第1話 「決心」
「神は我らを見放した。 さすらば、我らは何を元に生きよう。
悪魔は我らを受け入れた。 さすらば、我らは従おう。
さあ、手を上げよう。 この短き命、共に尽きるまで・・・」
―悪魔降臨手引書、冒頭より―
「またあんたそんな本読んでるの?」
そう言って、彼女は僕の頭を後ろから叩いた。
「いいじゃない、僕の勝手でしょ?」
そう、この本、悪魔降臨手引書は、僕にとって大事な本。
このひ弱な僕にとって、彼らの持つ色々な能力は魅力的だった。
「そんなの読んでるから、あいつ等に虐められるんだよ?」
あいつ等。 あいつ等とはこの僕を虐める嫌な奴らの事だ。
「・・・」
僕は何も言わず、読んでいた本を片付け始めた。
「そうそう、早く片して帰ろ? もう5時のチャイム鳴っちゃうよ?」
「わかったよ、姫野ちゃん」
僕の名前は有村真。 今年で15歳になる、中学3年生だ。
で、今隣を歩く彼女は神崎姫野ちゃん。 共に15歳。
彼女との付き合いは長く、もう10年になるかな。
彼女とは、いわゆる幼馴染。
そして・・・僕の大好きな女の子。
髪は短くキラキラしていて、いつもシャンプーの良い匂いがする。
背は僕よりちょっとだけ高く、スポーツ万能、成績優秀、顔もとても可愛い。
そんな訳で、彼女はクラス、いや、学校中の人気者だ。
そんな彼女と僕が幼馴染じゃなければ、絶対に一緒になんか歩けないよ。
それ程彼女はずば抜けている。 それに対し僕は・・・。
何で神様はこんな素晴らしい彼女を作ったのだろう? 不公平だ。
「何ブツブツ言ってるのよ? 男らしくない」
「え? 何でもないよ」
ふん、と、彼女はまた前を見て歩く。
あ〜あ〜、どうして僕はこんなに頭が悪いの?
どうして僕はこんなに弱いの?
どうして・・・。
「はいはい、泣かない泣かない」
そういって、姫野ちゃんは僕にハンカチをくれた。
僕って、本当に駄目だなぁ・・・。
「ようよう、見せ付けちゃって。 そこのお二人さん」
ふと、僕達に声を掛けてきた人がいた。
見た目、不良。 目つき、怖い。 そしてその体、とても大きかった。
「お兄ちゃん、今そこでお金を落としちゃってさぁ〜、とっても困ってたんだ」
そう言う口は、クチャクチャとガムを噛んでいた。
「何よ? だから?」
そう言って、姫野ちゃんは僕の前に出てくれた。
こういう時は心強い。
「だ、か、ら、俺にお金を頂戴?」
ニンマリと笑う不良の顔には、とても困っている様子はない。
当たり前だ。 あいつは僕と姫野ちゃんに集(たか)りにきたんだ。
「嫌だ・・・と、言ったら?」
そう言って、彼女は僕に鞄を渡してきた。 きっとやる気だ。
「嫌だ、だって?」
急に不良の顔から笑みが消えた。 こ、怖い。
その言葉を言い捨て、口の中のガムを捨てると、
不良はポケットから手を出し、姫野ちゃんと対峙した。
これが合図だった。
普段、バスケット部で鍛えている姫野ちゃんは、その駿足で不良のパンチを避ける。
驚く不良。 でも、彼も負けてはいない。
さっと間合いを詰め、今度は避けきれないであろう距離から姫野ちゃんにパンチを出したが、
これも素早く身をかわす彼女。 さすがだ。
「当たらないわね?」
姫野ちゃんの挑発。
「くっ!」
思わず不良が息を飲む。 ついでに僕も。
相変わらずに、姫野ちゃんはファイティングポーズで息を整えている。
「くそっ!」
不良が一瞬回りを見渡す。
そこにはいつの間にかに出来た人だかりが。
「見るんじゃねぇー!!」
一瞬、ギャラリーの視線が散らばる。
そりゃそうだ、僕だって姫野ちゃんがいなければ、こんな不良からとっくに逃げてるよ。
「はいはい、あんたの相手はわたしでしょ?」
そう不良に言った後に見せたウインク、決まった。
