院でも評判すごく良かったですよ」
「うん、三日目も凄く人が集っててビックリしたよ」
「劇の脚本なんて私、書き方も何も初めてだったから勝手もわからなくって出来上がりが心配だったんだけど、みんなががんばってくれたから成功したんだと思うよ、きっと」
 そう言って「みんな、ありがとうね」と深くお辞儀を見せる可奈。
「可奈ちゃんだって主演がんばってたよ!」
 その背後から可奈に抱きつくかなで。背丈もそう差もないし、似たような元気な雰囲気から、まるで双子の姉妹のように見えてしまう。するとかなでは今度は可奈を白の傍に押しやる。
「ほらほら、ふたり一緒に〜!」
「かなでちゃんたら〜」
 白と可奈、テーブルの一角に合同劇の主演ふたりが揃う。
「ひなちゃん、カメラカメラ!」
「あ、うん、お姉ちゃん」
 かなでに促されて陽菜は携帯電話備え付けのカメラを構え、シャッターを切る。
「今度はお姉ちゃんも」
 そう言いながら手を振る陽菜。その時、瑛里華が声を掛けてきた。
「悠木さんだって合同劇に参加してたじゃない。四人で写っちゃいなさい」
 不意に言われてキョトンとする陽菜だったが、すぐに「うん」と応えると、瑛里華に携帯を渡すと席から立ち上がり、主演ふたりとかなでの集うところに加わる。
「ハイ、チーズ!」
 掛け声と共にカメラが四人の笑顔をメモリーの中に記録する。
「うん、いい感じに撮れたよ」
 席に戻る陽菜に携帯を返す瑛里華。陽菜は四人が映る画像を確認して頷くと、瑛里華に振り向いた。自然と嬉しさが零れてくる。
「写真、撮ってくれてありがとう」

◆ ◆ ◆


「じゃあ悪いけど私たちは今から料理をいただくね」
 陽菜と白に席を代わってもらったかなでと可奈はそう言いながら料理に手を着け始めた。
「もうすぐ注文できる時間も終わる所だったから間に合ってよかったよ」
「サイン会、初めてだったんだけどあんなにたくさん来てくれるなんて思わなかった〜」
「そだね。……あ、これ美味しい」
 トレイには肉料理からスープ、ドリンクにデザート、更にビュッフェコーナーで盛り付けた物もあるからいつもの定食料理よりボリュームも満点な料理が並んでいるが、ここまで待たされていた食欲旺盛な二人は次々と平らげていく。
「みんなもラストオーダーもうすぐだそうだから頼むなら今のうちだよ」
「うん、なんか調理室の奥の方で侵入制限のテープが張られてたり料理の鉄人が工事するみたいなマスクを着けてて物々しい感じだったし」
「……一体何を作るつもりなのかしら」
 瑛里華も俄かに信じがたく思ってしまう。
「私は先にたくさんいただいちゃいましたから、もう大丈夫です」
「私もちょっと食べ過ぎちゃったかも」
 元々小食だったし、歓迎会早々に戴いてしまっていた白もエリスもそう答えていた。

◆ ◆ ◆


 合同劇の参加者が集まった事で、テーブルでの話題もその事がメインとなる。

「足を捻挫しなくても、私、どうしても白ちゃんに主演で出て欲しかったんだよ」
「白ちゃんとメール交換してた時に思いついて、途中の脚本を変えちゃったから、実は結末が二種類あるんだよ」
「萩野さんの脚本で演じてて、私もなんだか凄く励まされました」
「白ちゃんが送ってくれた神社とかにあった伝承の資料も参考にしたんだけど、あんなに脚色しちゃって大丈夫だったのかなぁ」
「それなら、私の母様にも訊いてみたんだけど、昔の事なんて覚えてないし、話も思ったより良かったから問題ないって言ってたわ」
「私の兄さまも、神社に伝わる伝説をよくもあそこまで話を膨らませたなって驚いてました」

