第16話 「覚醒」
「真! 起きないとやられちゃうのよ! 早く起きなさい!」
必死で僕を起こそうとする彼女の声は、僕の心には届かなかった。
・・・姫野ちゃんがキスを・・・
その言葉は、僕の生き方を、生きる道を照らす輝きを、永久に消す効力を持っていた・・・。
『僕は何をしてきたのだろう。 僕は今、何をしているのだろう・・・』
声も出なかった。
涙も出なかった。
それは、僕が僕でなくなっていく瞬間だった。
「ちぃ! これで終わりだ! 真!!」
いい加減、僕と姫野ちゃんとのやり取りに見飽きた鉄男くんは、
遂に僕にトドメを刺す為、灰色の右手を振りかぶった!
その様子に、姫野ちゃんはまだ諦めずにこの僕を起こそうと頑張った。
だが、そんな彼女の呼び掛けに、僕の繰り返す言葉は只一言。
・・・姫野ちゃんがキスを・・・
そんな僕の態度に、彼女も遂に決めたようだった!
「そんなに私のキスが欲しいなら、あげるわよ!!」
そう言うのと同時に、彼女は僕の唇を奪ったのだった!
薄闇の中、僕と姫野ちゃんはキスをした。
手には僅かな汗と、微妙な震え。
瞳からは一筋の涙が流れ、髪の毛からは心を揺さぶるフローラルの香り。
そして、口元はかすかにしっとりとし、そして柔らかく暖かい接吻(かんしょく)が僕を包んだ。
この瞬間、ここにいる僕達3人の時間は止まってた。
まるで映画のワンシーンみたいに・・・。
「真、起きた?」
その声、姫野ちゃんの言葉は、
時間(とき)の奪われた僕の心の歯車に、生命の息吹を与えた。
「い、今、何かした?」
涙ぐむ彼女の顔に、僕は頬が熱くなるのを感じながら聞いた。
「何もしてないわよ!」
ゴシゴシと、涙ぐむ瞳を擦りながら、姫野ちゃんは僕を起こした。
無論、僕は彼女がしてくれた行為の事は分かっていた。
でも、その事について聞くのは今ではなかった。
そう、今は戦闘中だったのだ。
「お姫様のキスでお目覚めとは・・・。 まるで立場が逆じゃないのか? え? 真」
僕と姫野ちゃんとがキスをした事に、
鉄男くんは怒り狂うわけでもなく、冷静でいるわけでもなく、
只、これから始まる、彼にとって面白い事に喜びを隠せない様子で僕を見つめていた。
「少し下がっててもらえるかな? 姫野ちゃん」
背中越しに見える彼女を下げ、僕は一歩、鉄男くんの前に立ち、
僕は彼との思い出を振り返った。
一緒に遊んだ放課後の日々。
悪魔の話で盛り上がった夜。
そして、悪魔の腕、「ギガンテス」で襲ってくる彼の顔を・・・。
「そんなに僕が憎いの」
その時の僕の顔は、親友の鉄男くんにはこう見えたかも知れない。 「微笑み」と・・・。
「ああ、憎いさ!! お前さえいなければ、
お前さえいなければ、神崎は俺の物になったんだからな!」
逆切れする鉄男くん。 しかし、僕は言葉を止めなかった。
「本当にそうかな」
「なに?」
「本当に僕がいなくなったら、姫野ちゃんは鉄男くんの物になったと思うの?」
僕は両腕を広げ彼に問い掛ける。
「本当は鉄男くんも分かっているんじゃないかな?
