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第20話 「母親」



「右足及び腰骨複雑骨折、後、内臓にも少し傷を負ってますね。
それと・・・、両腕はコンクリートに下敷きになっていたので、切断させてもらいました。
あ、でもご安心下さい。 奇跡的に命に別状はありませんので・・・」
鉄男くんを運んだ病院の担当医師に言われた言葉がこれだった。
あまりに淡々としていて、僕はこの医者に殴りかかりそうになった。
だけど、『そんな事をしても鉄男くんの傷が治るわけじゃない』と、
光にーに言われ、何とか思いとどまって病室を出たのだった・・・。



あの金髪の少年、「マリオ・イセルタル」に襲われた後、
僕と姫野ちゃんとで駆け足で鉄男くんの所へと向かった。
『もちろん鉄男くんが死ぬ訳ない・・・。 だけど、あの高さから落ちたから・・・』
僕は考えてはいけない最悪の事態の光景を頭から振り払う為、更に駆け足で階段を下りる。
「鉄男くん!! 大丈夫?!」
先に辿り着いた姫野ちゃんの声が聴こえた。 だがしかし・・・
「しっかりして! ほら!!」
そんな彼女の必死の声を聞いているうちに、僕は段々怖くなって足を止めてしまった。

『もし、僕が鉄男くんを助けてあげられれば・・・』
『もし、僕が鉄男くんに負けてあげれば・・・』
『もし、あの教室で話した時に、ちゃんと彼を止めていれば・・・』
そんな考えが、僕の足を、体をどんどん重くしていったのだった・・・。

「真! 何してるの! 早く来なさい!!」
「あ、う、うん。 今行くよ!」
僕は姫野ちゃんの熱を含んだ声に引かれ、一歩、一歩と、鉄男くんの所へと歩み寄った。
そこには、本来向かない方向に足が向き、頭や他の個所から流れ出る血によって、
真っ黒のズボンと白いシャツが赤々と染まっている鉄男くんが居たのだった。
僕は声が出なかった・・・。
それは恐怖の為か、それとも気持ち悪さの為か・・・。
そんな時だった。
「あ・・・、ぐ・・・」
「え? 何? 聴こえないよ」
傷つき、意識を失っていた鉄男くんが、何かを言おうと必死に頑張っていた。
「ほら! 何をしてるの、真!! 早く!!」
そこまで言われ、僕はやっとの事で鉄男くんの横に座り、
彼の手(今はまだ「ギガンテス」の腕だった。)を握ったのだった。
その手はあの分厚い壁を壊してきた同じ手とは思えない程弱々しく、
そして僕の手を握ってきて、ほとんど聞き取れない程の小さな声でこう言ったのだった・・・。
ごめん・・・と。



