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*** 会員の生業紹介 *** 大平01/02年度会報委員長取材
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西野信弘会員



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株式会社西野精器製作所 ホームページはこちら

ひたちなか市山崎56
会社設立1968年10月・資本金1000万円・従業員60名
お客様 日立製作所 日立化成工業 日立工機 キャノン 日本原子力研究所 理想科学工業等・
年商5億5千万円

会社スローガン
 4H(Heart・Hi-speed・Handmade・Hi-tech)でチャレンジ、基礎加工技術の発信工場を目指す。
当社は大きいものはA3サイズ迄、小さいものは米粒サイズ迄という範囲で、それらの精密部品加工を行っている。加工対象の材料は鉄・アルミ・ステンレス・銅・プラスチック等大体の加工が可能。
 設備面ではCAD-CAM体制・板金・プレス・溶接・フライス・旋盤など各種加工機70台余をラインアップしている。  会社の得意わざは少量多品種への対応力が強く、かつ短納期で顧客へのサービスを実現していること。これらを可能としているのは従業員の多能力、基礎技能教育であり、冒頭のスローガンはこれを意味している。  目下3次元CADの導入を計画し、将来は世界へ飛躍すべく頑張っている。  西野社長の趣味は海外旅行とお酒。海外旅行では必ず各社の工場見学を欠かさない。また機会がある と現地のロータリークラブへも顔を出している。 お酒をこよなく愛し,美味をつまみに静かに味わうことを旨とする。最近太り気味か?スイミングスクールへ通っている。
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河原井英二会員



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株式会社プリントエイジ ホームページはこちら

ひたちなか市市毛1158
会社設立1968年10月・資本金1000万円・従業員14名
年商1億8千万円
会社のモットー
 あなたの心伝えます。未来を笑顔で創造する!!

当社は印刷業。印刷業とは、依頼主が情報を顧客に伝えるためのお手伝いをする仕事。その心がまえが会社モットーである。この心を忘れないように朝礼時に唱和している。
印刷業は、大変競争が激しい業界であり、“良い”ものを“安く”“早く”サービスする、いわゆる「良安速」の追求が必要であるが、このうち特に“速”に力を入れてきた。
 入稿して3日目に発送、これを驚異の低価格で実現している。この為に、最新のハイテク技術である一貫デジタル処理とハイデルベルグ社製の最高級印刷機を導入している。 また新規顧客開拓のためホームページを開設し、これにダイレクトメールを合わせて活用している。現在では、県外の顧客受注高は多い月で全売上の23%を占めるまで立ち上がってきている。また、小ロットの仕事も安く提供しており歓迎されている。ところで、 プリントエイジのエイジは河原井会員の名前英二をとったもの。今後の大きな発展を期し、また会社のスローガン重視のため、企画からプリントまで一貫したコンサルタントを行い、良安速となるベストソリューションを提案しながら、業容拡大に取り組んでいる。

 趣味はバンド演奏(ギター担当)と沖釣り。特にバンド活動では、水戸少年刑務所や老人ホーム等への慰問演奏を活発に行っている。
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御厩清忠会員



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御厩自動車株式会社。

ひたちなか市武田969
会社設立 昭和37年・資本金 1000万円・従業員 7名 ・年商8千万円 (整備関係売上)
各種自動車整備、板金、塗装、新車中古車販売、日産自動車協力工場、損害保険代理店 を行っている。茨城県自動車整備振興会勝田支部事務局長も務めている。現在支部会員数は98社にのぼり、過当競争の業界である。
売上内容は整備関係が70%、 販売が20%、保険関係10%となっている。  当社は指定整備工場の指定を受けた民間車検工場でもある。 これは自動車検査員が居ることを意味する。
自動車検査員とは、整備士⇒整備主任⇒検査員と位置づけられる技術者である。指定整備工場とは、車検業務において、適切な作業が行われているかどうかの国の監査がある。 すなわち、ユーザ検査など安価な制度があるが、車は命を預ける乗物ゆえ、信頼のおける民間車検工場が望ましいということ。車の寿命の面からもよく診断してもらい、予防整備をすることが良い。 当社は目下、車検を年間500台位、修理を1000〜2000台取扱っている。 これらの業務にあたっての心構えは社訓である(1)真実・誠の心(2)出来ぬ我慢をする心(3)低い、やさしい、平らな心(4)人を助け喜ばせ徳を積む心、を基本としている。
 ところで、御厩の姓は九州の出身との事。趣味は映画鑑賞で、最近の話題作は ほとんど見ている。
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小野 修会員