「僕がいなくなっても、姫野ちゃんは自分の物にならない」・・・と」
その問いは、鉄男くんの心と体に響き渡った。
「だからこそ・・・、君は泣いているんじゃないの?」
そう、彼はいつの間にかに、恐らく自分では意識せず泣いていたのだ。
「な!」
ハッとした表情になった彼は、自分の頬に流れる涙を灰色の手で拭き取った。
「これは・・・、これは目にゴミが入っただけだ!」
今度こそ怒りの表情で顔を熱くした鉄男くんだった。
そんな彼と、僕は戦いたくなかった・・・。
「もう止めようよ、こんな事」
そう言って、僕は「ベルセルク」の手で彼の肩を優しくつかむ。
「大丈夫、まだ戻れるよ。 だって、僕たちは「親友」じゃないか」
「真・・・」
その表情は、僕の知っている「鉄男くん」の顔だった。 しかし・・・
「うわああああぁーーー!!!」
急に彼の腕、「ギガンテス」が震え出し、
それと同時に鉄男くんは頭を抑えながら苦しみだしたのだった!!
「て、鉄男くん! どうしたの?!」
僕は慌てて鉄男くんの様子を見ようとそばに寄る。
「うるさい!」
「うわっ!」
近づいた僕を、鉄男くんは力一杯弾き返した。
「うるさい! うるさい! うるさい!!!」
頭痛に耐えながら、鉄男くんは何かを否定する様に叫び続ける。
「俺は、俺はお前が憎い!! 俺は、お前が憎いんだぁーー!!」
そう叫びながら、鉄男くんは僕に襲い掛かってきた。
「鉄男くん!!」
振りかぶって来た「ギガンテス」の腕を掴み、僕は彼に呼び掛ける。
しかし、彼は何かにとりつかれた表情で僕を睨みつける。
「俺はお前を破壊する!!」
不意に鉄男くんの腕から力が抜け、僕が前かがみになると、
僕の腹に目掛けて彼の長い足がヒットした!
「ぐはっ!」
5センチ程浮いた僕の体に、今度はあご目掛けて彼の足が伸びる!
しかし、紙一重で交わした僕は、その足を掴み、そのまま前に押し倒す。
「っく!」
背中に走る衝撃に、鉄男くんは思わず声が出る。
しかし、すぐに立ち上がった彼は、更に攻撃を速度を速め襲い掛かってきた。
長く、細い彼の腕、「ギガンテス」は、見た目以上に力強く、
僕の持つ太く青黒い腕、「ベルセルク」でもその乱打の威力に耐えるのは難しく、
少しでも気を抜くと、彼の灰色の腕は容赦なく僕を倒すだろう。
しかも、例え僕が柱などの影に隠れても、
その腕の持つ能力、「物質の強度を変化させる」によって、簡単に柱は破壊されて意味がない。
もちろん、僕の持つ「ベルセルク」の腕力でも、柱を破壊する事など簡単だった。
実際、何度か柱を砕き壊しもした。
しかし、彼が隠れた柱は、彼が持つその手の能力によって柱の強度を硬くし、
いくら渾身(こんしん)の力で殴っても柱を破壊する事は出来なかった。
「もうおしまいか? 真!」
息切れしながら、僕は立ち止まってしまった。
そりゃそうだ。 僕は体力にも自信は無いのだから。
「・・・」
肩で息をする僕を見つめる鉄男くん。 それを見返す僕。
しかし、僕はまだ迷っていたのだ。 彼と戦う事に・・・。
「あんだけうるさく喋っていたのに、もうおしまいなのか?」
「・・・」
彼の言葉に、僕はなんとか姿勢を戻す。
そして、僕は言ったのだった。
「辛かったんだね、君も・・・」
その言葉は、もしかしたら僕自身に言った言葉だったのかもしれなかった。
「僕は辛かったよ。 いつも鉄男くんや姫野ちゃんに助けられて」
僕は、目頭が熱くなるのを感じた。
「だから、僕はもう君達に迷惑を掛けない為に、「悪夢の力」を手に入れたんだ。
だからこそ・・・、僕は君の心の痛みを分かる」
それは、本来今言う言葉ではなかったのだろう。
でも僕は言わずにはいられなかった。 彼の痛みが分かるだけに・・・。
「だからこそ、僕達は戦うべきじゃないと思うんだ。 分かる? 鉄男くん」
やはり僕はまだ甘かったのだろう。
こんだけ争っても、まだ鉄男くんを憎めないのだから・・・。
そんな僕の言葉に彼は更に逆上し、「悪魔の力」を使って近くの柱を無意味に破壊した。
「うるさい!! 俺は! 俺は・・・」
つき伸ばした灰色の右手は握られ、顔は下を向いて黙ってしまった。
「鉄男くん・・・」
そんな瞬間だった!
