第24話 「自由」
「げ、元気くんーー−!!!」
僕の声が虚しく夕空に響き渡る。
「さあ、これで君は生まれ変わるんじゃよ」
そう言って黒いローブを着込んだ御婆さんは、
あの時僕の腕を切り取った大きな鎌を、軽々と元気くんの腕に目掛けて振り下ろす!!
そして・・・、ブン・・・と、空気を切り裂いた音が聴こえ、
持ち主から自由の身になった白く細い腕が宙に舞ったのだった。
「ああ・・・」
僕はその光景に、全身の力を失ってしまった。
「よしよし。 じゃあ次は、この「ウイングアサシン」の翼を付けてあげようじゃないか」
「・・・」
低い声で話し掛ける御婆さんの声に、元気くんは無言で頷いた。
そして、御婆さんの差し出した、悪魔「ウイングアサシン」の翼が、
元気くんの失った両腕をカバーする様に覆い被さると、
まるで微弱な電気で感電した様に、元気くんの体がビクついたのだった。
その瞬間、彼も感じたのだろう。 悪魔の息吹を・・・。
「さあ、目を開けてごらん? これで君は大空を羽ばたけるのじゃよ?!」
「うわぁーーー」
目を開けた元気くんは、自分に付いた新しい腕、
悪魔「ウイングアサシン」の翼に大興奮し、今にもその翼で空に飛び出そうな勢いだった。
「さあ、元気や。 その翼を使って、あの大空に羽ばたくのじゃ!!」
「うん!!」
バサっと大きく広げた彼の薄黄色い翼は、初めて彼に自由を与えたのだった。
「うわぁーー!!!」
まるで糸の切れた風船の様にゆっくりと空に浮かんで行く元気くんの姿に、
僕はただただ声を掛ける事しか出来なかった。
「元気くん!! 危ないから降りて来るんだ!!」
しかし、僕が見たこともない様な狂喜な笑みで笑う元気くんには、僕の声など届かない。
でも、僕は声を掛けることを止めなかった。
「元気くん!! 元気くん!!!」
「・・・」
そう声を掛けながらも、僕は何度も羽交い絞めをする男の腕を振り解こうとするが、
一向にびくともせず、逆に腕を絞める力が強まるだけであった。
「さあ、元気や。 お前に更に良い物をあげるから、早く降りておいて」
だが、僕のときと同じように元気くんは聞き耳を持たず、優々と赤い空を飛び回っていた。
「あの小僧・・・」
そんな言葉を目の前で呟いた御婆さんに、僕はあの御婆さんの本心を見た様な気がした。
しかし御婆さんは、めげずにもう一度、今度は更に大きな声で元気くんを呼んだ。
「ほら!! 元気や!!
今度はお前さんの足の代わりをあげるから、早く降りてくるのじゃ!」
「え? 足?」
そう、いくら空を飛べる「悪魔の力」を手に入れたからと言っても、
彼の足はまだ大地に立つにはまだ弱かったのだった。
それを気にとめたのだろうか?
元気くんは憧れた空を舞うのを止めて降りてきた。
「ほら、一度車椅子に戻るのじゃ」
「う、うん・・・」
ようやく元気くんから自由の身を確保した御婆さんは、
今度はローブの内側から怪しげなブーツを抜き取った。
そのブーツは赤く、つま先の先端には鋭い爪が付いていた。
「これはな、「悪魔の玩具」と言ってな、お前の足を強くさせる事が出来るのじゃよ」
そう言って、御婆さんは元気くんの両足にそのブーツを履かせたのだった。
「あイタ!」
「おお〜と、すまんの。 じゃが、これでお前さんは立派な「人間」になったのじゃよ」
「立派な・・・、人間?」
「そうじゃよ。 今までのお前さんは、自分の足で立つ事も出来ず、
いつも誰かの手を借りていたじゃろ?
しかし、これからは誰の手を借りず、一人で自由に遊びまわれるのじゃ!」
「じ、自由・・・に・・・」
この「自由」と言う言葉は、今までの元気くんにとっては重く圧し掛かっていたのだろう。
しかし皮肉にも彼は、僕が否定した「悪魔の力」によってこそ、自由を手に入れたのだった。
それが、偽りの自由だとしても、元気くんにとっては同じ「自由」だったのだ・・・。
「うわぁーー!! 本当だ!!
