2009年夏 サークル「犀の目工房」(3日目 東 ム-09b)参加情報へ戻る。
『犀の目工房』トップページへ戻る。


『永遠と一日』 サンプル

『フォーチュン アテリアル』を基にした二次創作短編SS
「瑛里華編」のアナザーサイドにおける桐葉と伽耶のエピソード
夏コミ頒布のノベル本の、大戦期の回想シーンとその前後を掲載






※桐葉は伽耶と再会するが、その再会の席に伊織が登場する……。

 肩をすくめた伊織が続ける。
「それよりももっと知りたいことがあるんじゃないかな?」
「……え」
「だから君自身の事だよ」
「……あ、そう」
 尊大な態度が常だった伽耶の意外な様子に見入っていた桐葉は、伊織に促されてもうひとつの知りたい事を思い出した。重要な事だ。
「あの場所には……私の身体があった。私とそっくりな身体が何体も」
 問いただすように伽耶に振り返ると、伽耶は更に背を向けてしまった。
「伽耶、あれは……なに?」
 伽耶は頑なに桐葉に振り向こうともしない。
「……伽耶」
 桐葉の口から更に重く冷たい言葉が漏れる。

「いやいや、そう怖い顔するなって」
 暫く続いた重い空気に耐えられなくなった伊織が口を挟んできた。
「代わりに俺が、あの地下にあったものについて少しばかり話してやろうじゃないか」
「あなたが?」
 重みを帯びた声が向けられ、一瞬伊織もたじろいだが、すぐに持ち直した。
「ああ、そうだ。例えば洞窟にあった先の大戦の頃のモンペ服姿なんかはそもそも俺がその戦火から救い出したんだしな」
 モンペ姿の桐葉。地下に寝かされた一体。
「救い出した?」
「そうだ。当時、帝国海軍の軍人としてこの島にあった海軍基地に勤めていた俺がね」

     ◆ ◆ ◆

 あれは先の大戦の末期、敵に制空権や制海権も奪われ、昼間でも敵機が飛び交っていた頃の事だ。どちらかというと後方に位置づけられていたこの島の基地にも時々、空からの襲来があった。ただ、空爆に晒されていた本土の被害に比べれば僻地の島なんて高が知れている。
 桐葉は憶えていないかもしれない。その頃には別の場所に君はいたんだが、そこでは危ないという事でこの島に疎開させる事になったんだ。もっとも、母上は外に対して昔から無関心だったもんだから、俺が母上を説き伏せて呼び寄せるよう、お願いした。

 母上からの指示で本土にある潮見の港で待ち続けること数週間、どうやって呼び寄せたのか良く判らないが確かに桐葉はそこに現れた。もっとも、俺はその姿を憶えていたが桐葉は俺の事をこの時全く忘れていたけどね。
「主が呼ぶ」という桐葉は俺に不審な目を向けていたが、忘れられていた事にがっかりした俺はさっさと気分を切り替え、「主が待っている」と答え、島に向かう定期便の船に一緒に乗り込んだ。

 確か、昼間だと思う。数十人程度の乗客とたくさんの日常品を載せた船は潮見の港を出て珠津島に向かっていた。
桐葉を船室に残し、俺は軍人として操縦室で外の様子を警戒していた。というのも稀に漁船などが敵機に銃撃される事があったからなんだが、こんな時に限って、船がかなり沖に出た辺りで、遠くの空に敵機の姿が小さく見えていた。
俺は船長に珠津島まで連なる小島の影に船を隠しながら航行するよう命じつつ、空を見上げていた。しかし珠津島の内湾に差し掛かったところで運悪く、島の基地に接近しようとしたらしいその敵機に見つかってしまった。

木造の船は高速で攻撃してくる敵機の機銃掃射たった一撃で中央の操縦室は粉砕され、機関室を貫き船底にまで穴が開いてしまった。やがて船は前後に大きく引き裂かれ始めた。
俺は船長らを庇った所為で傷を負って気を失ってしまい、船長に担がれて船から脱した。その他の乗客らも救命胴衣代わりのものに掴むなどして脱出した。