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株式会社小野写真館。
ひたちなか市東大島2-2-16
創業 昭和51年7月 ・資本金 1000万円・従業員 25名 ・年商2億1千万円 
・取引先:クリスタルパレス、市内小中高校、市役所、一般顧客
会社スロ-ガン
親から子へ、そしてふたたび親へ。私達は皆様の幸せ家族を応援します。
現写真館は平成9年8月に建設、商号も写真オノから鰹ャ野写真館とした。写真館業界も他業種同様に異業種から参入する人も多く厳しい酷境にある。日本営業写真館教会加盟店は市内に9店舗。このような環境下においても、売上の50%以上はスタジオ撮影で占めている。
会社スローガンの具体化の一つとして、積立型の記念撮影プラン"Lovely Story"がある。一冊のアルバムに綴る家族の歴史、自分史を作るときにも大変役立つ記念写真となる。このため、1000着以上の衣裳をとりそろえ、着付け、メイクアップ、背景各種とトータルなサービスが店内ですべて可能としている。カメラマン、スタイリスト、ライテインク等多くの技術スタッフを揃え。1ポーズ最低20カット以上の撮影をすることで、顧客の満足する写真を作成している。もちろん、デジタル処理などの最新技術も確立されている。毎年研修旅行(2年に一度は海外で)により業界の最新技術の調査研究、経営企画発表会などに意を払っている。
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大山 猛会員



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給{前ビル

ひたちなか市東石川 3-1-7
・設立 昭和57年
・資本金 4,500万円
・年商 7,500万円
当社は大山氏所有の不動産資産の有効活用を目的とし、事務所ビル・賃貸マンション・法人向け寮・駐車場等の建設を行い、この運用管理を行っている。現在東石川地区内に10棟を所有し賃貸している。以前従業員をおいたこともあったが、現在は大山氏一人で頑張っている。入居者斡旋は横須賀当クラブ会員の会社に依頼している。
空室率は数%だが事務所ビル等へのテナント需要は少なく、厳しい環境が続いている。 日常業務では、アパート入居希望者は土日の休日に来ることが多く、また夜中に錠をなくしたなどの電話もあり、365日働いている。最近は携帯電話が発達して大変便利になった。
法人に貸与している社員寮「サンライズ東大島」が一番新しい建物である。まだ東石川地区に所有土地が多く、今後どのように活用をはかるべきか目下模索中とのこと。

趣味はゴルフ。また、市内スポーツ少年団のソフトボールのコーチをするなど活躍されている。お酒も好きであるが、最近では焼酎を少々やるにとどめている。
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海野宣三会員



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鞄堅aリース

ひたちなか市笹野町 2-2-6
・設立 昭和50年 ・年商 1億円 ・従業員1名

当社は、海野氏所有の不動産の有効活用を図るように、所有地にカスミ、ココス、東和ビル、アーバンスポットビルの4棟および50台分の駐車場を建設し、賃貸、管理を行っている。管理業務は、多社と同様に、日常電球の球切れや空調機の効きが悪いなどへの対応を行う。 尚、当クラブの事務局は東和ビルに置かせて貰っている。 
現在の不況の中で賃貸料も横ばいか下がり気味で、厳しい状況にある。
海野氏は挙堅a保険企画の代表も務めている。
この会社は昭和56年設立、現在保険取扱高は1.5億円、従業員は6名である。現在契約者は個人70%、法人30%である。
「人・愛・心・豊かさのために」をスローガンとして、損保生保代理店を営む。海野氏は昭和46年からこの業界に入った30年のベテラン。三井海上を主に各社の保険商品を取り扱っている。
この業界は、合併が盛んに行われており、今後どのようになっていくか様子を見ている状況とのこと。
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塙 浩行会員BR>


