第22話 「約束」
「あにー!! 早くおいでよ!!」
「はいはい、今行くよ」
そう少し困りつつ、今日も僕は車椅子に乗った少年、「篠原 元気」くんのお守りをしていた。
最初にこの子に会ってからもう二週間経ち、
今では誰の目にも僕達二人は「兄弟」と見える程の仲になっていた。
もう外は暑い日ざしの夏休み。
本当なら毎日ワクワクで遊びほうけている僕だったけど、今年の夏は違っていた。
それは、未だに鉄男くんは目が覚めていなかったのである・・・。
「鉄男くん、鉄男くん」
そう、僕はいつも彼の病室にやって来ては話し掛けてきた。
しかし、彼は未だに起きてこなかった。
先生は今更になって、
「彼はどうやら植物人間になってしまったかもしれませんな・・・」なんて無責任な事を、
彼の診察しに来た先生が偶然トイレで他の先生と話していた事を聞いてしまってもいた。
本当なら、僕はその時点でその先生に殴り掛かったかもしれない。
しかし、彼をそんな風にしてしまったのは、他でもないこの僕なのだ。
出来る筈がない。 出来る資格がなかったのだった・・・。
でもそんな僕だったが、元気くんの元気な姿を見ていると、
内心ではいけないと思いつつも鉄男くんの事を忘れてしまっていたのだった・・・。
「あに! あに! 今日も飛行機飛んでるよ!!」
僕達はいつもお昼を少し過ぎたこの時間に、病院の屋上へとやって来ていた。
それは・・・
「うわーー。 いいなーーー。 あのペンギン号・・・」
そう言って元気くんが見ているのは、毎日この時間に飛ぶ飛行機、
「サウス・ペンギン」号が飛んでいるのが見えるからである。
このサウス・ペンギン号とは、この夏休みに入ってから飛ぶようになった便で、
その飛行機の色は、上の屋根(?)の部分が青く、かわりに下の部分は白く、
いわゆるパトカーの黒い部分を青色に染め直した様な飛行機だった。
飛べない筈のペンギンが、何故に飛行機に?と、一度僕は突っ込みそうになったが、
真剣な眼差しで見る元気くんを見てしまったら、そんな突っ込みも忘れてしまった。
それ程彼の視線は熱かったんだ・・・。
「あ〜あ、行っちゃった」
「行っちゃった・・・ね」
そう二人は同じ言葉の独り言を吐き出した。
でも、その出した言葉の経路は、僕と元気くんとでは意味が違っていた。
彼は純粋にその飛行機が見えなくなった事への残念がる言葉だったけど、僕の目には、
その飛行機の色が僕達の通う学校のジャージと同じ色(上下逆の色だったけど。)に見え、
その優雅さに飛ぶ姿が、今も眠る鉄男くんが元気に校庭を走る姿とダブって見えてしまい、
心を痛くして出た言葉だったのだった・・・。
「そうだ元気くん、来週になったらあの飛行機を見に行こうか?」
あの青い飛行機を見て何とも言えない気分になってしまった僕は、
その気持ちを誤魔化すように軽い笑みで彼に言ったのだった。
だけどその言葉を聞いた元気くんは、大きな瞳を更に大きくし、
今にも飛び掛りそうな勢いで怒鳴った(?)のだった。
「え?! え?! 見に行くの?!! 行く行く!!!」
「あう、み、耳が痛いって・・・」
そう僕は耳を抑えると、キラキラと輝く大きな瞳で僕を見る元気くんと目があった。
『こんなに喜んでもらえるなんて・・・』
僕はあまりの元気くんの喜び様に、
自分の気持ちを隠す為に出してしまった言葉への罪悪感を感じていた。
「じゃあ、僕は学校の宿題を早く終わらせちゃうから、
元気くんも悪戯しないで良い子でいるんだよ」
「うん!! 良い子にするから早く行こうね!!」
そこで僕は思い出した様に言葉を付け足した。
「あ、そうそう、ちゃんとお母さんにも良い子でいなくちゃ駄目だよ」
「え? う、うん・・・。 分かった・・・よ」
元気くんとそのお母さんは、未だに仲は良くなかった。
まあそうだろう。
いくら綺麗で優しいお母さんでも、「本当のお母さん」ではないのだから。
この僕だって、例えば急に自分の母が死んじゃってとして、そんな間もない僅かな時間に、
「ほら、新しいお母さんが出来たぞ」と言われたってなつける筈がない。
一応年上の僕でさえそう思うのだから、こんな幼い元気くんならなおさらだろう。
もしかして、僕は酷な事を言ってしまったのだろうか・・・。
でも、元気くんは以外にも、あにーの言う事なら聞くよ!、と、笑顔で答えてくれたのだった。
しかし、元気くんは結局あの飛行機の下へとは行けなかったのだった。
それは、この僕達の約束を交わした姿を影から見ていた人物達のせいでだった・・・。
その次の日から僕達は各々の約束を守る為、必死になって頑張った。
僕は夏休みの宿題に。
元気くんは、今までした悪戯をした人達へ謝る為に。
でも、相変わらずにお母さんへ甘えるという行為へは中々移れない様子だった。
けど、これは僕が焦っても仕方の無い事だったので、
僕としては、彼と彼のお母さんとを暖かい視線で見つめるしかなかったのだった。
そして、ようやく僕が宿題を終わらせて(もちろん一人で終わらす事は出来なかったので、
姫野ちゃんの力を借りた事は言うまでもないでしょ?)、
明日、遂にあの飛行機を見に行こうと、僕達は計画を立てる為にあの場所へとやって来た。