その後、姫野ちゃんが電話して呼んだ救急車が来て、鉄男くんは運ばれて行った。
そして6時間の大手術の後、
僕と姫野ちゃんは包帯でグルグル巻きになった鉄男くんと再会したのだった・・・。
「気にしなくていいからね」
そう言ってくれたのは、鉄男くんのお母さんだった。
近くに住んでいるのかは分からなかったけど、
僕達が病院に着いて30分もしないうちにやって来て、
今まで僕達と一緒に鉄男くんの手術が終わるのを待っていたのだった。
「どうせあの子が無理やりあなた達をあんな危険な所に誘ったんでしょ、自業自得よ」
鉄男くんのオバサンは、疲れた顔をしながらも僕達を傷かうようなか細い声で話してきた。
「いえ、違います、おばさん! 私達がいけないんです。 私達が・・・」
そこまで言った姫野ちゃんだったが、
まさか
「悪魔に襲われてこうなりました」とも言えず、後に言葉が続かなかった。
でも、そんな彼女の態度が逆に鉄男くんをかばった為に言葉が出なかったのだと、
どうやらオバサンは勘違いしたらしく、今度は優しい口調で問い掛けてきたのだった。
「そう言えば、あなた達の名前を聞いてなかったはね。 失礼だけど、いいかしら?」
「はい。 私は神崎姫野で、この隣のが有村真です」
姫野ちゃんが簡単に自己紹介をしてくれると、オバサンの顔に軽く笑みが浮かんだ。
「やっぱりあなた達だったのね」
「え?」
僕と姫野ちゃんは二人して口を開けてしまった。
「いえね、この子がいつも言っていたのよ。
『俺は、いつかあの綺麗な目をした神崎の笑顔を、俺の力でもっと光らせたい』ってね」
それは、鉄男くんが僕に残した最後の言葉と同じものだった。
「でも・・・、そうね、今は確かに曇っているけど、
きっとあなたの笑顔は可愛いものだとは想像出来るものね・・・。
だから、初めて会ってもすぐに分かったの。 あなたがきっとあの神崎さんなんだな〜とね」
「・・・」
「そして、あなたがあの真君なのね・・・」
そう言うと、オバサンは僕の目を優しい瞳で見つめてきた。
「本当、真っ直ぐないい目をしているわね」
「・・・」
「あの子、あなたの事も良く話してくれたわ。
『あいつはいい目をしている。 あいつならきっと俺よりいい目で神崎さんを輝かしてくれる』
そう、あの子は良く聞かせてくれたのよ・・・」
知らなかった。
あのいつも僕を助けてくれて、いつも楽しい話をしてくれて、
いつも僕より喧嘩の強かったあの鉄男くんが、
この僕の話をいつも家族の人に話していたなんて・・・。
「そしてね、時々あの子、こう言いながら泣いていた時もあったのよ・・・。
『俺は悪い奴だ。 あんないい奴を自分のダシに使ってるんだから・・・』とも・・・」
それは、彼自身が僕に言った言葉と同じだった。
「あいつを俺の物にするには、まずお前と仲良くなるのが一番早い」
そう、確かに鉄男くんは言っていた。 そう思っていた・・・。
そう思いつつも、鉄男くんは悩んでいたんだ・・・。
そう、いつも悩んでいたのだ。 あの笑顔の向こう側で・・・。
確かにその言葉を彼の口から聞いた時は、物凄いショックだった。
でも、やっぱり僕は彼を憎めなかった。
だって、彼も悩んでいる事が分かったからだ・・・。
あの戦いの時に見せた彼の涙。
あれは、鉄男くんの心の中のこの僕を傷つけまいと悩む自分と、
悪魔に操られて欲望を果たそうとする、もう一人の自分と戦っていた証拠だったから。
それに一歩間違えば、僕と鉄男くんの立場は逆転していたかもしれないのだ。
だって、
僕も姫野ちゃんの為にこの「悪魔の力」を手に入れた一人だったのだから・・・。
それだけに、僕は鉄男くんを憎めなかった。
いや、憎む資格がなかったのだった。
そう、本当はこの僕があそこのベットの上に寝ている筈だったのだ・・・。
そう思っていると、急にオバサンが泣き始めてしまった。
「オバサン、大丈夫ですか」
その時何も言えなかった僕に代わって、姫野ちゃんがオバサンをなだめたのだった。
「あら嫌だ。 ごめんなさいね」
「いえ・・・」
「つい・・・ね、あなた達の顔を見ていたら、あの子の元気な姿が目に浮かんでしまってね・・・」
そう言って、またオバサンは黙ってしまったのだった・・・。