「このをー!!!」
顔を赤くに染めた様に真っ赤な顔をして姫野ちゃんにパンチを数発。
でも、当たるわけが無い。 だって、彼女、バスケ部のキャプテンだもん。
右、左、右・・・と、段々僕にも不良の出すパンチのリズムが分かってきた。
この僕でも分かるんだ。 きっと姫野ちゃんなら随分前から分かってただろう。
ふと、彼女が僕の方を見た。 例の合図だ。
「この野郎ーーー!!!」
もうフラフラな不良の足に、姫野ちゃんの足が掛かったのはそんな瞬間だった。
彼女の長い足が、綺麗に不良の足に掛かる。 そしてそのまま払いのける。
「!!」
当然不良は前のめりになりながら、その大きな体を地面につけた。
それが合図だった。
「真、行くよ!」
「うん!」
僕は、地面で寝ている不良をまたぎ、彼女の手を引っ張り・・・いや、引っ張られ、
この場所を後にした。
「覚えてやがれ!!!」
そう、不良の声が聞こえてた。 でも、大丈夫。 姫野ちゃんがいるから・・・。
「はーはー、はぅー」
「ふう」
どれくらい走っただろう。 僕達は、川原に来ていた。
もう不良の姿は見えない。
「大丈夫?」
これはもちろん彼女の声。
「うん、大丈夫。 ちょっと疲れたけどね」
そう僕は笑みを返した。 本当は、もう一歩も歩けない。
「あなた、男なんだから、もっと強くなってわたしを助けてよ」
本当にそうだ。
「うん、ごめんね。 僕、弱いから」
そう、いつもこんな調子。
僕が絡まれ、そして彼女か僕を救ってくれる。 もう何度目だろう?
「あーあ、何でこんなの・・・」
そう言って、姫野ちゃんは僕の顔を見る。
その瞳は、とても綺麗だった。 まるで天使のように。
一瞬の静けさが、僕と姫野ちゃんの間に割り込む。
僕がもっと強ければ、ここで姫野ちゃんを・・・。
そんな疚(やま)しい気持ちを悟られたのか、姫野ちゃんはそっぽを向いてしまう。
・・・と、そんな彼女の後ろ、100メートルぐらい向こうだろうか、大きな洋館が見えた。
「あれ? なんだろ・・・」
僕はフラフラになりながらも、体を起こしてその洋館を見つめた。
二階建ての古い洋館。 まるでドラキュラでも住んでそう。
カラスがカーカーと舞ってるし・・・。
僕はドキドキしていた。 その洋館を見て。
きっとあそこには何かある。 そう、僕の本能が言っていた。
でも・・・。
僕の左腕は、姫野ちゃんにギュっと握られていた。
「行かないでよ」
そう、彼女の唯一の弱点が、このお化けでも出そうな雰囲気。
いや、そのお化けが大の苦手なのだ。
僕が唯一彼女に勝てる点がそれだった。 情けないけど。
「・・・」
「・・・」
見つける僕と姫野ちゃん。
彼女の鼓動が僕に、僕の鼓動が彼女に聞こえそうな雰囲気。
でも、二人の鼓動の高鳴りは、まったく別の意味で高まっているのが悲しい。
彼女は更に僕の腕を握り締める。 まったく・・・。
ピロロロー
急に彼女の鞄から音がなった。 それにビクつく彼女。
「・・・電話?」
そう、彼女は(僕と同じで)機械にも弱く、
今流行りの着信メロディーなんかも、まったく理解していない。
その為、彼女の携帯の着信音はごく普通の電子音だったが、
あまりのタイミングの良さに、思わず僕は聞いてしまった。
「狙った?」
「そんな訳ないでしょ?!」
そんなに真っ赤になって怒ることないのに・・・。
「あ、うん。 もう帰るよ。 はいはい」
どうやら親からの電話の様だ。
「早く帰って来いってさ!」
電話をしまった姫野ちゃんは、強気な言葉とは裏腹に目が訴えていた。
早くここからどっかへ行こう・・・と。
次の日、僕は決心していた。
そう、昨日見つけたあの洋館へ行くのだ! たとえ僕一人でも。
その点に関しては怖くなかった。