「いよいよ明日だね!!」
「うん、そうだね」
今日も元気にキラキラした瞳で僕を見る元気くん。
「う〜〜、早く明日にならないかな〜〜」
「はは、大丈夫だよ。 飛行機は逃げないから」
「わかんないよ?! だってあのペンギン、空を飛べるんだもん!!」
「う〜、で、でも、元気くんが今までちゃんと良い子でいたから大丈夫だって」
僕は少し困ったが、苦笑気味に言ったのだった。
「絶対? ぜったい〜??」
グイグイと、僕の着るシャツを引っ張りながら見つめる元気くんに、
僕は昔の自分自身を思い出してしまった。
昔の僕もそうだった。
何か欲しい時があった時、いつも母や光にーにこうやってよく服を引っ張ってねだっていた。
あの時に見た母の瞳は温かく、そしていつも優しい声で言ったのだった。
「うんうん、マコちゃんがちゃんと良い子でいるなら、
神様がマコちゃんの願い事を聞いてくれるわよ」・・・と。
光にーはと言うと、
「お前がしっかり勉強をすれば、必ず願いは叶う」・・・と、父親さながらに言ったのだった。
でも、その光にーの目は、何故か少し寂しさに帯びていたのだったけど。
そんな事を思い出し、僕はふと元気くんに聞いてみた。
「そう言えば元気くん、何でそんなに飛行機が好きなの?」
「え?」
その僕の問いを聞き、元気くんは黙ってしまった。
わ、悪い事きいちゃたかな・・・。
そう僕が思っていると、元気くんは落下防止の柵越しに見える夕日を見つめ、
彼は自分の過去を語ったのだった。
「僕ね、一度だけ飛行機に乗った事があるんだ」
「・・・」
僕は思わず聞き入ってしまった。
「でも、飛んでる飛行機じゃなくて、動いてない飛行機だったんだけど、
でも、とっても楽しかったんだ・・・。 お父さんと・・・、お母さんが・・・、一緒だったから・・・」
そのお母さんとは、おそらく「本当のお母さん」の事だろう。
でも、まさかいくら子供の元気くんだからって、
飛行機に乗ったら「本当のお母さん」に会えるとは思ってないと思うけど・・・。
そう思いつつも、僕は元気くんの話を聞く。
「だからね、僕、飛行機に乗ったら・・・、お、お母さんに・・・」
あれ? どうやら僕の勘違いだったようだ。
でも、僕は笑わなかった。
だって、元気くんのその思い出を壊したくなかったから。
「へえ〜。 じゃあもしかしたら、明日「お母さん」に会えるかもね?」
そう、僕も沈みゆく夕日を見つめながら話し掛けた。
しかし、僕はある言葉を付け足す事を忘れなかった。
「でもね、元気くん。 あっちのお母さんはどうするんだい?」
「え?」
そう言って振り返った元気くんの視線の先には、
彼の今のお母さんがベンチに座りつつ、優しい瞳で僕達二人を見守っていたのだった。
「あ・・・」
彼はまた黙ってしまったが、でもその顔には今までみたいな暗い影は無く、
少し赤みを帯びた頬で下を向いていただけであった。
きっと元気くんはこの数日間で分かってきたのだろう。
あの、優しく暖かい瞳で見守るお母さんの愛情を・・・。
「ほら、ちゃんと話してきなよ。 明日の事・・・を!」
そう言って、僕は元気くんの猫背を叩いたのだった。
「あ、痛いなぁ〜」
そう言いつつも、元気くんは照れ隠しの為か、
顔を赤くしながら怒りつつも、お母さんの所へと向かったのだった。
『元気くん、「お母さん」を大事にするんだよ』・・・と、僕は心の中で思ったのだった・・・。
あ、一応付け足すけど、僕のお母さんは元気で毎日のほほ〜んと生活しているからね?
そんな彼らの様子を見、僕は邪魔しないように静かに屋上を後にしたのだったが、
家に帰った僕を待っていたのは、以外にも血相を変えた母の顔だった。
「ただいま〜」
「ただいま〜じゃないわよ!!! 何処に行っていたのよ?!」
「え? 今、元気くんの病院に行ってたんだけど?」
少し戸惑いながらも、僕は言う。
「え? で、でも、今さっき、その元気君のお母さんから電話があったのよ?!
「真君は居ますか?」って。 だからお母さん、マコちゃんの携帯に電話したんだけど、
マコちゃん電話が通じなくって・・・」
なんか妙に落ち着きの無い母を落ち着かせながら、僕は電話の内容を聞いた。
「え?! 元気くんが変な御婆さん達に捕まったって?!」
「そうなの。 それで、誰にも助けを求める人がいないから、
慌ててマコちゃんに電話したらしいんだけど・・・」
僕は病院の掲示板に書いてあった、「病院内では携帯電話の電源をお切り下さい」
という掲示に従って、電源を切っていたのだった。
そんな説明はいいとして、今度は僕の方が慌てて母に聞き返したのだった!
「そ、その電話って、いつあったの?!」
「い、今さっきだけど、一体何のよ? 光ちゃんもお父さんもいないから、どうしようかと・・・」
二人してオロオロする姿を誰かが見たら、きっとふくみ笑いでも浮かべただろう。
でも、僕はそんな事などお構い無しにオロオロしていると、
チクっと、左腕にあるアザがうずきだした。
「血が・・・」
そのアザから出た血に、僕は元気くんの事が心配になり、慌てて家を飛び出したのだった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手