キレやすいヤツばっか!の湘南DF陣の中にあって、 どんなことがあっても顔色ひとつ変えることなくプレーを続けるウメさん。 去年の第1〜第2クールの試合内容は 彼の右サイドでの上がり次第で良くも悪くもなりました。 個人的に2002年最大の補強だったと思うております。 |
実は湘南いちばんのフォトジェニック。 チャカにしても坂本くんにしても貴公子様にしても 実物はそらもう「シャチョー上玉でっせー」な選手は何人か居ますが。 試合中や大神で撮った写真を整理しながら、「おお、かっこいいじゃないか!」 と思うのは、いつも井原さん。眉間の皺がチャームポイント。 2001-2002はボランチとセンターバックをこなしましたが わたくしボランチ井原さんはあまり好きではありません。ポジショニングがどうも。 今年の中盤はかなり充実していますので、出来る事ならディフェンダー専念で ・・・て、センターバックも激戦なんだよなー、7人も居るし。 |
去年の5月、湘南控え組対FC東京さんの練習試合。 ボコボコのタコ殴り状態に殆どの選手がもう駄目モードでちんたら走っていた時、 1人だけ声を荒げて周囲に激を飛ばしていたのが時崎くんでした。 おとなしい湘南の若手選手の中では希有な激情型負けず嫌い。 例え勝った試合でも、自分の出来が悪いと ひとり頭を垂れて暗いオーラに包まれていたりします。 2002年は何かふっきれるものがあったのか、 試合を追う毎にたくましく成長する姿を見せてくれて、 それが観戦の楽しみとななっています。 練習試合では何度も決めているのに公式試合では一度も炸裂した事のなかったゴールを、 ついに天皇杯4回戦、試合開始7分後に決めてくれました。 そんなにすぐに試合が動くとは(というより先制するとは)夢にも思っていなかったわたしは セットプレー中にもかかわらず、後ろにお座りになっていた たれさん(清水サポ)とのお喋りに夢中で 完全に真後ろを向いていたため、次いつ見られるかもわからないその瞬間を見のがしてしまいましたとさ。 |
黒豹パラシオスの隣で殺気を放つ、言わずと知れた湘南の殺し屋。 つるりと剃り上げた坊主姿に、パラさんとの対比から他所様サポさんより 「白チャカ」と呼ばれたりしております。 故障に泣いた2001年のその翌年、御本人も不思議だとおっしゃるぐらい 怪我も無く健やかにお相手FWの殺戮を繰り返すそのお姿に、 家主と2人で「今年は元気だねえ。」と言っていた矢先、足の打撲で一時離脱。 その頃からパゲキープが面倒になったのか、不精パゲ姿が目立つようになりました。 この写真を撮った2003年始動の日、ちょっと気合いを入れて来たのでしょうか。 白光りする後頭部は、オフシーズンの不精がバレバレです。 |
この画像は2001年12月2日天皇杯2回戦で撮影したもの。 この右肩の脱臼は慢性化していたらしく、2002シーズンはスタートから離脱、 ようやく復帰を果たした直後にU-21ツーロン遠征メンバーに選出され、 こりゃ幸先がいいぞ、と思った矢先、遠征先で再び同じ場所を故障。 そのまま治療して復帰という選択肢もあったそうですが、 将来の事を考えて手術に踏み切り、年内いっぱいをリハビリで過ごしました。 復帰は2002年12月8日の天皇杯2回戦、そしてその10日後にU-22カタール遠征メンバー入り。 この選手、運が良いのか悪いのか・・・。 若いのに冷静な判断力で相手の攻撃の芽を摘み味方をケアする 派手じゃないけど優秀なボランチ。 中盤の底から送りだす正確なロングパスが武器。 (このページが選手紹介だということを思い出しました今) |
