第3話 「結合」
「御婆さん! その契約、させて下さい!!」
僕は、御婆さんの差し出した古ぼけた契約書を手に取り、
今までに心の中に溜まった自分の無力さ、弱さ、
そして大好きな彼女、神崎姫野ちゃんへの思いを込め、
力一杯に自分の名前を書き込んだのだった・・・。
僕の名前は、有村真(ありむら まこと)、来年受験を控えた中学3年生だ。
そして、今この怪しげな洋館に一緒に入って来た彼女、
神崎姫野(かんざき ひめの)ちゃんも、僕と同じ学年。
つまり、僕たちは同級生。 そして、幼馴染でもある。
そんな彼女は、「神は人間に才能を二物与えない」という言葉をアッサリ否定している。
テストをすれば学年トップ、体育の成績も優秀で、
100メートル走の校内記録もついこの前に更新したし・・・。
それに引き換え、僕なんか彼女とは正反対。
テストをすれば学年ブービー、
体育の成績は反復横跳び(3本線の上をピョンピョン飛ぶやつね)が
「よく出来たでしょう」ぐらいで、後は全然駄目。
しかも、何故か僕はいじめっ子に絡まれる。
今日ここに来る時も絡まれたばっかだし・・・。
そんな僕を、姫野ちゃんは助けてくれる。
僕がまだ小さい時、近所に飼われてた大きな犬に僕が追っかけられた時、
小学校に入学した僕が、緊張してお漏らしをしてクラスの友達に笑われた時、
そして、中学に入って好きな女の子(姫野ちゃんじゃなく)が出来、
その彼女にラブレターを出そうとし、それをいじめっ子に大きな声で読まれた時・・・。
いつも姫野ちゃんは僕を助けてくれた。
「ほら、もう犬さんはいないよ?」
そう言った泥だらけの笑顔の彼女。
「ほら、こっち来てズボンを脱いで。 洗ってあげるから」
笑いの渦に怒ってから、そう言って僕の手を引いてくれた彼女。
「ほら、ラブレター。 ちょっとくしゃくしゃになっちゃったけど、取り返したよ。
さっ、また読まれないうちに、早く渡して来なよ!」
そう言って、少し残念そうな、だけど笑みを浮かべて僕の背中を叩き、
握り潰されたラブレターを取り返してくれたのも彼女だった・・・。
僕が彼女を好きになったのは、多分この頃ぐらいだと思う。
いつも僕を助けてくれる彼女。
いつも僕に笑みをくれる彼女。
いつも僕に元気をくれる彼女・・・。
僕はいつしか思う様になった。
「僕は、彼女を守る力が欲しい」
もう嫌だった。 彼女に守られるのが。
もう嫌だった。 彼女に何もしてあげられない事が。
もう嫌だった。 あまりの僕の無力さが・・・。
「僕は、彼女を守る力が欲しい」
そんな思いが・・・今、僕の全てだった・・・。
「これでいいかい! 御婆さん!」
僕は、御婆さんに契約書を突き出し、そして姫野ちゃんを勝ち誇った様に見た。
これで僕は変われる。 これで僕は彼女を守れる「悪魔の力」が得られる。
自身満々だった。 とても満足だった。
「真・・・」
彼女も僕を見つめていた。
でも、その視線は困惑の色に染まっていた。
僕は一瞬戸惑った。 だけど、僕はもう後には引かない。
僕は姫野ちゃんを守れる「悪魔の力」を得られるのだ!
「お客様、後、ご自分の血で捺印をしてもらえますでしょうか?」
御婆さんは少ししゃがれた声で言い、僕に小さなカッターナイフをくれた。
僕は受け取ったナイフで左手の甲をチクっ刺し、出て来た血を右手の親指で取り、
そのまま契約書のサインの上に印を押した。
「有り難う御座います。 これで契約が済みました」
御婆さんは、僕の血がまだ渇かない契約書を受け取り、満足げな笑みで答えてくれた。
「・・・」
隣の姫野ちゃんは、もう何も言わなかった。
僕もそんな彼女を見ず、ただ黙っていた。
「では、これからお客様の欲しい「悪魔の力」をお持ちいたしますが、
一体どのような力を持った悪魔を欲していらっしゃいますので御座いましょうか?」
御婆さんは、トレーに飲み終わったティーカップを乗せ、席を立った。
「ぼ、僕、「力」が欲しいんだ! 誰にも負けない強い力が・・・」
僕は思わず両手を握ってしまった。
もうすぐ手に入る「悪魔の力」、誰にも負けない絶大の力が。
「分かりました。 では、お持ち致しましょう。 大いなる力を宿した悪魔を・・・」
そう言って、御婆さんは裏手の扉から出て行った。
・・・五分後、御婆さんが戻って来るまで、僕たちは終始無言だった。
「遅くなりました。 今お持ち致しました」
そう言う御婆さんの手には、大きなガラス製の筒をさっきのトレーに乗せて持ってきた。
僕はその大きな筒の中身を見てビックリした!