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塙1級建築士事務所 ホームページはこちら
ひたちなか市津田2756-9
設立 昭和30年 ・年商 1千万円
当社は、父親の代に設立された事務所。祖父が東京で工務店を経営していたが戦争で郷里の瓜連へ移転、その後父が津田に移し建築設計事務所を開設。塙会員は都内設計事務所、デベロッパー会社での現場経験を積み平成元年に戻って、現在父と一緒に頑張っている。
最近手がけた物件は、店舗では東海村車検センター「テルポート」、写真スタジオ付住宅の水戸市内「ヤスフォト」笠間市内「写真のさくらい」常澄51号沿い「都炉美煎本舗」、事務所では、潟Jツタ産廃処理場事務所である。
一般住宅は、大手ハウジングメーカーや輸入住宅販売会社等の攻勢により、設計事務所の生き抜く道は大変厳しい。
地元工務店・大工に依頼する「安心感」よりも坪単価勝負になっている。人と人との縁の希薄化現象と考えて、安心感は「信頼」から、信頼は「まちづくり」からと言うことで、商工会議所津田支部を母体に設立した「津田まちづくり研究会」に役員として参加している。
1級建築士は特別な存在ではなく、何でも相談できる身近な隣人であるべしと考え、リニューアルにも力を入れている。リニューアルは現場調査が大切であり、顧客訪問を足繁く行っている。また、今後の設計事務所のあり方は、設計から施工管理まで一貫した活動を、さらに施工サイドまで踏み込んだ業務拡充を行い、顧客満足度をより高めようとしている。
氏の趣味はパソコン。ホームページを作ったり、メール、三次元CAD等を楽しんでいる。
ひたちなか市消防団第4分団に所属し機関長を務めており、地域防災にも一役かっている。
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神保矩康会員



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叶_保製作所
 ひたちなか市長堀町2−12−18
設立昭和26年、資本金2100万円、年商160M\ 従業員18名
主な取引先:日立工機・日立那珂エレクトロニクス・竹内精工・ブイテックス

 当社は神保会員の父親が創設された会社で、今年は創業50周年に当る。現在、神保会員の兄が会長、会長のご子息が第3代目社長を務めている。
 主な業務内容は、200角以下の小物部品の精密機械加工である。従来、量産品の生産も行ったことが有ったが、近年では、特殊な加工技術による、少量・多品種生産を得意分野として、頑張っている。加工技術力の高さは、”当社には営業マン不要”という言葉に表わされるごとく、各方面から、当社の加工技術をたよって、依頼に来る。例えば、直径2mmのステンレス材からNC旋盤で、先端部3mmを残し直径0.3長さ300mmまで切削し、先端部に1mmのネジを加工した、一体形電極を作っている。また小さな部品に0.2mmの穴明け加工等々と、どのようにして加工するのか分らないような部品製作を行っている。
本社応接室には、これら特殊な加工部品が陳列されている。中には、重量当りの価格が金(ゴールド)より高価な部品もある。当然のことながら付加価値も高い。まさに、世界トップクラスの加工技術と云っても過言ではない。この加工技術は、NC機による加工技術の発達もあるが、やはり汎用機による加工技術が基本に流れている。まさに、職人芸の極致を見ることができる。世間でよく言われている、空洞化はありえないと感じられる。
会社経営は、神保会員と実兄が仲良く力を合せている感じが伝わって来る。まさに、企業永続の一つである”家族仲良くする”の姿が、うかがわれた。

 氏の趣味は、ゴルフの代わりに完全無農薬・完全有機肥料使用の家庭菜園や、おもに茨城県内の山での山歩き、JR全線乗車を目標とするローカ線の旅、また、古代史にも興味があり縄文・弥生・古墳時代の遺跡めぐりなど羨ましい程の多趣味な面もある。
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増本 敬会員



