第12話 「疑問」
「私、あの時真と光一兄さんに出会わなければ、今の自分っていなかったと思うの」
まだ湯気の立つココアを見つめながら、姫野ちゃんは思いつめるように言った。
「だから、真が何か困るような事があったら、隠さずに言って欲しいの。
私も出来る事なら真の力になりたいから・・・」
彼女の瞳には、何かを隠そうとしている僕の表情が映っていた。
でも、僕は彼女に本当の事を言えなく、ただ一言しか言えなかった。
「大丈夫、本当に何にもないから」
これが彼女の問いに対する、僕のとった精一杯の行動だった。
しかし、その僕の言葉は、言葉の持つ意味とは裏腹に、
彼女にとっては残酷な意味として捕らえたらしい。
つまり、「僕は君を必要してないよ」・・・と。
「ごめんなさい、こんな話して」
そう言って、姫野ちゃんは急に立ち上がってレジに向かった。
「姫野ちゃん!」
慌てて追いかけようと、僕も席を立ち彼女の後を追い店に出ると、
そこには意外な人物が姫野ちゃんに傘を掲げて立っていたのだった。
「こ、光にー・・・」
「光一兄さん!」
「濡れるぞ」
光にーの登場に、僕も姫野ちゃんも驚き、どうしてここに居るかを聞いてみると、
光にーは丁度学校帰りの途中だったらしく、雨の降る表通りを家に向かって歩いていた。
そんな時、バッタリ姫野ちゃんが出てきたので、何気なく傘を差し出したのだ、と、いう事だった。
僕の兄、有村光一(ありむら こういち)は、僕の3つ上の高校3年生で、
姫野ちゃんに負けない程の高身長、高成績、スポーツ万能。
そして、芸能人とも見間違える程の美形だった。
そんな兄だったが、唯一の欠点とも言える事があった。 それは・・・
「真、お前、また姫野に迷惑を掛けたのか」
「あ、いや・・・痛っ!」
ちょっとムっとした表情で、光にーは僕の頭をゲンコツで叩いたのだった。
そう、このすぐに僕を叩く行動と・・・
「姫野も姫野だぞ、こいつを甘やかすから、すぐにお前を頼ろうと・・・」
そして、この父親譲りのすぐに説教をする性格が欠点だった。
「行くぞ」
「え?」
光にーは僕の驚く顔をよそ目に、姫野ちゃんと二人でさっさと歩いて行ってしまった。
一人残された僕は、姫野ちゃんと光にーがあまりに似合い過ぎる恋人に見え、
一瞬、後を追うか迷ってしまった・・・。
「真、お前、悪魔とかの話って得意だったな」
今まで大した会話の無かった僕達だったが、光にーが不意に思い出したように言った。
「ま、まあ」
僕は喫茶店での会話を思い出していた。
何で光にーはそんな事を急に聞いてきたのだろう。
僕はちょっとだけ戸惑ってしまった。
「でもどうしたの? そんな事に興味なんて、今までなかったけど?」
僕は自分の戸惑いを隠す為、逆に光にーに質問してみた。
「なに、俺のクラスの女達が騒いでいた話を聞いたのだが、
何でも「悪魔の力」を得られる洋館が近くにあるらしく、ちょっと興味を持ったものでな」
僕は飛び跳ねる勢いで、光にーの顔を睨んでしまった。
「そ、そんなの嘘だって! 嘘に決まってるじゃん!」
僕は慌ててウワサについて否定した。
だが、光にーは僕の言葉を聞いていないか聞いているのか分からない様子で話を続けた。
「で、俺は今、その洋館まで行って来たのだが・・・」
僕は光にーの言葉一つ一つに、冷や汗が流れる思いで聞き入ってしまっていたのだが、
どうやら姫野ちゃんも同じ思いのようで、彼の言葉に聞き入っている様子だった。
しかし、次に光にーから出た言葉を聞いて、僕と姫野ちゃんはビックリして聞き返してしまった。
「無くなってた」
「な、無くなってた?!」
「無くなってたんですか?!」
「・・・ああ」
僕達の声にも動じず、光にーは淡々と話を進める。
「俺が間違えた場所に行ったのか、それとも、やはりウワサはウワサだったのか、
とにかく俺が聞いた場所には何も無かった」
僕と姫野ちゃんは、二人して見つめ合ってしまった。
その彼女の視線の中には、どういう事?と、聞いているようだった。
「だからな、お前がその話を知っていれば、その場所に連れて行って欲しかったのだが・・・」
「あ、いや、僕知ってるよ! その場所!」
僕は思わず言葉が出てしまった。
そんな僕の言葉を不思議に思ったのか、光にーは僕の方を見、
お前、さっきはウワサを知らないと言ってなかったか?と、
イタズラをした子供を叱るような目つきで僕に言った。
「あ、い・・・いや、今、思い出したんだよ」
僕はかなり苦しい言い訳で返したのだが、
光にーはそんな僕の弁解より、今思い出したと言う話の続きの方を聞きたい様子だった。
「えっとねぇ〜」
僕は光にーの怖い視線を交わす為、ちょっと考えるふりをしながら言った。
「じゃあ、今からその場所に行こうか?」
その言葉に、姫野ちゃんが何かを言おうとしたが、
それより早く光にーが足を止めた。
「よし、真、案内してくれるか」
普段あまりこの手の話に興味が無い光にーだが、これ以上僕を突き止めようとすれば、
今までの経験からして、恐らくいらない事までも喋ってしまいそうだったので、
これ以上光にーに突き止められない為に、
僕は内心焦りながら早々と二人を案内したのだった・・・。
「何処だ、真?」
「あ、あれ?」
僕達は、確かにあの洋館跡地にやって来たのだった。
だが、そこには光にーが言った通り、「何も無かった」のである。
「お前、やはり知らないのじゃないのか?」
光にーの顔つきが、徐々に怒っている表情に変わっていく。
「ち、違うよ! 確かにここでいいんだよ!」
僕は慌てて弁解する。 しかし、光にーは明らかにこの僕を疑っていた。
確かにここで間違いはなかった。
が、この場所には、あの「悪魔の力」をくれた御婆さんのいた洋館は跡形も無く、
ただ広い空き地に6月の長雨に打たれて水溜りが出来ているだけであった。
光にーの突き刺さる視線が痛い。 そんなに期待していたのだろうか?