りび「もしも、もしもだけど、彼の身長が175cmぐらいあったら、 代表の常連になっていたんじゃないかしら。」 家主「いや、彼はあの体格だからこそ、あれだけの頑張り屋になったんだよきっと。」 こんな会話を、幾度家主と交わしたことか。 164cm・65Kg、湘南ミニマムトリオいちばんのちびっこにして最重量の骨太低重心君。 麦ワラ帽とカスリの着物を着せておにぎりを持たせたら、鉄板で世界一似合うサッカー選手。 2001年18歳でベルマーレに入団し即スタメンに採用され、 以後43試合に出場、そのシャイでおっとりさんな性格からは想像もつかないほどの剛胆さで ピッチを縦横無尽に走り回り、とても新人とは思えない確かなボールさばきと ベテラン選手に体当たりを食らってもびくともしない頑強さで、J2ファンを驚嘆させました。 2002年、先輩諸氏をゴボウ抜きの背番号7は周囲の期待の表れでしたが、 その期待が仇となったか、いたって真面目な性格の御本人は妙に考え込んでしまったらしく、 意図の見えないプレーに、ついには5月以降リザーブにすら入れなくなり、 加えてW杯明けの吉野くん加入や新人加藤くんの台頭により、 さらに出場機会は遠のいてしまいました。 そんな中、大神での練習試合でかつての自信に満ちたプレーの片鱗を見せ始めたのが8月の初旬、 久しぶりの途中出場を果たした3巡めの対横浜FC戦のアシストで復活の狼煙を上げ、 その後はスタメンだったり途中出場だったりしながら、主に守備方面で貢献しております。 まんべんなく上手い選手である反面、突出した武器を持たない良和くん、 今年はどんな方向へと歩いていくのでしょうか。 |
2002W杯開催中にレンタル移籍加入、以後ベルマーレ勝率アップの立役者となりました。 パス精度や足元の技術は他の選手より頭ひとつ抜けて高く、良和くんにも負けない運動量の持ち主。 中断明けの公式戦初出場の甲府戦では、早い判断と運動量でお相手の中盤を引きずり回し、 とどめに絶妙なミドルシュートゴルで、瞬時に湘南ファンのハートをわしづかみに。 マタギのようなお名前もさることながら、 縦に短く横に太いマスコット体型、およびファンタジックなお顔立ちと愛嬌の有る仕草で 他サポ様をもって「一度見たら忘れられない容姿」と言わしめる選手。 レンタル元の磐田さんではトップ下的なお仕事が専門だったらしく、 現在のポジションのボランチにおいてもしばしば相棒吉野君を置き去りに上がりまくり。 御本人にとって初めて天皇杯では、気合いが空回りして周囲と噛み合わない場面も 多々見受けられました。 考えてみれば、彼はこれから経験を積んでゆく選手なのですよね。 普段の落ち着いたプレーっぷりに、わたくしいつも忘れてしまうでございます。 |
「とりあえずJ2も観るよ」という方には説明不要、 老若男女問わず圧倒的な人気を誇るベルマーレの御本尊様。なっちんもお気に入り。 湘南では唯一、トルトルのもとでプレーした経験を持つ選手です。 得意技はいちおう「スピードを生かした飛び出し」ということになっておりますが、 昨年に限っては「右サイド経験を生かした献身的守備&攻撃補助」が 専らの売り文句でありました。 確かにFWとしてはどうかと思わぬフシもない訳では無いですが、 そういった意味でファンの間で言われていた程不調だったとも 出来の悪いシーズンだったとも思いませぬ。 まあそれはそれで将来チームの中心となるための プロセスのひとつとしていただいてですね。 今年は流石に同じ事やっていてはスタメンもおぼつかなくなりそうですから、 また別の意味での成長を期待しております、という事にしといてください。 あ、それと。 最近お顔が水谷豊に似てきたなと思うのは、わたしだけですかそうですか。 |
去年のW杯中断中に、熊たんと一緒にレンタル加入。 高校卒業後浦和さんに鳴り物入りで入団し、将来を嘱望された選手だったそうですが、 故障や新しい監督の方針変更等(詳しい事は知りませんが)で失った出場機会を求めて湘南へ。 わたくしイヤな事はすぐ忘れてしまうタチなのでよく覚えていないのですが、 レッズ時代のこの方に、ゴール決められて負けた切ない思い出などが あったような無かったような・・。 移籍後初出場の印象 「おお、なかなか上手い選手じゃん。」(<えらそう) 数試合経過 「J2の命は『死んでもプレス』だ 休むな止まるな梅さん困ってるじゃないか 動け血を吐くまで走れー!」 更に数試合経過右サイドからボランチに移動 「おお吉野君に留守を任せた熊たんがイキイキと上がってゆく!」 