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樺国電設
 ひたちなか市大成町42-10 
設立昭和38年 資本金1000万円 年商192M\ 従業員18名(外注含) 社名がなぜ中国なのか?。氏は、中国大連で生れ、小学校6年まで大連で育った。昭和22年、父親の郷里の広島県へ引上げた。生れ育ちが、いずれも中国(地方)ということから、中国電設になったとのこと。業務内容は電力・一般電気工事及び火災報知設備工事。現在日立関係からの受注が90%。当地にある工場の電力設備関連工事が主体である。
氏は広島県にてNTTに勤務していたが、昭和30年10月に東京へ、乾燥炉メーカー、電気工事会社と移ったが、一貫して電気工事に携さわってきた。電気工事会社での先輩で、
元勝田工場電力に勤務されていた方の指示で、昭和36年4月に当地に来て、勝田工場の電気工事を行う機会があった。その時の仕事に対する取組みが評価され次々と仕事をたのまれ、会社設立となった。
父親が良くいわれていた”人には良くしなさい”の言葉を、今でも忘れないとのこと。大連時代、数々の思い出が有り、父親のこの言葉を、感受性の高い子供時代に肌で感じ、氏の現在の人格形成に大きな影響が有ったと思われる。すなわち、仕事の関係では、人イコールお客様であり、お客様に喜んでもらえる仕事を続けて来た結果が現状である。高電圧を取扱うことから災害ポテンシャルが高いが、40年間無災害という立派な記録も残している。また、会社経営に当っては、”対話と家庭を大切に”をモットーとして、家庭的雰囲気作りに努めている。  趣味は、音楽。クラシックギターを18歳の時から始めプロ並の腕前である。現在では、ロータリー会員仲間で作っているバンド”クロスオーバー”のパーカッション奏者である。河原井会長と共に、老人ホーム等への慰安訪問演奏会を活発に行っている。
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安島智美会員



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葛、美
ひたちなか市後台460-274
 設立昭和54年、資本金15M¥ 年商150M¥ 従業員10名(パート含)
 当社は広告業である。広告と一口で言うがその範囲は広く、販売促進、教育啓蒙、情報伝達等の機能を発揮させることを目的として、店舗、博覧会場、催事、案内、展示等係る一切の業務を行うことである。身近な物では、看板、ネオンサイン、道案内等。高度な技術としては、商業空間の提供を含めたディスプレイ事業などもある。当社ではこれらのすべての分野で活躍している。たとえば、県庁敷地内のタイムカプセルやセラミック製 道案内板といわゆる看板からは想像できない分野の製品まで手掛けている。
関連業界としては、茨城ディスプレイ協同組合、茨城県広告美術塗装業会等があり、これらに加盟している。
 当社の企業姿勢は、「お客様の成長が我らの成長」、すなわち、お客様が繁栄することを願い仕事に取組むこととしている。会社名も美しく、共に栄えることということで、「共美」とした。
 広告業界は、あまり好不況に影響されないものの、長引く不況のもとで、需要は下降ぎみである。 今後ともいかに勝ち抜くかの戦略を目下研究中とのことである。設備面では、この業界IT技術が取込まれ、昔は手書き主流であったが、ほとんどものが機械化され、パソコンへ入力すると看板が出来上る仕組みになっている。もちろん、材料面の進歩も目を見張るものがある。

 安島氏の趣味は、絵や書を書くこととのこと。このあたりから、広告の業界へ進んだと伺った。中でも浮世絵が好きとのことである。
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柏谷博明会員の登場。