その中には、赤黒くとも青黒くとも見える、太く、力強そうな二本の腕が入っていたのだった。
「これは、天界と魔界を激動の渦に巻き込んだ大悪魔、「ベルセルク」の腕で御座います」
「「ベルセルク」・・・?」
僕が聞いた事のない悪魔の名前だった。
「大悪魔、ベルセルク。 青黒く、硬い皮膚に包まれたその体は人の倍、
頭には二本の角があり、太く大きい腕は大地をも砕いたと言われております」
「・・・」
僕は御婆さんの説明を聞き入ってしまった。
「その昔、まだ人間界と天界、魔界が繋がっていた頃、
人間と天使、悪魔とを巻き込んだ大きな争いがあった時、
数多くの敵、そして味方を嬲(なぶ)り殺したと言われる大悪魔の腕で御座います」
そう言って、御婆さんは筒の蓋を開け、中の腕を取り出した。
「っ!!」
その取り出された腕を見て、姫野ちゃんは声にならない悲鳴を上げ、気絶してしまった。
「ひ、姫野ちゃん! 大丈夫?!」
僕は彼女をさすってみたが、とても起きる様子ではなかった。
だからあれ程僕一人で行くって言ったのに・・・。
そして、僕は御婆さんが取り出した二本の腕を見てみた。
その二本の腕、大悪魔、「ベルセルク」の腕は、僅かにピクピクと脈を打っていた。
「こ、これって・・・生きてるの?」
「もちろんで御座います」
またもや淡々に答える御婆さんは、その二本の腕をテーブルの上にゆっくり置き、
僕に問い掛ける様に言った。
「この悪魔、「ベルセルク」の力、これを手に入れますか?」
そう言う御婆さんの顔が、一瞬、不気味に笑う魔女の様に見えた・・・。
この時僕が拒否すれば、
これから巻き込まれる数々の災難に見舞われる事も無かっただろう・・・。
だが、僕は拒否しなかった。
「御婆さん、僕・・・彼女を守りたい。 彼女を守る力を手に入れたい!」
そう言って、僕はテーブルの上に激しく手を置いた。
「僕に、僕に力を下さい!!」
その答えに、御婆さんはゆっくりと立ち上がった。
「では、これからこの悪魔の力をお客様にお渡し致しますので、
お立ち願い、両手を前に伸ばしてもらえますか?」
僕は緊張しながらも席を立ち、御婆さんに向かって両腕を伸ばした。
すると・・・
「では、いきます!」
そう言って、御婆さんはどこからか出した大きな鎌で、僕の両腕を切断した!!
「うわぁーー!!!」
僕は奇声を上げた!!
僕の腕が! 僕の両腕が、肘の上からスッパリと落とされたのだ!!
ボトリと落ちた僕の両腕。 でも、不思議と痛みは無く、そして血も出なかった。
「これで、お客様のひ弱な腕を頂きました」
僕の驚き様に、クスクスと笑う御婆さん。
だが、そんな僕の驚き様にも目もくれず、今度はテーブルの上の「ベルセルク」の腕を取った。
「この腕で、お客様の人生は変わります。 この素晴らしい悪魔の力で・・・」
そう言う御婆さんの行動を、僕は只々見つめていた。
僕の腕の断面に、「ベルセルク」の腕の断面がゆっくりと合わさる。
そして・・・結合された。
その瞬間、僕の腕、そして頭の中を何かが通り抜けた様な気がした。
「・・・結合・・・終了・・・です」
低く、唸るように言う御婆さんの声に、僕は震えた。
それは、力を得た事による武者震いか、
それとも、この一環とした奇妙な光景を目にした事によって、
僕自身、無意識に恐怖した為だったかは分からなかった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手