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第21話 「少年」



「ぼくは おおきくなったら おそらをとびたいです。
おそらをとんで たくさんたくさん あそびたいです」

これは、僕が初めて殺した、
殺してしまった人間
「篠原 元気」くんの絵日記に書いてあった・・・、彼の夢である・・・。



鉄男くんが入院してもうニ週間が経ち、彼の病室から見える空は、
夏の始まりを見せる大きな入道雲が、遠くから近づいて来るのが見えた。
もうすぐ夏休みである。
しかし、今だに鉄男くんは目を覚まさなかった。
この病院の先生曰(いわ)く、
頭部に受けた外傷によって、一時的なショック状態で目が覚めないのだろう、と、言う。
でも本当は、彼が受けたショックって言うのは、実は心の傷であって、
そのショックが大きく、自分を責める気持ちが大きくて目が覚めないのだ、と、
僕自身の心に都合良く考えろと、青ざめた僕に光にーが言ってくれたのだった・・・。
そんな言葉を光にーから言われる程、その当時の僕はまいっていたらしい。
僕はその当時、毎朝学校には行っていたが、
どんな内容の授業を受け、どう生活してきたのかは覚えていなく、
ただ鉄男くんの容態が気がかりで、毎日病院に行っていたのだった・・・。



そんなある日の事だった。
僕がいつもの様に鉄男くんの病室を訪れ、飾ってあった花の水を代えに廊下に出ると、
水飲み場の所に車椅子に乗った一人の少年が、
必死になって蛇口に手を掛けようとしていたのだ。
「大丈夫?」
そう言って僕は、もう少しのところで届きそうだった蛇口に手を掛け水を出してあげた。
「あ」
別に僕は感謝の言葉を貰おうとしていた訳ではなかったが、
以外にもその少年から出た言葉は不平の言葉だった。
「だめ!!」
「え?」
「ぼ、ぼく、一人で出来るもん!」
どうも彼は一人で蛇口を開けたかったみたいだった。
「あ、ご、ごめんね」
そう言って僕はもう一度蛇口を閉め、
彼の突き刺さる怖い視線を交わしながら病室に戻ったのだった。
これが、僕と「篠原 元気」くんとの初めての出会いだった・・・。



次に元気くんに会ったのは、
僕が目の覚めない鉄男くんに向かって、今日学校であった出来事を話している時だった。
僕が鉄男くんに向かって色々と話をしていたのだが、
妙な視線を感じてふと廊下の方を振り返ると、
扉を少し開けて病室内の僕達を見る、あの車椅子の少年の姿が見えたのだった。
「僕、どうしたの?」
その視線にちょっと顔を赤らめながら僕が聞くと、
その少年は、お前、何一人で喋ってるんだ?、と、聞き返してきた。
「僕かい? 僕はここのお友達にお話を聞かせてあげてるんだよ」
そう言いながら、優しい目つきで鉄男くんを見たのだった。
だがその少年は、またしても僕の気持ちに反して憎たらしい言葉を投げつけてきた。
「お前、変な奴」
「な!」
僕は驚き、少し怒った表情で少年の下に行こうと立ち上がると、
少年は車椅子に乗っている事を忘れさす様なスピードで去ってしまったのだった。

そんなこんなで、いつの間にかにあの車椅子の少年、元気くんが、
何かというとこの僕にちょっかいを出してくるようになっていたのだった・・・。



そんな少年の面倒を見る毎日を過ごしているうちに、
どうやら僕はいつの間にかに彼の「お兄ちゃん」となっていた。
「あに! あに! 今日も遊ぼうよ!」
「はいはい、じゃあ今日は屋上にでも行こうか」
「うん! 行こ! 行こ!」
そう言って見せる少年の笑顔に、僕は少しずつ苦念の心を救われてきていたのだった。
僕達が病院の屋上に出ると、そこには物干し竿に掛かる洗濯物が、
初夏の日差しを受けてはためいていた。
「あに! あに! 今日はカケッコしようぜ!」
「え〜、僕走るの嫌いだな」
「そんなんだと、僕みたいに元気になれないよ!」
あはは、と、笑いつつ、元気くんはあっという間に走り去ってしまった。
そんな彼の後を、僕も久々に元気一杯に走り回ったのだった。