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株崇J鉄工所
ひたちなか市馬渡2976−1 
設立 明治43年 資本金15M¥ 年商580M¥ 従業員30名
 当社は祖父柏谷市太郎氏が、東京都芝白金三光町にて創業され、その後東京都大田区西 蒲田へ本社機能を残し、勝田工場、米沢工場を創設し、現在に至っている。米沢工場では、 鋳物部品の製作を、勝田工場でその他部品と組合せ製品を作っている。主な製品は家庭用 電気ポンプ、家庭用小形浄水器、鉄道車両用部品など。主な取引先は、鞄立多賀 エレクトロニクス、日立多賀テクノロジー梶A日本サーボ梶A日立ホームテック梶A鞄 立ドライブシステムズ等。
 当社へ入ると、壁に「和」の額が、掲げてある。社長自ら、現場へ出て、従業員を引っ張っている。この中で常に「和」を大切に毎日の仕事に取組んでいる。
 過去、注文が減少 したが、このところは横ばい状態であるとのこと。不況下でうらやましいかぎりではある が、そこには原価低減などの努力の結果と思われる。一時は海外へ生産拠点が移ってしま うのではないかと心配されたが、収益力、品質が良いことで、横ばいを維持している。当 社の得意技は、鋳物部品との組合せ製品であることから、この鋳物の方案と高い切削効率 の組合せ技術にノウハウを持っていることである。当社は長い歴史をきざんで来たことから、4/15にはお稲荷さんのお払い行事、11月は" ふいご祭り"(昔、バイトを自家で作っていた名残り)、年末の餅つき、が年中行事であると のこと。氏は東京で生まれ育ったものの大学卒業後、日立製作所多賀工場で実習以来、27 年間当地に住んでいる。
 氏の趣味は競馬で、天皇賞はみごと当てたとのこと。また、夫人の母方のご実家が鹿児島の造り 酒屋でご存知のサツマハヤトの酒屋さん。ゆえにお酒は焼酎を好むとか。
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望月明男会員



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勝田環境
住所:ひたちなか市高野1967−2
 設立 昭和36年 資本金30M\
 年商12億円 従業員60名
当社は、会員の父親が、旧勝田市内の環境衛生事業として創設された。以来、人口の増加、環境問題の クローズアップと時流に乗った事業となり、現在では、各種業務関連車輌60台を保有し、現代表取締 役の兄と一緒に業務に励まれている。
平成12年3月には、勝田環境鰍ニ潟^クマの合併会社 潟Jツタ を立上げ、望月会員は専ら、潟Jツタを軌道に乗せるべく頑張っている。
 潟Jツタは、あらゆる種類の廃棄物を焼却処理するサーマルリサイクル施設、使用済家電品・OA機器、粗大ごみ、その産業廃棄物を破砕選別し有用資源を回収するマテリアルリサイクル施設という2つの設備を伴った総合リサイクルプラント工場である。事務所棟設計は塙会員が、電気工事は増本会員が手掛けられた。
従業員は50名で、今年度の売上は12億円を予想している。この設備は、全国的にみても唯一のものであり、処理能力もトップクラスである。受託処分地域も県内各地及び東京都内一部地域におよんでいる。見学者も 年間1,000人余の訪問が有るとのこと。ゆえに見学通路やイヤホーンタイプの案内放送が整っている。
 事業レベルではISO14000への対応、個人レベルでは家庭から出されるゴミ問題、地球規模では温暖化問題と、環境問題が大きくとりあげられている現在、その一翼を担っている自負心が望月会員から受け止められた。我々も、一度で良いから当工場を見学し、ゴミ問題に対し考えてみると良いのではないでしょうか。

 氏の趣味は、ゴルフ、シングルハンディの腕前とのこと。またテニスで汗を流すことも楽しみとして いる。お酒はもっぱらヘネシーとビールである。
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佐藤英夫会員



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(有)SP研究所
 水戸市中央1−3−35
設立 平成7年、資本金300万円、年商60M¥ 従業員12名
SPとは? 当社の業務内容を、Sales Promotion, Success Partner, Self Planning, Sprit of Proceedと表現しており、このSとPをとって、社名としたとのこと。
当社の業務は、販売促進企画・立案の代行、広告企画の立案・実施代行、各種広告媒体のデザイン、市場調査・分析、小ロットの印刷を行っている。販促資料を見せてもらったが、この中に、営業マンのロールプレイマニュアルまで含まれてた。知識レベルの広さが示される例であり、これがSP研の力であると感じる。事務所に入ると、さすがデザイン分野で仕事をされているだけあり、事務所内の造りは一般の事務所と異なる。BGMが流れ、若い男女がパソコンに向かって、業務に励んでいる。
現在の業務内容は、印刷業者から依頼される広告媒体のデザイン関係が60%、販売促進の企画書作成関係が40%の比率となっている。佐藤会員は、販促関係の企画立案業務に力を入れてゆきたいと考えており、企業情報の錬金術師となり、お客様企業活動の成功の為に尽すことで努力されている。
この分野は、若い人の企業定着率の悪い業界であるとのことだが、SP研のメンバーは1人もやめていない。そこには、若い人への独立の夢を与える指導を行っているなどの気配りが伺える。
 会社のモットーは「三感四恩」とのこと。三感は、感謝・感激・感動、四恩は、親・師・朋・天地 への恩であり、これを従業員へ徹底している。