僕はそんな視線から逃げるように、空き地の中に入りたたずんでみた。
あの時、僕は心の中に目覚めた「何か」によって、あの洋館に導かれた。
だが、今はあの時の「何か」は感じられなかった。
やはり、この場所ではなかったのだろうか?
そんな僕の様子を、光にーと姫野ちゃんは見つめていた。
しかし、その二人の視線の意味はことなっている様に見えた。
姫野ちゃんは僕に同情する様に。
そして、光にーは何かを思い立った様に・・・。
「もういい、雨も本降りになってきたしな。 家に帰るぞ」
「・・・」
雨の強くなってきた中、光にーは僕達に背を向け、一人さっさと帰ってしまった。
しかし、何かやり切れない気持ちのままの僕は、
その洋館跡地で長く雨に打たれたのだった・・・。
次の日、僕は鉄男くんもあの洋館に行くと言っていたことを思い出し、
学校で聞いてみようと登校したのだが、
彼のクラスに行ってみると、鉄男くんは珍しく休みだということだった。
「そう、ありがと」
僕は教室を出て、自分のクラスに戻り考え込んでいた。
何故あの洋館は無くなったのだろう。
光にーも聞いた、あのウワサの為? 普通に考えればそうだろう。
だって、あの御婆さんも言っていたじゃないか。
「悪魔と契約する為には、契約書が読めなくてはならない」、と。
とすると、誰かれ構わず来られては、御婆さんも迷惑だと思って、
別の場所へと店を移動したのではないだろうか?
う〜ん、そうとも考えられる。
しかし、なんか愕然としなかった。 あまりにありきたり過ぎて。
じゃあ、何故洋館は無くなったのか・・・。
元々、あの洋館は選ばれた人にしか見えないとか?
でも、それじゃぁ〜ウワサになるってことも妙だし・・・。
そんな堂々巡りの考え事を幾度としていると、既に放課後になっていたのだった。
「真、まだあの洋館の事を考えているの?」
その問い掛けは姫野ちゃんだった。
「うん、何か・・・ね」
「やっぱ、あれは夢だったんだよ」
よほどあの時見た「ベルセルク」の腕が気持ち悪く、怖かったのだろう。
どうしても彼女は認めたくないようだ。
「・・・」
僕はそんな彼女の事を無視し、更に考えてこんでみる事にした。
すると、姫野ちゃんの掛けてきたタイミングが丁度良い刺激になったのだろうか、
僕は一番確信に近い気のする疑問を考えついた。 それは・・・
実はあの洋館、何かとてつもない事に巻き込まれたのではないだろうか?
僕はどうしても確認したい衝動に駆られていた。
そう、この僕が他の「悪魔の力」を得た人に襲われた様に、
あの洋館も力を得た誰かに洋館もろとも消え去られたのではないだろうか?
これが、一番納得がいく答えの様な気がした。
・・・が、しかし、その答えと同時に、更なる問い掛けが僕の頭の中に浮かんできた。
何故あの洋館はあの場所にあったのか。
何故あの御婆さんは、この「悪魔の力」をくれたのだろうか。
何故あの洋館は消えたのだろうか。
浮かんでは消え、一つの疑問を説くと、更に別の問題が浮かび上がる。
もういい加減に堂々巡りにハマッてしまいそうで、僕は頭を抱え込んでしまった。
「ねえ、聞いてるの?」
「え?」
僕は、どうやら姫野ちゃんの言葉が聞こえていなかったらしい。
「あの洋館の事なんか忘れて、早く帰ろうよ」
帰る?
その言葉に、僕はある考えが浮かんだ!
「そうか!」
僕は行きよい良く立ち上がり、姫野ちゃんを置いて教室を出た!
「もう! 真!」
そんな彼女の声など、今の僕には聞こえていなかった・・・。
「はーはー」
僕が息を切らせて洋館跡地にやって来ると、昨日の雨で出来た水溜りはもう無く、
そこには緑色の川原の荒地の一角に、ひび割れて渇いた大地が僕を待っていた。
僕はもう一度辺りの様子をうかがって見た。
そう、確かにこの場所で間違いはなかった。 しかし、やはりあの洋館は無い。
そこは、元々何も無かったかのように静まり返っているだけ。
しかし、僕は確信していた。
あの洋館は、魔界に帰ったのではないだろうか?
・・・これで、また一つ開放されました。 もう少しで全て・・・
そう。 もう少し・・・と。
そんな事をあの御婆さんは、僕が意識を無くす時に言っていた気がする。
そう考えると、多分あの御婆さんは「悪魔の力」を配り終わり、
やっと魔界に帰る事が出来るようになったのではないだろうか?
そして、あの洋館をたたみ終わったと同時に、「悪魔の力」を持つ誰かに襲われた。
それが一番納得がいくような気がする。
元々無かったとか、夢だったなんて理由より・・・。
そう思うと、なんだか急に胸の中がスッキリした僕は、
夕日の沈む空を背に、家に帰ろうと振り向いたのだったが、
そこには鉄男くんが腕を組んで僕を待ち構えていたのだった・・・。
「やはり来ると思っていたぜ・・・。 真」
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手