第8話 「呼応」
「落ちたか」
男は、ダランとした姫野ちゃんの手を見て笑った。
「阿久津よ、やはり精気は若い女の方が美味いのぉ」
そう、彼女に巻きついていた悪魔は、男と一緒に笑い始めた。
姫野ちゃんが・・・
姫野ちゃんが僕を助ける為に・・・
僕を助ける為に犠牲になるなんて・・・。
高らかに笑う二人の声に反応して、僕の頭の中の何かが切れる音が聴こえた。
ブチン!!
僕は思いっきり力を込め、首に巻きついている悪魔を握り潰そうとした。
だが、僕の今の握力では大した効果も無く、ただ男の関心をかっただけだった。
「おお? お目覚めか? 」
男は敗者を見下す目で僕を見る。
「無理無理、精気をそんだけ吸われて立ち上がったやつはいないからな」
でも、僕は止めなかった。
そんな瞬間だった。 彼からの声か聴こえてきたのは。
『力が欲しいのか』
一瞬、僕と姫野ちゃんを苦しめている男の声かと思ったが、
目の前の男もマキュールと言われる悪魔も、僕をあざけ笑っているだけだった。
・・・でも、それは確かに僕の耳に聴こえてきた。
『力が欲しいなら、我を呼ぶがよい。 我が力を貸そうではないか』
今度は更に大きく、広がりのある声で僕に問い掛けてきた。
幻覚? いや、この場合空耳か。
でも、確かにその声は僕に問い掛けてきていた。
「力」・・・、そう、僕は力が欲しかった。
姫野ちゃんを守る「力」、
姫野ちゃんを助ける「力」、そして・・・。
僕は顔を上げ男の顔を見た。
憎い、憎かった。 彼女を傷つけた、この男が憎かった!!
『そう、僕の首を締め付ける悪魔を倒す「力」が欲しい!!』
僕は心の中で叫んだ。
それは独り言の様に叫んだのか、
それともさっきの声の問いに返した言葉かは分からなかったが、
そんな僕の言葉に、もう一度さっきの声が問い掛けてきた。
『なら我を呼べ。 我はお前に力を貸そうではないか』
「力」・・・。
そうだ! 僕は「力」が欲しかったのだ!!
そして・・・僕は「力」を得たのだ!
そう、その「力」の名前は・・・
「ベルセルクよ!! 僕に、この僕に力をくれ!!!」
僕は叫んだ。
姫野ちゃんを助ける為に。
目の前の男を倒す為に。
「悪魔の力」を得る為に。
そして・・・
ドクン・・・
急に僕の視界が真っ黒になり・・・
ドクン・・・
何処からか誰かの鼓動の音が聴こえてき・・・
ドクン・・・
この僕を大きく包み始めた。 そして・・・
ドクン・・・
彼はイキナリ僕の目の前に現れたのだった。
・・・我の名はベルセルク。 力を司る者・・・
その声は僕を包み込んだ。
・・・我の名はベルセルク。 全てを破壊する為に生まれた者・・・
その姿は僕を更に大きな闇で覆い被さった。
・・・我の名はベルセルク。 全ての裏切り者を殺し尽くす復讐者なり・・・
その鋭く光る赤い目が、僕の心をも飲み込んだ・・・。
「ぅうわぁあああーーー!!!」
僕は言葉にならない声で叫んだ。
それは僕の心の叫びを表すようだった。
そして、その心の叫びに反応し、僕の腕に力が戻ってきた。
「こ、こいつ、まだそんな力が?!」
精気を吸い取られていた弱りきっていた筈の僕の様子の急変に、
男は驚き、慌てふためいた。
だが、そんな男の態度をよそに、
僕の腕には胸の内から溢れ出す力によってみるみるうちに変化する。
「大悪魔、ベルセルク」の腕に!!
