第11話 「交差」
「待ってよ!」
雨の降る道をそそくさと歩く姫野ちゃん。 それを追う僕。
普段の彼女なら、決して僕を置いて行くスピードで歩く事は無かったのだが、
今日の姫野ちゃんは違って、そそくさと僕をの先を歩いて行ってしまう。
その訳は何となく分かっていた。
それは、あの日の出来事の為だと思う・・・。
あの日、僕が姫野ちゃんを屋上に呼ばなければ、
不良グループの虐めに巻き込まれたのは僕だけで済んだ筈。
そして、あの阿久津と言われた男と、マキュールと男が呼んでいた蛇の様な悪魔の腕との、
まるで漫画やTVアニメの中から出てきたような人達とも合わなかったのだ。
あげくの果てに、彼女には嘘を言って騙してしまった。
それ以来、彼女は僕に冷たく当たるようになっていたのだが、
これは自業自得と言われても仕方の無いことなのかな?
だけど、本当は僕だって嘘をつきたくなかった。 真実を言いたかった。
言わないと、僕も怖かったから。 とても怖くなってしまったから・・・。
でも、彼女には知ってほしくなかった。
「この僕の腕が、悪魔の腕と入れ替わってしまった」という事実を・・・。
「いらっしゃいませ」
僕と姫野ちゃんは、駅前の喫茶店に入った。
「ご注文は?」
「私、ホットココアーを」
メニューを見ないで注文する彼女の声は、相変わらず低いトーンだった。
「僕も同じ物を下さい」
彼女に合わせた訳ではないんだけど、僕も声が低くなってしまった。
「ホットココア2つですね?」
「はい」
笑顔で対応するウエイターと対照的に、片言で答える姫野ちゃんは、
ウエイターを見送ると早速話の本題に入った。
「真、あの日の出来事、覚えてる?」
真剣な眼差しで見る彼女に、僕は思わず視線を交わしてしまった。
「あの・・・不良に襲われた時の事?」
「そう」
「一応・・・覚えてるけど」
僕は心臓の鼓動が早まっていくのを感じ取っていた。
「あの日、私、見たんだ」
「え?」
僕はその言葉に驚いて、思わず彼女を見返してしまった。
「な、何を見たっていうの?」
「真が、知らない男の人に首を絞められていたところ・・・」
僕の動揺する姿が、彼女の瞳に綺麗に映っていた。
「あ! あれ! 大丈夫だったよ?!」
僕は額に流れる汗を拭きながら、一口水を飲んだ。
「あの後、僕の首を絞めた男と不良達が喧嘩になってさぁ〜!
そんでもって、殴る蹴るの大格闘! 僕は止めようとしたんだけど、
姫野ちゃんの事が心配で、ただただ見てたら共倒れになって・・・」
僕は必死に事実を隠そうと、シドロモドロになりながらも話を続けていると・・・
「ホットココア、お持ちいたしましたが・・・」
注文したホットココアを持ってきたウエイターが、僕のことを不思議そうな視線で見ていた。
「あ、ありがと!」
僕は慌てて受け取って姫野ちゃんに渡したが、彼女は終始無言だった。
「ごゆっくりどうぞ」
「はい・・・」
赤くなった僕の顔を見て、笑いを堪えながら下がるウエイターを見送った僕と姫野ちゃんは、
とりあえず運ばれたホットココアで一息をついた。
「美味しい」
「え?」
さっきとはうって変わって、姫野ちゃんの表情に笑みが浮かんでいた。
声はのトーンはまだ低かったけど。
「覚えてる? 昔、一緒に飲んだホットココアのこと」
「えっと・・・」
僕は、昔の記憶を探ってみた。
それは、僕と姫野ちゃんがまだ知り合って間のないある夏の日だった。
当時から男勝りの姫野ちゃんは、
そのあまりの活発さから近所の子供達との仲が上手くいかず、
その結果、近くの公園に住んでいたノラ猫と遊ぶ毎日を送っていた。
そんなある日、遅れた梅雨空の大雨が、姫野ちゃんの唯一の友達だったノラ猫を襲い、
もともと彼女からの餌しか食べていなかった事も重なって、病気なってしまった。
どんどん弱っていくノラ猫に、彼女は暖かいミルクを与えたり、
柔らかいタオルで濡れた体を拭いてあげていたのだが、
彼女の看病も虚しく、ノラ猫の病状は回復をしていかなかった。
困り果てた彼女は、ついに他人の手を借りようとしたのだが、