 趣味は、「仕事」とのこと。仕事は趣味でない!の意見もあろうかと思うが、好きな事をやっていると の感覚であるとのこと。たまにゴルフで気晴らしをしている。
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中井晴美会員



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(有)ナカイ商店

ひたちなか市小砂町1-10-3
設立昭和57年 資本金400万円 年商3億円
従業員11名(パート含む)

当店は中井会員のご主人浄氏が昭和57年に設立、20年の歴史を積み重ねてきた。発足時は6 畳一間のプレハブ事務所で引き売りからスタートした。スタートに当り、取扱い品目を何にするかと 検討を重ねたが、自然環境に優しい、「紙」をベースとした製品、すなわち包装紙、紙袋、リボン、 ひも等とし、プラスチック関係商品は極力取扱わないという考え方としたとのことである。現在では 数千点にのぼる商品を取扱っている。プラスチック関係は極力取扱わないと云ったが、炭酸カルシ ウム入りの可燃ゴミ袋等は取扱っている。取扱い商品が多く、商品管理システムを、実務に合った改 善を加えながら、充実させ、これを駆使している。それでも在庫管理は大変であるとのこと。
中井会員は、ラッピングコーディネータの資格を持っている。現在では、商品の付加価値を付ける 為に、素晴らしい包装がなされる時代となった。しかし20年前は、種類も少なく、包装技術もいま だしの時代であったが、将来を見越して、ラッピングの勉強を始め、日本技芸協会の認定を受けた。 この技術をベースとし、色、デザイン、リボン等に他社に無い工夫をして、マーケットに参入し、現 在の地位を確立してきた。現在では、各地の商工会議所やカルチャーセンターからラッピング講習会 の講師依頼がきており、活躍されている。商売の方においては、1年間を通じて、毎月の如くイベントがある。これに合わせた商品ラインアップを図っている。正月、バレンタインデー、卒業式、入学式、節分、母の日、父の日、お盆、お中元、 結婚式、運動会、敬老会、クリスマスと、これらのイベントに合わせた商品の売り込みを行っている。 どんな商品?皆さん考えてみて下さい。また全員営業という考え方で、配送しながら営業もやってい る。商品に対するセンスをみがく為に、海外へ出かける機会も多いとのこと。 ご主人の趣味はマリンスポーツとのことであるが、忙しくて、現在は休眠中、気晴らしにゴルフをや る程度。中井会員は、ラッピング材料など考えることが大好きであり、これが趣味とのこと。 次に人に会ってお話をすること(お酒も入る?)である。
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柏 陸朗会員



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(有)カシワ花店

ひたちなか市表町18−7
設立昭和45年 資本金500万円
柏会員がご両親から独立され、現在の地に店を構えたのが昭和45年です。当初は、花屋は 嫌だといっていたそうでしたが、やるなら別天地でやるということで、ご両親の常陸太田 市の花屋から、当地ひたちなか市(旧勝田市)へ移ったとのこと。ご両親は昭和25年に創業 していた。当地のマーケットサイズは、戸数当りの花の消費量が、全国平均の1/4である とのこと。当地は"花文化"の面では、いまだしということですかね。皆さん、奥様の誕生日、友達へ、また 折にふれて、プロにアレンジしてもらったお花を送るなどの習慣をつけたらいかがでしょ うか。  ところで、花は生き物ですぐ萎れてしまう。この商売をやるコツはなんでしょうか。 柏会員に伺いますと、"プロの感"が必要とのこと。
当店は50%が予約、50%が見込 みとのことで、見込みの50%を売切る歩留まりをいかに高く保つかが勝負となる。市場での 雰囲気や、入荷量、物日(行事)などを考えての仕込みとなるそうです。10数名の方々が忙しく働いているが、やはり中心は奥様。奥様はオランダ 国のヨーロピアンフローラルデザイナーの国家認定証を受けているその道のプロであり、 競技会でも多数の優勝を勝ち取っている。またお嬢様も同じくオランダ国のフローラル デザインの認定を受け、家族でがんばっている、うらやましい御一家であす。奥様 はご結婚後に勉強されたそうで、大変な努力家であると感心させられた。また奥様、お嬢 様ともにフラワー装飾一級技能士でもある。柏会員は、もっぱら"プロとしてのカン"で勝負している 。尚、切花の寿命を長持ちさせる方法は柏会員に伺って下さい。  趣味はゴルフ、お酒(ワインはダメ)、ドライブとのこと。奥様は商売の研修を兼ねての旅 行とのこと。
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砂押義郎会員