「ってそういえば白ちゃん、初日の公演の後、すごい事言ってたんだよね〜」
「わっ、それは〜」
 かなでが触れようとする話題を阻もうと白がその前に飛び出してしまうが、瑛里華も頷いて「そうそう」って言うものだから、白はひどくおろおろとしてしまう。
「……なになに? どうかしたの?」
 その様子を見たエリスが話題に顔をはさんできた。初日公演の頃、山から保健室に運び下ろされて寝かされていたエリスは、自分の知らない所での出来事が気になったのだ。
「えりりんと白ちゃんが実は姉妹だったんだそうだけど、だから「お姉様」って呼ばせて欲しいなんて白ちゃんが言い出したんだよ」
 可奈がそう応えると白は更に恥かしがってしまう。
「でももっとすごかったのはその後かも」
 そう言うのは瑛里華。
「あ、白、話しちゃってもいい?」
「あう〜、も、もう知りません、お姉様っ」
「し、白ったら!」
 瑛里華とそんな姉妹らしい言い合いを演じると、深く溜息を突いて白が話し始める。
「任せると恥かしいから私がお話します」
 白はその時の様子をエリスに話して聞かせ始めるが、その顔は緊張に強ばっていた。

 合同劇の初日公演を終えて講堂の裏にみんなが集まっていた時、瑛里華に遅れて支倉孝平もやってきたのだった。
 孝平はこの夏から瑛里華とお付き合いをしていた。その事は白も知っている。しかしながら、瑛里華が実の姉であった事を知ったのは文化祭の少し前。
その場に顔を出してきた孝平に駆け寄ると、白はこのように言ったのだった。

「あの…支倉先輩。義兄さまって呼んでもいいですか?」

「瑛里華先輩が「お姉さん」なら、お付き合いしている支倉先輩は「義兄さま」って本当は呼ばないといけない筈なんです」
 そう珍しく主張する白。白としては兄と呼べる頼りに出来る人が増える事は嬉しい事でもあった。しかし……
「そう呼んでもいいですかって孝平に言った時、ちょうど、ね」
「はい。本当の「兄さま」もそこに駆けつけてくれたんです。そうしましたら……」
 白が言葉を濁してしまうのを苦笑して眺める瑛里華が付け加える。
「征一郎さんが孝平に「これは一体どういう事だ? 白に何かしたのか?」って詰問し始めちゃったのよね」
「うん、すごく見ものだったんだけど、とりあえず事情を説明してなだめたんだよ」
 かなでも更に補足する。
「……つまり、修羅場だったんだね」
「修羅場の寸前かな? せいちゃんもきっと今もまだ納得し切れてないと思うけど、そんな事があったって事なんだよ」
「……せいちゃん?」
 聞き馴染みのない呼び名に瑛里華も白も目を見開いてしまう。それに対して親しい同学年でもあったかなでは何でもないように
「白ちゃんのお兄ちゃんの事だよ」
と答えるものの、瑛里華たちは上級生に対して決してそのように呼ぶなんて出来る筈ないから、「そうなんだね」としか言えなかった。

◆ ◆ ◆


「あの写真の事なんだけど……」
 陽菜たちがラストオーダーになるデザートを選びにテーブルを離れた頃、席に残っていたエリスが瑛里華に話しかけてきた。
「赤色をなんとか克服して描きたいなって思ってたんだけど、やっぱり、すぐには無理かもしれないわ」
 エリスは次に出会う時にあの写真の光景、紅に染まる紅葉の並木道を描きたいと思っていた。ついさっきもそう瑛里華に話してもいたのだ。けれども、みんなと話をしている中で写真とその紅の並木道を思い出してしまい、その自信が揺らいでしまっていた。
 実は文化祭の三日間になんどもその前に立ってみたものの、自分で撮影したとは信じ難いくらい直視するには鮮烈過ぎる赤色に目眩を感じ、気分を悪くしてしまったのだ。

「私のお兄ちゃんにもこれ以上心配させない為にも、どうしても使えるようになりたいんだけど……」
 エリスの絵の具道具には赤い色のものがない。美術部員の代表なのに赤色が使えなのだ。幼い頃のトラウマのような血の記憶。それからも逃れる為に避けてきた色。
 撫子学園で教師を務める従兄の元で進学の為に暮らし始めてからも、何度かこの色が原因で困ってしまうトラブルにあたってしまい、なんとか克服したいとは思っていたのだ。