「こんな所にいたのね」
「う、うん・・・」
あの痛々しい鉄男くんとオバサンを見て心身共に痛々しくなってしまった僕は、
いつの間にかに一人で病院の屋上へと逃げてきていたのだった。
「口の傷、大丈夫?」
「うん・・・」
夕日に染まった僕の顔を見るように隣に並んだ姫野ちゃんは、
僕の口の傷について心配そうに声を掛けてきたのだった。
そう、実はあの時に自分で噛んだ舌の傷は思ってたよりも軽く、
この病院に来た時についでに消毒をしてもらい、
痛み止めの薬を飲んで、今はもう痛みがなくなっていたのだ。
でも、心の痛みまでは取れなかったけど・・・。
「でもホント、良く鉄男くんは助かったね」
その言葉の裏には、
「彼が死ななくて良かったね」、との意味もあるのだろう。
「そうだね」
そんな彼女の心うちが読めただけに、僕はそっけなく返事を返した。
「でも・・・」
「・・・」
姫野ちゃんは夕日を見つめて黙ってしまった。
その横顔は夕日から浴びたオレンジ色に染まり、
その瞳はこれから夜空に浮かぶ星々にも負けない程の輝きを宿していたのだった・・・。
こんな時でも美しく見える彼女に、
僕はやり場のない怒りを感じてしまった。

どうしてこんなに悲しいのに、
姫野ちゃんが綺麗と思えるのか。
どうしてこんなに苦しいのに、
姫野ちゃんが輝いて見えるのか・・・。
どうして鉄男くんがあんな硬く、冷たいベットで一人寂しく寝ているのを知っているのに、
僕は姫野ちゃんが大好きだという感情で胸が一杯なのか・・・と。

そんな彼女を見ているうちに、僕は頭の中が壊れ始めてきていた。
そして、その怒りの感情をぶつける手段として、その壊れた頭を治す手段として、
僕は近くの壁に思いっきりの力で何度も頭突きを始めたのだった。
「な、何してるの! 真!!」
急に変な行動を取り始めた僕を必死に止めようと、
姫野ちゃんは僕の背中から抱きついて来た。
しかし、そんな彼女を振りほどいた僕は、更に何度も頭突きをしたのだった。
「駄目よ! そんな事をしても、彼の傷は治らないのよ!!」
それは分かっていた。 いや、分かっているつもりだった。
しかし、僕は止めなかった。
僕が今この行動を止めてしまっては、
僕が僕で無くなってしまう気がしたからだ。
そう、あの時に見せた「マリオ・イセルタル」の、「ハウント・ピクシー」の「力」に、
実はいつの間にかに僕自身がやられてしまったのでは・・・と、思いたかったのだった。
そういう風に他人のせいにでもしないと、
本当に「僕」が壊れそうだったから・・・。

そんな行動がどれくらい続いたのだろう。
ふと、僕は自分の額から流れ出た血が床に垂れていたのを見つけ、
その血を指にとって見た。
「あはは、良かった。 まだ僕の血は赤いや。 まだ悪魔に体は売ってないんだ・・・」
僕は笑った。 とても渇いた声と顔で笑ったのだった・・・。
そんな僕の言葉にいてもたってもいられなくなったのか、
姫野ちゃんは泣きながら階段を下って行ったのだった・・・。



どれくらいの時間が経ったのだろう。
いつの間にかに空には星が煌(きらめ)き、僕の額から流れ出た血は渇いていた。
ふと、僕はポケットから鈍く光る星型の石を取り出したのだった。
それは、鉄男くんが救急車で運び出される時に彼の手からこぼれ落ちた物で、
それがすぐにソウルスターだとは気が付かなかった。
もちろんそれがソウルスターだと気が付いたとしても、
その時の僕はこれを手に取って握ろうとはしなかっただろう。
そんなソウルスターを、僕は何気なく手に取って握ってみたのだった。
それは、本当に何気なく握ったのだった・・・。



そこは真っ暗だった。
本当に真っ暗で何も見えず、何も聴こえなかった。
そして、とても冷たかった・・・。
そう、まるで僕の心の様に・・・。
だが、そんな暗闇から這い出るように、僕の意識は勝手に見えない床を這いずり周る。
しかし、周れば周る程、体は痛みを負ってくる。
それは両足に、全身に、そして、左腕に・・・。
『僕は・・・、死ぬ?』
そんな意識が、僕の心を貫いた。
それは全身に受けた傷の為か、それとも心に受けた言いようのない喪失感の為か・・・。
恐らく両方の為だろう・・・。
そう、この体はもう死ぬのだ・・・。
でも、僕は怖くはなかった。
いや、怖いという感情すら残っていなかった。
ただ、僕はそこに居るだけの存在となっているのだ。
まるで空気の様に。
まるで捨てられた用無しの生ゴミの様に・・・。