「はぁあ!!」
僕は力一杯にマキュールの腕を握り締める。
そして、苦しむ声と表情をした悪魔を・・・そのままブッタ切った。
「ぎゃぁーーー!!!」
ボトリと鈍い音を立てて落ちた悪魔マキュールの姿を見、
男の表情も凍りついた様にひきつかせた。
僕の手に引き裂かれた腕からは大量の青い血が流れ、
床に落ちた悪魔は小刻みに震えていた。
「こいつ、マキュールを握り潰しやがった!!」
男は腕が切れた痛みに耐えるように呟く。 その表情にはもう余裕の笑みはなかった。
僕は立ち上がった。
その様子に、男が後ずさりする。
「あ、う・・・」
痛みの為か、恐怖の為か、声にならない言葉を言いながら、
男はまだ残っている右手に抱えた姫野ちゃんを床に放した。
僕は男に向かって歩きだした。
「ま、まて! 女は放した! 大丈夫だ、ちょっと精気を・・・」
そこまで言って、男の口は言葉を止めた。 ベルセルクの拳によって。
「ぐっ!!」
殴られた男は弧を画きながら転落防止用の金網に引っかり、
そのままコンクリートの床に叩きつけられた。
だが、彼にとってこれは逆に不運といえ、
実はそのまま地面に叩きつけられた方が「まだ」マシだったのではないかと思う。
しかし、男は転落から救われた「幸運」にすがっていた。
そんな歯の折れた男の口からは、ダラダラと赤い血が流れている。
心を悪魔に売っても、体までは売ってなかったようだった。
「すまなかった! 許してくれ!」
痛みに堪えながら残った右腕で土下座をしながら誤る男の下に、
僕は憎しみの炎を心の内に燃やしながら近づいて行った。
もちろん僕は男を赦す気などなかった。
彼女を傷つけた代償はとってもらわなくてはならない!
僕は、その為に「悪魔の力」を得たのだから。
「赦してくれぇー!!」
さっきまで僕を見下していた態度の面影は、もう残っていなかった。
「もう何もしない! もうお前のソウルスターなんかいらないから赦してくれぇー!」
精一杯の声で誤る男に、僕は見下すように立ちはだかった。
「いや、お前は赦さない。 お前は彼女を傷つけた。
それだけでお前を殴る理由は充分だ!」
「ごめんなさい! もう彼女にも何もしませんから」
だが、僕は男を殴る為に腕を振りかぶる。
しかし、男はその瞬間を逃さなかった。
「行け、マキュール!」
仁王立ちする僕の足に向かって、男は悪魔に反撃を命令し、
それを聴きうけたマキュールは素早い動きで僕の足に噛み付き、
さっき同じように僕の精気を吸い取り始めた。
「よし! よくやった、マキュール!」
男の顔から恐怖の表情が消えたが、口元には赤い血が残っていた。
「また精気を吸い取ってやれ!!」
男の喜びの大声に、マキュールは更に僕の精気を吸い取ろうとした。
・・・だが、それがマキュールの最後の行動に終わった。
「はあっ!!!」
僕は噛み付かれた足に気合いを入れる為、大きな声を上げた。
その号令によって、足に噛み付いていたマキュールの体に、
僕の中の溢れんばかりの「悪魔の力」を含んだ精気が大量に流れこんだ。
ズパン!!
まるで安物のゴム風船が破裂した様な音を立て、
僕の大量の精気を吸い取った悪魔、マキュールは破裂し、
その腕跡には、名残惜しそうにボロ布の様な皮膚だけが残っていた。
「は、は、は・・・」
男は笑っていた。
だが、それは今までの高笑いではなく、とても渇いた笑い声だった。
「これは僕の痛み!!」
マキュールの噛み付いた痛みなど感じなかった僕は、
お返しに男の首を持ち、そのまま強引に立ち上がらせ喉を握る。
「ががぁ!!」
息が出来ない苦しみと、締め付けられる痛みを同時に味わう弱々しい男の行動と、
その男を高らかに掲げる僕の力強い行動。
それは、ついさっきまで繰り広げられていた光景と同じだった。 立場は逆転していたけど。
「そして、これは姫野ちゃんの痛みだぁーー!!」
僕は思いっきりの力を込めて男を殴った。
鈍い衝撃が腕に伝わる。 それが全身に伝わった時、男は壁に叩きつけられていた。
そこは、偶然にもさっき僕の上に乗っていた不良の仲間が叩きつけられた所と同じ場所だった。
グッタリとした男は、もう動かなかった。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手