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 砂押工業株式会社

ひたちなか市高野338−4
設立 昭和58年 資本金 20M¥ 年商3.5億

 当社は昭和58年に砂押ご夫婦でスタートした。当時は周囲の方々から、住宅の水道工事等の紹 介を受けながら会社の立ち上げに日夜がんばってこられた。今でも、周囲の 方々から助けてもらったことに大変感謝されている。そして、信用第一を心掛け、さらに当時の 景気にも支えられて、順調に業容を拡大してきた。業種としては管工事業であり、給排水工事、空調、 換気設備工事などを行っている。  
 主な取引先は、北越製紙等の工業団地の各工場及び原子力関連の各 社と民間の住宅(ゼネコン、ハウスメーカからの受注)である。地域的には、ひたちなか市他11市町 村の指定工事店登録を行い活躍している。 創業から17年の歴史を刻んできたが、その成果は、上記住所に立派な事務所をかまえるまでに成 長されたこと、とうかがわれる。砂押会員に接するに、氏の真面目さ、暖かさが伝わって来る。この 人柄が周囲の人を引き付け、支援してくれたのだろうと思う。  現在、官物件と民間物件をバランス良く受注して仕事は年間を通し、平準化している。今後とも 10%/年の成長を期して、社長自ら営業に飛び廻っている。事務方はすてきな奥様がしっかり守 っている。

 趣味はゴルフと旅行。特に旅行は奥様と一緒に年に一回は海外へ出かけ、訪問した国は 20数カ国になるとのこと。
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飯塚敏晴会員



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潟Cバケン ホームページはこちら

ひたちなか市高野717
設立昭和63年 資本金10M¥ 年商5億
 東京で設計事務所勤務6年間、建設会社にて施工管理業務を11年間の経験を経て、 昭和63年当地へ戻り会社を設立。当初は建築設計主体でスタート。現在では、本物の“健康住宅”を提供すべく、自然素材にこだわり、立地条件を考えた上での太陽光の特徴を活かした間取りの提案を柱とした事業展開を行っている。日本の風土に適した建物の典型的な例は神社仏閣等である。これらで証明されるごとく、耐久性にすぐれた 大変長持ちする、そして住むほどに味わいの出てくる家は、針葉樹、広葉樹、木の根幹、準幹および枝幹をたくみに組み合わせた本物の木の家である、というのがイバケンの主張である。ゆえに木材そのものの仕入れから手がけ、製材も行っている。
あわせて自然の木を活用した家具作りなど、「とちの木」部門、リフォームも「より健康に」をテーマとして手掛ける「創住館」と会社組織を充実させると同時に徹底的に木にこだわっている。もちろん、断熱、地震対策なども自然素材を活用して充分なる対応がなされている。
会社理念としては、@「上げる」の哲理を実行A「三方良し」の追求、確立B 会社の成長基盤を常に導くこと、を3要素としている。すなわち、お客様、業者の方々、 会社の3者に対して一生懸命考えてあげることである。
皆さん、大黒柱のある家に住みたいですね。でも高価だよ、といわれる方は、イバケンへ 相談して下さい。木材を直接山から購入、中間マージン無しで提供していますの で、良い答えが得られると思います。また住まい塾も行っておりますので、ここで勉強し て自宅を手入れするのも楽しいことと思います。
 趣味は、木にこだわった仕事をしている事から、山歩きが好きとのこと。 また、スキーも好きなのですが、ひざをケガしてからは3年程遠ざかっているそうです。
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八木昇次会員