だが、そんな僕に、誰かが声を掛けてきた。 でも、言葉は良く聞こえなかった。
しかし、その声も弱々しく、この僕にすがるように近づいてきたのだった。
そして、その弱々しい声の持ち主が何かを言いつつ手を握ってきたのだった。
その瞬間だった!!
今まで死に絶えていた僕の体の中に、新しい生命の息吹をくれたのは!
全身に駆け巡るエネルギーの渦。
頭の中を貫くショック。
そして、右手に伝わる暖かい感触・・・。
その感触が全身に周った時、僕は目覚めたのだった・・・。



「ひ、姫野ちゃん・・・」
僕が目覚めた時、大粒の涙を流しながら僕の右手を握った、
暖かくて柔らかい、あの姫野ちゃんの手と顔が見えたのだった。
「真!!」
姫野ちゃんは僕に抱きついて来たのだった。
「真まで!! 真までそんな事してどうするのよ!!」
「いや・・・、あ」
僕はさっきの自分を痛みつけた行動を思い出した。
僕はどうしても自分が赦せなかったのだ。
誰が何と言おうと、どうしても自分を赦そうとは思えなかったのだ。
そして、僕は僕を痛みつける為に頭を壁に叩き付けた。
それこそ頭蓋骨が割れる程に・・・。
そんな僕を見ていた姫野ちゃんは、てっきり愛想をつかして去ってしまったのだと思っていた。
しかし違ったのだった。
彼女は自分一人でこの僕を止められないと思って、僕の母親を呼びに行っていたのだった。
「真・・・」
「母さん・・・」
そう、僕が言おうとした瞬間だった。
パチン!!と、渇いた空気にいい音が響いたのが。
「・・・え?」
僕は今自分に何があったのが分からなかった。
でも、その後徐々に僕の左頬に痛みを感じ始めてきて、
その時になって初めて、
僕は母に叩かれたのだ・・・と、分かったのだった。
「母さん」
「何が母さんよ!!!」
「え?」
こんな血相を変えて怒る母を、僕は初めて見て驚いてしまった。
「マコ!! あなたは何をしたか分かっているの?!」
「・・・」
僕は何も言えなかった。
「あなたは今、自分で自分を傷つけていたのよ?!」
そう。 僕は僕を傷つけていたのだった。
「あなたは今、
友達に助けられた命を自分で無くそうとしていたのよ?!
「あ・・・」
そう言われて、僕は初めて事の重大さに気がついたのだった・・・。
そう、僕は鉄男くんに助けられたのだ。
あの時、彼が手を離してくれなければ、
きっと僕はあのマリオ・イセルタルに殺されていただろう。
その危機を回避してくれたのは、
あのベットに横たわっている鉄男くんなのだ!
そう、あの鉄男くんが僕を助けてくれたのだ!!

「あ・・・」
僕は目から涙を流していた。
それは、僕が彼に助けられた命を燃やして出た暖かい涙。
そう、
それこそ僕が生きている証拠の表れであったのだった・・・。
「か、母さん・・・」
僕は思いっきりの勢いで母の胸に飛び込んでいた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
分からない。 分からなかった・・・。
その時に出た言葉が、何故赦しを得る言葉だったのが。
何故僕は母の胸に飛び込んだのが・・・。
怖かったのか、悲しかったのか、それとも母の温もりを感じたかったのか。
とにかく僕は、このまま母の胸の中で泣き続けたのだった・・・。



To Be Continued・・・



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神の左手 悪魔の右手