 しかし、岸辺に辿り着いた者の中に桐葉の姿がなかった。意識を取り戻した俺は、桐葉が助けられていないと判ると、直ぐに船が沈んだという場所に小船を出し、海底まで潜って探し回った。
 湾の外に流されたかと危惧したが、夕方までに沈んだ船の中で荷物に埋もれた状態の桐葉を見つけ出せたのは幸いだった。銃撃で怪我を負い意識を失った桐葉を周囲に沈んでいた数体の遺体とともに小船まで引き上げ、島の港へ向かおうとしたんだが。
 その時、港に向かっている小船の真上を低空飛行する敵機の集団が飛び去っていた。黄昏時を狙ったのか、その敵集団は真っ直ぐ珠津島の基地に向かっていたんだ。やがて基地の施設や港に泊まる小型の軍艇が爆撃を受け始め、地上からは銃撃の光が上がり始める。燃料タンクもやられたのか大きな火災が海面を照らし出した。
 俺は炎で照らされた湾内で敵に狙われる危険から避けるために小船をすぐ傍の岸辺に寄せるしか、もはやどうする事も出来なかった。
島の人家も幾つか燃えている。学院の辺りは大丈夫なようだったが、母上が住む屋敷がある森も赤々と炎を上げていた。
突然湾の入り口から爆撃機のような大きな機体が低く侵入していき、後で判明したんだが、基地にかなり重い爆弾を落としていった。基地の地下施設への入り口が破壊された大爆発が鳴り止むと、敵が去ったのか島は静けさを取り戻していた。
 俺たちが島の港に着いたのはそれから一時間以上経った真夜中だったな。

 海から引き上げた桐葉の身体はモンペ服が何箇所か破れているものの、銃撃を受けた傷は港に到着するまでに少しずつ塞がっていった。眷属とは言えその再生能力には驚いたね。

 母上の屋敷は洋館など大半が誤爆か何かでやられた為に焼け落ちたものの、母上自身は不死身というかさすが吸血鬼って事だろうか、怪我ひとつなし。屋敷にいる動ける他の者達も全員無事だった。
 桐葉を乗せた軍用車で屋敷に戻った俺はこの状況下でも派手な衣装を身にまとう母上に桐葉を連れ戻した事を教えると……。


「伊織、余計な事を言うな!」
 ずっとそっぽを向いたままだった伽耶が急に伊織の前に立ち塞がる。
「いいじゃないか、せっかく感動の再会なんだし」


 母上は桐葉を見るなりその状態を確かめるかのように全身に触れ回り、それから抱え込むように焼け落ちたばかりの洋館に運び込んでいった。この小さい身体でだ。俺は直ぐに追いかけたが母上は「数日ほどほっといてくれ」と言うなり天井の抜けた廊下の奥、ほぼ焼き尽くされてしまった書庫に駆け込み、そこに閉じ篭ってしまった。
母上の眷属なのだから大丈夫だろうと、それから一週間ほどは母上に任せる事にした。それに母上が不在の間、俺が代わって屋敷の後片付けに奔走しないといけなかったしな。
 一週間後に母上とともに姿を見せた桐葉はまだ呆然とする様子だったが、怪我からも回復していた。


「しかし助かったと思ってたが、まさかすり替えて済ませてたとはね。俺も今まで全然思いもしなかったよ」
「え、すり替えた?」
 伊織が不意に信じ難い事を口にしたから、聞き違えたかと思い、桐葉は聞き返した。
「そうだ」と伊織は断言する。「俺が助けたのは地下に眠る桐葉。そして今の君は…」
「待って」
 胸の動悸が激しくなる。自分が生きている事を確かめる。しかし、その鼓動や思考すら自分が自分である事を証明していない。
「もう一人の、私?」
 疑いを抱いてしまう。
「私は偽者、だという事なの?」
「残念ながら、そうみたいだ」
 本当の自分は既に生きていない。桐葉は凧の紐が切れたかのように床に倒れ伏してしまう、存在の根本が崩れたショックの余りに。

「何を言うか!」
 突然、伽耶が声を荒げる。
「桐葉、今のお前は間違いなく本物だ。あたしが証人だ」
「待ってくれ。じゃあ俺が救い出した桐葉はどうなんだい?」
 伽耶の思い掛けない告白に伊織が慌てて問いただした。桐葉は相反する衝撃に打ちのめされたまま呆然としている。
「良いか、今の桐葉は間違いなく本物の桐葉だ。あたしの古くからの幼なじみだ」
「だからそれじゃあ地下にある身体の説明になってないんだよ、母上」
「あ、あれは……だな」
 詰め寄る伊織に対して言葉に迷う伽耶。


 ※以下、本編に続く。





































































































































近づくに連れて血の匂いが鼻を突き始める。
 その酷く恐ろしい様に、あたしは駆け寄るどころか、尻餅をついたまま必死になって後退ってしまったのだ。今すぐにでも駆け寄らねばと思ったのに!
桐葉は尚もあたしに這い寄る。せめて何か言葉をくれたなら良かったのやも知れぬが、虚ろな目をあたしに向けるだけだったのだ。

 砂浜と波間の境界線まであたしは追いやられ、桐葉は尚もあたしに這いよろうとする。
「桐葉、止まれ! 止まれ!」
 あたしの言葉を聞いて、桐葉はやっと止まった。桐葉はそこでやっとあたしの名をか細い声で呼んでおった。