TOPに戻る

 

 

第7話 「彼女」



僕は、ただ、彼女を守りたかっただけなのだ・・・。
僕は甘かったのだろう。
本当に甘かったのだろう。
本当に弱虫だったのだろう。
でも・・・僕は悪魔には成りたくは・・・ない。
でも・・・僕は人殺しには成りたく・・・ない。

グイグイと僕の首を締め上げる腕、「マキュール」
ダランと床に置いている僕の腕、「ベルセルク」
そんな情けない僕の様子を見て楽しみながら、
阿久津と言われた男はまた高らかに笑い始めたのだった。



・・・僕は一体どうすれば良いのだろう。 




「真ちゃん、何してるの?」
急に誰かの声が聞こえた。
それは、とても懐かしく優しい声・・・。
「僕? 僕、絵本を読んでるの」
そう、僕は家のベランダで絵本を読んでいたんだった。
「絵本より、わたしと一緒にお外で遊ぼうよ。 ほら、いい天気だから」
それは、とても暖かく澄み切った声・・・。
その声の主の彼女は、日の光に負けない輝かしい笑みで僕の手を引っ張った。
「待って! 待ってよ!」
僕が転びそうな程の勢いで手を引っ張る彼女は、いつもいつも元気だった。
いつもいつも僕と一緒にいた。 いつもいつも一緒にいられると思っていた。

でも、それは違った。

僕と彼女が成長する度、僕は彼女との
言いようの無い「差」を感じていた。
それは「学力」だったのかも知れない。
それは「体力」だったのかも知れない。
それは「美力」だったのかも知れない・・・。

僕はいつも彼女といたかった。
僕はいつも彼女に引っ張られていた。
僕はいつも彼女の後ろだった・・・。

「彼女を超えたい」
いつからそう思うようになったのだろう・・・。
「彼女を守りたい」
いつからそう思うようになったのだろう・・・。
「彼女と生きて行きたい」
いつからそう思うようになったのだろう・・・。



僕は泣いていた。
それは、とても熱い涙。
それは、とても大粒の涙だった。
「なんだこいつ? 泣いてやがるぜ?」
僕の失いつつある意識の中に、僕の首を締め付ける男の声が聞こえた。
今、僕が見ていた光景。 あれが走馬灯ってやつだったのだろうか。
僕は死ぬのだろうか・・・。
不思議と「死」への恐怖は無かった。
それより、彼女と同じ人生が進めない事の方が怖かった。
「お? 腕が元に戻ったな? おし、後少しだな」
男の声がそう言った。
僕は自分の腕を見た。
確かにそこには「僕の腕」があった。
「悪魔の力」を持つ腕ではなく、何の力も持たない「僕の腕」があった。
多分、「マキュール」と言われた悪魔が僕の精気を吸い取っている為だろう。
でも、今の僕にはどうでも良かった。
僕は「悪魔の力」を手に入れたが、結局何も変わらなかった。
所詮、僕には必要の無い物だったんだな。
『さよなら、姫野ちゃん・・・』
僕は、死を覚悟した。
だが・・・。



「ま、真っ!」
それは、弱々しくもハッキリとした声だった。
「あん? 誰だ?」
不意に背後から聞こえた声に、男は反応を示し振り返った。
「真には・・・手を出さないで・・・」
その声は、弱々しく、でも一歩づつこっちに近づいてくる姫野ちゃんのものだった。
「ほう、これは驚いた」
「真・・・」
痛々しく見える姫野ちゃんに、男は興味の視線で見つめていた。
お腹を苦しそうに抱えながら、姫野ちゃんは一歩づつ僕の方にやって来る。
でも、そんな彼女に僕は何も言えなかった。
「彼女、もしかしてこいつを助けたいのか?」
「・・・」
姫野ちゃんは何も言わず近づいてくる。

姫野ちゃん、もう無理をしないで!
君はもう寝ていて!
姫野ちゃん、もうこっちに来ないで!
君も殺されちゃう!

僕は心の中で精一杯大きな声で叫んだ。
でも、彼女はやって来る。
いつも僕を助けてくれた、あの時と同じ瞳で・・・。
「よし、じゃああんたの精気も吸わせてもらうか」
え? 何? 今何て言ったの?
僕は自分の耳を疑った。
でも、それは間違いで聞こえた声ではなかった。
男は空いていた右手を、近づいてきた姫野ちゃんの白い首に巻きつけたのだった!
「あ・・・」
急に首に巻きついてきた「何か」に、姫野ちゃんはただ呆然としていた。
「さあ、マキュールよ! この女もあいつの様に吸ってやれ!!」
「ふん」
マキュールは不機嫌そうに頷いたが、命令を無視する気はなかったようで、
僕の時を同じように青白い眼を光らせ、姫野ちゃんの精気を吸い始めた。
するとどうだろう。
姫野ちゃんの顔色が、まるで貧血でも起こし始めた様にどんどん青ざめていくじゃないか!
その青ざめ方は、僕の比じゃなかった。
多分、僕には「悪魔の力」が備わっていた分、精気の量が多かったからだと思う。
でも、
彼女はただの人間。 ただのか弱い女の子だ。
「ま、真・・・」
苦しそうに、でも、彼女はまだ僕の事を助けてくれようと手を伸ばしていた。
だが、そんな彼女も長くは持たなかった。
「落ちたか」
男は、ダランとした姫野ちゃんの手を見て笑った。
「阿久津よ、やはり精気は若い女の方が美味いのぉ」
そう、彼女に巻きついていた悪魔は、男と一緒に笑い始めた。
ブチン!!
その光景に、その笑い声に、僕の頭の中で何かが切れたのが聴こえた。
僕は思いっきり僕の首に巻きついている悪魔を握り潰そうとした。
「おお? お目覚めか?」
両手に獲物を得た男は、笑みを浮かべながら僕を見た。
「無理無理、精気をそんだけ吸われて立ち上がったやつはいないからな」
でも、僕は止めなかった。
そんな瞬間だった。 彼からの声か聴こえてきたのは。

『力が欲しいのか』

一瞬、誰の声か分からなかった。
目の前の男の声ではなかった。
マキュールと言われた悪魔の声でもなかった。
でも、それは確かに僕の耳に聴こえてきた。

『力が欲しいなら、我を呼ぶがよい。 我が力を貸そうではないか』



それが、彼との始めての呼応だった・・・。



To Be Continued・・・



最初にもどる


神の左手 悪魔の右手