僕は実のところ、幽霊はしょっちゅう見ているからだ。
まあ、そんな事はどうでも良かった。
とにかく僕は授業が早く終わるのが待ち遠しかった・・・。
でも、そんな僕の気持ちと裏腹に、あいつ等はやって来た。
いつも僕を虐めるあいつ等・・・。
「よお、真。 元気か?」
そう言って、リーダーの一人が僕の頭をコツく。
「う、うん、元気だよ?」
僕は早々に挨拶を済ませ、立ち去ろうと・・・
「待てよ、真」
ぐっと、僕の襟首を捕まえる。
そして、彼の子分が僕の前に立ちはだかる。 やばい雰囲気。
「俺らと遊ぼうよ、真ちゃん」
彼らにとっては遊びだろう、彼らにとっては。
「ごめんね、僕急いでいるんだ」
へコヘコと頭を下げる僕。 姫野ちゃんがいないといつもこうだ。
「へぇ〜、俺達とは遊べねぇ〜って訳だ」
「ち、違うよ、僕・・・急いで・・・」
そう言い終わらずに、彼らの遊びは始まっていた。
「あぅ!」
腹を抑える僕。 く、くるしい・・・。
「ごめんで済んだら警察いらね〜って」
「そうだぜ、あはは!」
そう言って、彼らは僕を立たせた。
「真、右がいいか? 左がいいか?」
「右? 左?」
「そう、右、左」
怖い笑みで言うリーダー。
何となく言いたい事は分かる。 つまり、どっちの手で殴られたいかってことだ。
僕は考えた。 そして・・・
「左手は神がつかさどる手で、右手は悪魔がつかさどる手だって言うから、
僕的に言ったら、右手の方が嫌だなぁ・・・」
本当の事を言うと、僕は悪魔の方が好きだ。
あの彼らの圧倒的な力。 僕が持ってない力。 それが彼らにはある。
だけどこの場合、彼の利き腕の右手で殴られるより、
左手で殴られる方がまだマシと思い言ったのだったが・・・。
「OK! じゃあ、これは俺と神様からの愛の鞭だ!!」
やっぱり彼は殴り掛かってきた! しかも笑みを浮かべ・・・。
だが・・・。
「待ちなさい!」
と、言い終わる前に、姫野ちゃんはリーダーと僕を引き離していた。
いや、突き飛ばしていた、リーダーを。
「なっ!」
目をパチクリしながら彼女とリーダーを見つめる子分。 そして僕。
「あなた達、弱い物虐めはいけないでしょ!」
キッと殺気だった瞳で子分を見る彼女。
でも、弱い物虐めって・・・。 いや、本当の事だけど・・・さ。
「なめやがって・・・くそっ!」
そう言って突き飛ばされたリーダーは立ち上がった。
だけどそのまま彼らは行ってしまった。 舌打ちはしてたけど。
「待ってよ!」
後ろから姫野ちゃんの声がする。 あれほど言ったのに。
「嫌だよ。 僕はあそこに行く!」
そう、僕は引かれていた。 あの洋館に。
もうこれ以上彼女に迷惑を掛けられない。
それに、これじゃあ、いつまで経っても姫野ちゃんに告白が出来ないから・・・。
でも、虚弱な僕に出来ること。 それは自分の本能が言っていた。
『あの洋館に行け』・・・と。
「何で?! 何で?!」
そう言って、何とか僕を引き止めようとする姫野ちゃん。
こういう時は、ちょっとだけ彼女の事が嫌いになる。
「あそこには、僕の求める「力」がある」
「ちから?」
そう、彼女は不思議そうに僕を見つめる。
「そう、「力」が」
彼女をも守れる力がある様な気がする。 いや、絶対ある。
そう信じきっていた。 この時点では。
・・・確かに「力」はあった。
でも、それは目覚めさせてはいけない力、
手に入れてはいけない力だった事に気が付くのは、まだまだ先の話だった・・・。
「待ってよぉ〜」
この時の妙な彼女の声も耳に入らず、
僕は、ただただあの洋館へと足を運んだのだった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手