 その大きな一歩は、赤い色をした夏の制服姿の友達・千堂瑛里華と出会ってからの事。それからはなんどか描いている絵に使おうと試みては別の色で覆い隠し続けてきたのだった。
「何とか克服したいけど…まだダメみたい」
 そうこぼすエリスの言葉を瑛里華は静かに聞いていた。何か励ませるような言葉がないだろうかと、弱々しくなるエリスの姿を見ながら思うのだけれども上手く言葉に出来ない。
「ゆっくりと克服すればいいと思うよ」
 そんな気休めしか口に出来ない。瑛里華はエリスの前に腕を伸ばし、気持ちだけでも繋がろうとしてみた。その時、瑛里華は気付く。自分が今身に付けている制服が赤い上着を身に付けていることに。そういえばテーブルに集っていた他のみんなも冬服の制服姿だった。
 エリスはその事に強ばらせている様子はなかったと、思う。陽菜たちとの会話で気を紛らわせていたからかもしれないけど。
「……ゆっくりと、がんばろ」
 手を引っ込めた瑛里華はささやくように優しくエリスに伝えるのだった。

◆ ◆ ◆


 歓送会パーティーも終盤を迎え、料理に囲まれて賑やかさを取り戻したテーブル。備え付けの席よりも少し多いから、再び賑やかな雰囲気に戻っていた。

「今度は千堂さんがあちらに行くんですね」
「そうね。この夏に私たちが招いた時みたいにね」
 今回の修智館学院と撫子学園との合同の文化祭は、夏休みの時に打ち合わせの後に、こうして開催にこぎ着けていた。
 その返礼的な修智館からの訪問については年末か年始頃を予定しているのだけれども、実際の予定についてはまだ決まっていない。
 その話し合いを兼ねての撫子学園見学は十一月に、生徒会次期会長の瑛里華と副会長の支倉孝平が行く事になっていたのだ。これも本当なら夏休みの間に訪れる筈だったのだけれども順延となっていた。
「私たちも楽しみにしてるよ」
「私もよ、エリスさん」
 笑顔を取り戻してそう話しかけてくるエリスの表情を見て瑛里華は密かに安堵する。

 その傍では悠木姉妹がこんなやり取りをしていた。
「今度は何をしようっかな?」
「お姉ちゃん、もう卒業なんだからそんな余裕なんてないよ」
 それを見て可奈も、瑛里華たちも声を出して笑っていた。こんな賑やかなテーブルトークはパーティーの最後まで途切れる事がなかった。

◆ ◆ ◆


 その頃、西蔵姉妹の姉・万智は旧敷地から山あいに上り、ある場所を目指していた。文化祭初日に紅瀬桐葉と一緒にたどり着いた場所、倒れた鳳仙エリスとそれを看病する千堂瑛里華、そして三笠みちるが居たあの紅葉の並木に。
 妹の万理が急に言い出した事から、万智は三笠みちるを探す為に後夜祭の最中の構内を探し回っていたのだが、食堂棟で瑛里華たちが話していた内容以外に情報が得られなかった事から、その並木道に居るのかもしれないと最終的に万智は考えたのだ。
 暗い山道を登って歩む。暗いといっても猫の目に夜道を歩く事は造作もない。そして曲がりくねる坂道の先に、捜し求めていた相手を見つけた。

「……一人で静かにいたかったのに」
「ここに、いたのね」
 三笠みちる。輸血によって眷属となった少女。撫子学園の生徒会長であり、西蔵万智と同じ一族の人間。西蔵家の生き残りでのひとりであり、そして西蔵家最後の当主だった万智にいた大切な許婚の妹。西蔵家の大人たちと共に兄や両親を殺した千堂伽耶と万智を恨んでいた少女。

 島の夜景が広がる場所に座るみちる、坂道に立つ万智。二人は見詰め合ったままそれ以上言葉を交わさない。
 みちるが再び夜景に目を向けると、万智もその隣に座って夜景を眺めていた。
 かつて、この島が本土から離れた離島の村だった頃にも万智は許婚に連れられてここに来た事を覚えているが、街や本土に繋がる連絡橋のかがやき、海に浮かぶ船の明かりが溶け込むこんな夜景は初めてだった。

「貴女の所の鳳仙さんも心配してる」
「……うん。それを言いに来たのかしら?」
 返されるのは空返事だけかと思ったら余計な一言がおまけされていた。うんざりする。
「それだけではないわ。私の妹もずっと探していたんだから」
「……万理が? 何で?」
「何でってそれは……」
 そう言われてみてようやく思い出す。妹が探すのは自分とみちるとを仲直りさせる為だと。思わず額に手を突いてしまう。

 妹はというと、瑛里華たちのテーブルから離れてからも、暫くは万智と共にみちるを探していた。しかし、その途中で桐葉に招かれたので万智とは別行動をとっていたのだ。
一緒にご馳走になろうと万理は嬉しそうに誘ってきたが、万智はお断りしている。