可愛そうな事に、彼女に手を貸そうとする人は誰一人いなかったのだった。
両親は仕事、友達はいない、自分はただ見守る事しか出来ない・・・。
困り果てた彼女は、雨の降る中、とうとう泣き出してしまった。
そんな時だった。 僕が光にーと一緒に彼女の前に現れたのは。
「どうした」
この当時から生真面目と言うか、無愛想と言うか、
とにかく目下の者を見下した態度で接した光にーは、
泣き崩れる姫野ちゃんの頭の上に手を乗せて話し掛けた。
「猫が、猫が病気で・・・」
彼女の言う言葉は最後まで聞き取れず、
結局、僕と光にーは彼女とノラ猫の表情から状況を察するしかなかった。
「病気なのか。 じゃあ、病院に連れて行こう」
そう言うと、光にーは床でうずくまるノラ猫をひょいっと抱きかかえ、
一人でさっさと歩いて行ってしまった。
「僕達も行こうよ!」
そう言って、僕は涙目で光にーを見る姫野ちゃんの手を取り、病院へと向かったのだった。
幸い、ノラ猫の病気は注射一本で回復し、雨の止んだ空から夕日が見えた時には、
スヤスヤと寝息を立てるぐらいまでに回復していたのだった。
「これ、飲みなよ。 体、冷えちゃったでしょ?」
雨と涙で汚れた彼女に、僕は暖かいココアを差し出した。
「あ、ありがと」
その時、彼女の頬は赤く染まっていた。
それは、沢山沢山泣いたからなのか、それとも照れたせいなのかは今でも分からないけど。
「私、後でオバサンに聞いたんだけど、
あの時にくれたココアって、光一兄さんがくれたんだって?」
暖かいココアから匂う甘い香りと、姫野ちゃんの昔と変わらない優しげな声を聞き、
僕は現実の世界へと帰ってきた。
「あ、あれね」
僕は照れを隠す為に、頭をかきながら窓の外を見た。
「あのココア、光にーが、「これ、あいつにやれ」って、怖い顔で渡してきたんだ」
僕もあの頃の思い出を懐かしく思い出しながら、ココアを一口飲んだ。
「多分、光にーは照れてたんだよ。 姫野ちゃんにココアを渡すの」
「ふふ、そうだね」
そう、笑顔で答える彼女の表情から、急に笑みが消えた。
「私、あの時真と光一兄さんに出会わなければ、今の自分っていなかったと思うの」
まだ湯気の立つココアを見つめながら、姫野ちゃんは思いつめるように言った。
「だから、真が何か困るような事があったら、隠さずに言って欲しいの。
私も出来る事なら真の力になりたいから・・・」
彼女の瞳には、何かを隠そうとしている僕の表情が映っていた。
力になりたいから・・・
それは、僕の言葉だった。
彼女に迷惑を掛けっぱなしの僕は、彼女に守れらないような強い力が欲しかった。
いろんな事から彼女を守る力が欲しかったのだった。
だが、僕が手に入れた力は、彼女を守る力ではなかった。
それは、「人殺しの出来る力」であった。
そんな最低の力、僕は彼女には知られなくなかった。 知って欲しくなかった。
だから嘘をついてまで黙っているのだ。
そんな僕に、彼女は「力になりたい」と言ってきたのだ・・・。
でも・・・
「大丈夫、本当に何にもないから」
今度は動揺せず、サラッと自然に言葉が出た。
これが彼女の問いに対する、僕のとった精一杯の行動だった。
だがしかし、その言葉に彼女は僕を見つめ、そして、私って信用ないのね、と、言った。
「そ、そんな・・・」
僕は黙ってしまった。 失敗だっただろうか。 でも・・・。
「ごめんなさい、こんな話して」
そう言って、姫野ちゃんは急に立ち上がってレジに向かった。
「姫野ちゃん!」
慌てて追いかけようと、僕も席を立ち彼女の後を追った。
「有り難う御座いました」
営業スマイルで姫野ちゃんを見送るウエイターの横を、僕はうざったそうに避ける。
「姫野ちゃん! 雨で濡れちゃうよ?! 待ってよ!」
僕はここまで差してきた傘を手に取り、
まるで僕から逃げるように店を出た彼女を追って外に出てみると、
そこには意外な人物が姫野ちゃんに傘を掲げて立っていたのだった。
「こ、光にー・・・」
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手