急に辺りの床が、いや、この廃病院全体がぐらつき始めたのが!!
「な、なに? 地震?!」
その揺れに、僕は一瞬、地震だと思った。
しかしそれが違うと気が付いたのは、鉄男くんの頭上から分厚い天井が落ちてきた時だった!
そう、僕達はこの廃病院の柱を壊しすぎたのだ!
そして、とうとう支えの無くなった天井が、
その自らの重みに耐え切れなって落ちてきたのだった!
しかも運の悪い事に、鉄男くんは天井が落ちてきている事に気が付いていなかったのだ!
「鉄男くんーーー!!!」
僕はとっさに彼を抱きかかえる様に倒れこんだ。
ドスンと、廃病院と僕達の体に激しい衝撃を与え、落ちてきた天井は粉々に破壊された。
そう、鉄男くんのいた場所で。
「だ、大丈夫?! 鉄男くん!」
必死で鉄男くんの状態を確かめる僕に、彼は戸惑いながら答える。
「ああ。 でも、なんで天井が・・・」
「それは、僕達が柱を壊しまくったからだよ」
そのあまりの間抜けな鉄男くんの表情と問い掛けに、僕は苦笑気味に話した。
「なる程・・・な」
「そうだよ、鉄男くん」
僕達は、初めは苦笑気味に、その後、高らかな声で笑った。
それは、ついこの前まで一緒に笑っていた時と同じ笑い方なのに、
僕はとても懐かしく感じたのだった・・・。
しかし、試練好きな神様はまだ僕達を試そうとしていた様で、
更に重そうな残った天井を落とそうと必死になっていたのだった。
「危ない! 真!!」
最初に気が付いたのは鉄男くんだった。
だが、今度は僕にも余裕があり、彼を起こして避けようとした。
しかし、鉄男くんは動けなかった。
「あ、足が・・・」
そう、鉄男くんは僕が突き飛ばした衝撃で、足をひねってしまっていたのだ!
それを狙ってか、いくら力のある「ベルセルク」の腕が頑張っても持てなさそうな、
重く、大きな天井が落ちてきたのだった!!
「うわぁーーー!!」
今度は、駄目かも知れない・・・。 そう、僕は思った瞬間だった。
一瞬にして、僕の視界が闇に包まれた。
・・・我の名はベルセルク。 力を司る者・・・
それは、低く重い声。
・・・我の名はベルセルク。 全ての力を支配する者・・・
そして、その声は薄暗闇の向こう側の、ごろごろと転がっている悪魔の死体の山から聞こえた。
・・・我の名はベルセルク。 汝(なんじ)に力を与えし者・・・
それは、以前聞いた悪魔、「ベルセルク」の声だった。
「「力」・・・」
僕は落ちてくる天井を見つめながら呟いた。
そして思った。
『重そうな天井に、僕と鉄男くんは潰される』
その時、僕の心は冷静だったのだろうか、それとも何も考えてなかったのか、
妙に他人事の様に感じ、緊張感の無い表情だった。
『潰されない為には・・・』
スローモーションで落ちてくる天井を見つめ、僕は一つの回避案を考えついた。
しかし、非情にも重く大きな天井は、僕と鉄男くんの上に覆い被さり、
さき程以上の衝撃が廃病院に広がったのだった。
「真!!」
姫野ちゃんが僕と鉄男くんの事を見てか、大きな声で叫んだ。
それは、僕と鉄男くんは重い天井に下敷きになった瞬間だった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手