 実は、桐葉が大事そうに抱えていた紙袋が調理場に渡されるのを万智は見ていたのだ。その紙袋は万智が桐葉に抱きついた時に押し付けられたもの。それを受け取る料理長も顔にバーナーを使用する際に使うようなマスクを被るほどの重装備をしていたから、紙袋を突き抜ける強い刺すような刺激物は恐らく強烈に辛い香辛料だろう。あれが使われるのは桐葉のための料理なのだ、普通に食べようとしてはいけない。
 もっとも、同じく眷属である万理ならも味覚が鈍いから、もしかしたら平気なのかもしれない。たとえ変化した姿が黒い猫だとしても。いっそ妹が猫舌であればいいのにと思ってしまう。

「こんな所まで夜道をわざわざ……」
 みちるは万智がそれ以上何も言わないのを見てそう呟く。
「…妹が会えって言うから会いに来ただけ」
 そうは言ってもこれ以上話すようなことも思いつかない。
「あの事は……あなたの謝罪なんていらない。あなたは、当然の事をしただけだから」
「貴女もよ」
 万智はその昔に許婚とみちるの両親を殺している。しかしそれよりも前、みちるの親は一族を牛耳る為に万智の両親を謀殺していた。
 みちるはその真相を知るまで千堂家と万智を恨んでいたのだ。だけど自分も万智も同じ境遇だと知った時、それまで強く迫ってきただけに、ああいった煮え切らない態度を互いにとらざるを得なくなっていた。

「この島の夜景はこんなに綺麗……」
「……そうね」
 修智館学院、千堂家が島の為に創設したという学校。その新敷地のグランドではまだキャンプファイアの焚き火が燃え上がっているのが見える。たくさんの学生がそれを囲んでいるのも見えた。
「みちる、貴女ってそういえばあちらの学園の代表よね……」
「そうだけど……押し付けられたようなものだし、もう辞退したいかも」
 みちるはそう言って身体を倒し、雲ひとつない満天の夜空を見眺めていたのだった。

◆ ◆ ◆


 合同で開催された文化祭はこうして幕をおろし、翌日に別れを迎える。
 珠津島の中央駅のホームには本土に帰る撫子学園の学生とそれを見送る修智館学院の学生が大勢集っていた。

「冬休みに時間作って、ひなちゃんと一緒に遊びに行くからね」
「うん、是非来てよね」
 両手で握手し合う可奈とかなでの二人。仲の良い姿に陽菜は優しい姉が二人も出来たように感じてしまうのだが、
「お姉ちゃんは受験生だよ、もう……」
例え本心では一緒に行って見たいと思ってもそう突っ込まざるを得ない。
「あ、私も萩野さんの小説、新しい作品が出るのを楽しみにしてるよ」
「ありがと。がんばるから是非読んでね」

 別のところでは瑛里華とエリスがお別れしている。
「エリスさん、また来月にね」
「うん、瑛里華さん、私たちの美術部も大歓迎だよ」
「実は私、この島から出るのって初めてなのよ。だから本当に楽しみにしてるんだから」
 意外な事実にエリスは少し呆然としてしまう。しかしすぐそれを振り切ると「期待しててね!」って答えていた。

 また別の離れたところでは、撫子学園の生徒会長・三笠みちると西蔵万智が話し込んでいる様子だった。

 撫子学園の学生が列車に乗り込みドアの傍に集る。外では最後に見送ろうと修智館の学生も詰め掛けている。
「また冬休みとか夏休みに遊びに来てね」
「今度はそちらに遊びに行くから」
 両校の交流で交友を結べた学生たちがそんな約束を交わしている。
 そして出発の時刻が迫る。ベルが鳴り始め、それに気付いた生徒会長の三笠が列車に乗り込むと、そのドアが閉まった。
 ゆっくりと列車が走り始めていく。多くの学生が見送る中、列車は駅から離れていってしまう。

「行ってしまいましたね」
「ええ。でもこれでお別れじゃないんだからね、白」
「あ、今度だけじゃなくって……」
「そう、また来年にお招きするんだから。白も手伝ってくれるよね」
「はいっ」
 新しい生徒会長となる瑛里華と、生徒会役員の東儀白は、遠くに見えなくなる列車を眺めながら、更にその先を見つめていたのだった。

                          [後日談第一話 終]

 【後日談 第2話 永遠と一日の終わりと始まり】に続く。
 ただし翌年の3月のお話。