「ふう」
走り過ぎて疲れ果ててしまった僕は、近くにあったベンチに座る事にした。
だが、まだ元気くんは車椅子のタイヤをキーキーいわせながら走り回っている。
「あの子、こんな所にいたのね」
「え?」
そう言って声を掛けてきたのは、元気くんのお母さんだった。
「こんにちわ」
「あ、こんにちわ」
「あの子、また真君に迷惑掛けたのかしら?」
「あ、いや、一緒に遊んでいただけですよ」
「あの子、すぐに人様に迷惑を掛けるから・・・」
どうやら元気くんはいたずらっ子らしかった。
「そ、そんな。 あの子は名前の通りで元気なだけですよ」
そんな僕の返事に、元気君のお母さんはにこやかに笑ったのだった。
「でも、本当に元気くんは元気ですよね」
僕は優しい瞳で見つめる彼のお母さんに、何気なく聞いてみたのだった。
だが、その言葉を聞いたお母さんは、不安定な夏の天気みたいに急に表情を変えた。
「あの子、歩けないのは見れば分かりますよね」
「あ・・・、は、はい」
「あの子、生まれた時からこの街を出た事がないんです」
それは多分車椅子のせいだろう。
この街、青葉市は、都会の中にあってちゃんと整理された街だけど、
まだ元気くんの様な車椅子に乗る人達には優しくない街なのだった。
「じゃあ、元気くんは・・・」
「そう、あの子の人生はこの病院と共に成長しているの・・・」
この病院、大文字総合病院は、築五年だと聞いた。
すると、あの元気くんは生まれてこの五年、ほとんどこの病院からも出ていない事を意味する。
それは、虐めにあっていた僕なんかよりもとても辛い事だった・・・。
「あ、ごめんなさい。 こんな暗い話なんかしちゃってね」
話を聞く僕の顔が暗くなっていたのを気にしたらしく、お母さんは急に話を代えてきた。
「そう言えば、あの子に絵日記をくれたのですって?」
「あ、はい。 この前僕が見せた学校で書いた絵を見せたんですよ。
そしたら元気くんが、「僕も書きたい」って言うのであげたんですよ」
「そうなの。 あの子が絵をね・・・」
まだ走り周る元気くんを見つめ、
お母さんは自分の子供の新たな一面を知って嬉しそうだった。
「今度見せてもらったらどうですか? 元気くん、絵上手いですよ?」
「でも、あの子見せてくれるかしら? あの子、私にはあまりなつかなくって・・・」
「え? なんでですか?」
僕ならこんなに綺麗なお母さんなら喜んでなつきますよ、と、お世辞を言ってみると、
お母さんは悲しい目つきで言ったのだった。
「私、あの子の本当のお母さんじゃないのよ・・・」
話を聞くと、どうやら元気くんの本当のお母さんは、
元気くんが三歳の時に病気で死んでしまったらしい。
その後、当時この病院の看護婦さんとして働いていて、
良く元気くんの面倒を見ていたのが今のお母さん、
つまり僕の隣に座る綺麗な女(ひと)である。
その看護婦さんの面倒見の良さを気に入ってくれた元気くんのお父さんが、
徐々にお母さんを好きになっていって恋愛結婚となったのだった。
・・・と、言えば聞こえはいいが、
本当のところはただ単にあの子を任される為だけに結婚したのよ、と、
お母さんは遠くを見つめながら言ったのだった・・・。
「え〜っと、じゃあ元気くんのお父さんは何をやっているんですか?」
あまりの話の深刻さに、僕はたまらず強引に話を変えてしまった。
「パイロットよ」
「へぇ〜、かっこいい〜」
そう素直な感想を聞き、僕はある事を思い出した。
「だから元気くんは良く飛行機の絵を書くんですね」
「え?」
今度はお母さんの方が聞き返した番だった。
「元気くん、僕があげた絵日記に良く飛行機の絵や空の絵を描くんですよ。
僕が何故書くの?と聞いても、教えてくれなかったんですけど・・・」
「そうなの。 それは知らなかったわ・・・」
「あに! こっちに来なよ! あそこに大きな飛行機が飛んでるよ!」
僕とお母さんの話を割って聞こえてきた元気くんの声は、高らかに笑みを帯びていた。
「あ、じゃあ僕、元気くんの所へ行って来ますね」
「はい。 宜しくね」
そう言って、元気くんのお母さんは、
優しくも少し悲しみを帯びた瞳で僕を見送ってくれたのだった。



こうして僕は、鉄男くんの怪我の事やあの憎むべきマリオ・イセルタルの事を、
このささやかな平和の日々に忘れる事が出来ていたのだった・・・。



To Be Continued・・・



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