何か、気が付いたときにはすっかりウチの子として認識していたというか。 シーズンが終わってみれば、湘南さん中断期間の補強大成功の巻。 しかし、どんなに活躍してくれてもひとたび契約期間が切れればひとのもの、 レンタル選手って切ないなあ、としんみりしてたら、オフ突入早々の完全移籍報道。 落ち着いた、というよりむしろ老成した風情や、ソツのないインタビューの受け答えに、 チームメイトからは「若じい」とも呼ばれる彼ですが、 試合でのチームメイトの得点には喜んではしゃぎまくり、 ゴールした本人よりも盛り上がって観客にアピールする姿も度々。 また、スマートなボールさばきが印象深い選手でありながら、 中盤の底においては実にねばっこい一面を見せつけてくれました。 なかなか一筋縄ではいかない選手です。 |
J2においては貴重なレフティ。 磐田時代は名波に憧れていたとのこと。(なっちんのおかあ談) 確か熊たんもまた名波信望者、多いんだな。 FW出身であり、隙あらばと常にゴールへと向かう姿勢は今も変わりませんが、 湘南での彼の主たるポジションは左サイドでございます。 2001年、同音ファーストネームを持つ監督に 「今年いちばん成長したのは坂本」との評価を受け、新たに11番のエースナンバーを背負い、 ファンの期待感も膨れ上がる一方な中で迎えた2002年でしたが、 いきなりスタートダッシュに失敗しスタメン定着すら叶わず。 大神での練習試合では積極的にゴールを狙うも、入るのは5本に1本ぐらい。 いつしか大神では「いっぽーん、にほーん、さんぼーん・・しくしく」と 祈るような気持ちで彼のシュート数をカウントするのが習慣となっておりました。 そんな彼も徐々に復調、いちおうコンスタントにスタメンに入るようにはなったものの、 涙目でシュート本数を数える日々は、公式戦でも変わる事なく続きます。 (家主などは累計で数えてました。やっとやっと入ったのは、13本目ぐらいだったか・・ なにぶん日をおいての勘定なので、たぶん間違ってるきっと) 一昨年はよく見かけた一本気な1対1の勝負を見る機会が減ったり、 上位チームとの対戦では足元のプレーの危うさを露呈したり、 後半に突入するとふいに行方不明になったり、 疲れてくるとプレーが一本調子になったり、 途中交代させられては自分への怒りをあらわにしたり、 なんとなく消化不良の1年であった感は否めません。(と、わたしが勝手に思っているだけですが) それでもお相手チームのファンの方からは、いつも「11番、邪魔なヤツ。」と言われる、 そんな選手です。 |
2002年、福岡教育大学卒業後、ベルマーレに入団。 ルーキーだったけど新婚。上のお兄様はFC東京の戸田光洋選手。 あと上にもう1人お兄様がいらっしゃって、3人兄弟の末っ子です。 余談ですが、戸田くんは大学生時代に個人HPを運営なさっていたそうで、 ベルマーレについて(正確にはベルマーレの公式サイトについて)も言及していたようなのですが、 入団発表と前後して閉鎖されてしまいました。 いつか機会があったら、その辺について御本人につっこんでみたいなあ、と。 さて、ピッチ上での彼に対する印象は 「気が付くと右に開いている。」 「動き出しは早くないのに、案外美味しいところはきっちり頂いている。」 「けっこう記憶に残るゴールを残してるよな、それともそれは数が少ないだけ?」 「ヘディングは決して不得意ではないが、ポスト役を任せてはいけません。」 リーグ戦は22試合出場(途中出退場含む)で3得点。 それに対して天皇杯では、2回戦の決勝点ゲットを皮切りに、 3回戦対FC東京戦では故障でスタンド観戦していたお兄様の面目まるつぶれの2得点、 4回戦清水戦においても1得点と、すわ確変?開眼?の御活躍で、 12月上旬の入籍後結婚声明での「2人分、得点とります!!」の言の通り、 『有言実行の漢』と男っぷりを上げました。 今年はもうちょっとひとつひとつのプレーに確実性が欲しいところなのですが、 みっちり細かい特訓なんかやっちゃったら、彼の良い所が消えてしまうような気もしたりして。 |