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巴堂菓子店
ひたちなか市馬渡2866−38
 お店の開業は昭和52年ですが、その前に昭和46年からお菓子の小売のみを行っていた そうです。八木会員は福島県の小名浜の出身。親戚にお菓子屋さんがあり、高校時 代からお手伝いをしているうちに、この道で行こうと決意されました。親戚で仕事を少ししたのち、 東京で3年程修行され、再度小名浜へ戻り、親戚のお菓子屋さんで仕事を続けていたそうですが、 縁があり、昭和39年に当地の勝田製菓(現在は無し)で仕事をすることとなり、ここで12年間働いて、 ここを退職し、独立されたとのこと。巴堂の名は、八木会員の菓子の先生の屋号をいただ いたものだそうです。 
  昭和40年第16回全国菓子博技術優秀賞、昭和46年第1回茨城県菓子展示品評会金賞等と多数の 受賞をした、その道50年の和菓子製作のプロです。現在では勝田公民館主催の「四季の和 菓子づくり」講座の講師などでも活躍されている。もちろん和菓子技能士1級でもある。
 お菓子は人生とともに生き、また季節とともにある。和菓子は日本の文化の一つであると考えてい る。ゆえに、原材料はもちろん国産の銘柄品、例えば大豆は十勝産などにこだわり、機械での加工で はなく、原材料の良さを引き出すための手作業、手作りとし、味は昔の味を伝えるべく頑張られてい る。現在作られている和菓子の種類は約25種類にのぼる。季節毎の行事、お祝いごとなど 売れ筋商品の準備、毎週、毎月の数量等は、奥様と相談しながらの仕事とのこと。洋菓子はクリスマ スケーキのみ注文製作しているとのことですので皆様も依頼してみてはいかがですか。
 趣味は、釣りと年に4〜5回奥様と旅行及び俳句作りとのこと。俳句作りは若い時からやって いるそうです。奥様は、古流生華教授です。 
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横須賀忠行会員



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ベニヤ商事
ひたちなか市勝田中央5−15
設立昭和45年 資本金10M\ 年商3億円 従業員15名
当社は不動産取引業。不動産取引仲介、賃貸仲介及び建物管理、リフォーム等を行っています。元来は不動産業を行っていたのではなく、横須賀会員の父親は、茨城中央飼料株式会社を経営されていました。丸紅の飼料の茨城県総代理店でした。また、養豚業を当市部田野地区にて行っていたそうです。昭和41年母親がベニヤ精肉店を市内表町に開店し、ご両親が手分けして事業経営に当てられていたとのこと。昭和45年ベニヤ商事鰍ニし、多角経営に乗り出しました。
 昭和49年に横須賀会員は大学を卒業し、ベニヤ商事に入社しました。そして、学生時代に取得した、宅地建物取引主任の資格を生かすべく、昭和51年にベニヤ商事として、不動産取引業を追加登記しました。氏の父親も宅建の資格を取得後、昭和56年ベニヤ商事不動産 部を作り本格的に不動産業を展開されてきました。現在の場所には昭和61年に移り、不動産取引業に集中し、営業展開しているわけです。現在の売上シェアは不動産売買仲介が26%、賃貸仲介が26%、建物管理26%、リフォームが20%となっており、近年では、リフォーム事業が伸びているそうです。継続的な完全管理物件数は1300室となっています。従業員15名には、当社をリードしている幹部3名がいます。この3名はご兄弟で、仲良く会社発展の為頑張っています。営業地域はひたちなか市内が90%を占めており、まさに地元に根ざした事業展開となっています。お店カウンターには、休日などに50組位のお客様が来店されております。会員の皆様、御用の折はホームページへアクセスください。
 氏の趣味はゴルフと家族旅行とのことです。奥様は最近、写真に凝っているようです。

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