自分で、自分の足で立てるよ、僕!!!」
「ほほう、良い立ちっぷりじゃ」
そんな会話だけを聞いていれば、それは微笑ましい光景を思い浮かばせるかも知れない。
しかし、現実は違っていた。
これは、悪魔との契約をした結果での光景なのだ・・・。
それを思い知らされる様な言葉を、
僕はニヤリと不敵な笑みを浮かべる御婆さんから聞いたのだった。
「さあ元気や。 今、あそこに居るお前さんのお友達はな、
お前さんのその手と足を奪いに来たのじゃよ?」
「え?」
ヒヒヒ、と、笑いながら言う御婆さんの言葉に、
元気くんは血の気が引いた様子でこの僕を見つめた。
「嘘だ!! 僕は!! 僕は!!!」
だが、その言葉は空しく響き渡っただけであった。
「あに・・・。 あにが・・・、そんな人だったなんて・・・」
そんな元気くんの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
よほど手に入れた「悪魔の力」が気に入った証拠だろう。 しかし・・・
「違うんだ、元気くん!! 僕はただ・・・」
しかし、その後の言葉は出せなかった。
そう。 僕を押さえつける「サイレントマスク」と言われた男によって、口を塞がれたからだった。
しかし、そのお陰で僕を押さえつける力が弱くなった事には、ちょっとだけ喜んでしまった。
「ほら、元気や。 あそこの友達は、お前さんの自由を奪おうとしておる。
だから、今手に入れたそのお前さんの力で、あのお友達を叱ってあげなさい」
「そんな。 そんな・・・、あにが・・・」
「ぁぅぅ・・・」
違うんだ!・・・、と、言いたかったが、僕の口は自由を失っていた。
「嫌だよ」
そう、元気くんは呟くように言った。
「嫌だよ!! 僕、やっと自由になれたんだ!! それを、それを・・・」
涙をポロポロと溢しながら呟く元気くんに、
僕は彼の今まで過ごしてきた苦しみを少しだけ分かち合えた様な気がした。
「だから・・・、だから・・・。 この羽、絶対に譲らない!!」
これが、彼の戦いへの決意と宣言だった。
「あう・・・」
「はぁーはぁー・・・」
これで何度目だろう。
元気くんの履いた赤い靴に付いた爪で引っかかれたのは。
当の昔に僕の制服はボロボロになり、体中に小さく細かい無数の切り傷が出来ていた。
しかし、未だに僕は「サイレントマスク」に羽交い絞めにあっていて動けず、
元気くんの心の痛みとも叫びともとれる痛々しい攻撃を受けていた。
そんな彼の痛みが自分の様に分かるだけに、彼の攻撃を何度も受け入ていたのだ・・・。
だがしかし、そんな攻撃に耐えながらも、
僕は「サイレントマスク」から逃れる術を伺っていたのだった。
この男の腕からさえ逃れれば何とかなるのではないだろうかと、僕は思っていたからだった。
「ほお。 随分頑丈な体だねぇ〜」
「ご生憎(あいにく)様。 僕はこれでも体は弱くないんで」
ここでも皮肉な事に、今まであんなに嫌で嫌で受けていた虐めこそが、
こんなにも僕の体を頑丈な体に成長させていたのだった。
「はぁーはぁー・・・。 あには・・・、まだ僕の羽を・・・、奪おうとするの?」
いくら「悪魔の力」を手に入れたからといっても、元気くんは今まで体を動かす事に成れてなく、
どうやら無理に体を動かした為に、オーバーヒート気味で息を切らせていた。
でもそこまでする程に、彼はようやく手に入れた「自由」を失いたくはなかったのだろう。
しかし、だからといっても僕は未だに元気くんが「悪魔の力」を使う事には賛成ではなかった。
「げ、元気くん・・・。 その力はね・・・、君を不幸にする力なんだよ・・・?」
「おや? ようやく自由になれたのに、何で「不幸」なのかねぇ〜」
未だニタニタと笑う御婆さんの声に、元気くんも同意する。
「そうだよ! 僕はやっと自由になれたんだ!! あにに邪魔されたくないよ!!」
「はは・・・、「自由」・・・ね」
僕は乾いた声で笑ってしまった。
「「自由」ってね、元気くん。 人から与えられたものじゃないんだよ?
「自由」とはね、自分の頭で考え、自分の体で行動し、自分の心で生きていくものなんだよ?」
「・・・」
「でも、今の元気くんは、本当に自分で考えているの? 本当に自分で体を動かしているの?
本当に・・・」
そこまで言って、またもや僕の口は塞がれてしまった。
多分、御婆さんや「サイレントマスク」が元気くんを操るにあたって、
痛いところを突かれたからだろう。
「・・・」
その証拠に、元気くんは下を向いて黙り込んでしまったではないか。
まだ、元気くんは「元気くん」なのだ。
あの時の鉄男くんと違って・・・。
そんな時だった。
この一瞬の沈黙を破った声がしたのは。
「元気!!」
それは、今まで病室で泣き崩れていた元気くんのお母さんの声だった。
「お、お母さん?!」
僕はすっかり忘れていたのだが、
そう言えば元気くんのお母さんへは何も説明をしていたなかったのだ。
「元気くんが、悪魔にさらわれたと思うから、お母さんが来ても危険なだけです!」・・・と。
そう説明していなかったお陰か、衣服や髪は乱れ、裸足の格好でここまで来たお母さんの姿に、
僕はとっさに「きちゃ駄目だ!!」と、声を掛けた。
でも、口が塞がれていて、実際には「モゴモゴ」としか聞こえなかっただろうけど。
「元気!! どうしたの、その姿・・・」
瞳を痛々しく赤く染めたお母さんは、駆け足で元気くんの下へ行き、
もう何年も会ってなかったように強く抱きしめる。
「お、お母さん・・・」
そして、柔らかく暖かい腕の中に包まれた元気くんは、少しバツの悪そうに呟いたのだった。
「怪我はない? 何処か痛いところはない? 足は? 手は?」
パンパンと元気くんの体を心配する様に手で擦るお母さんの態度に、
僕は自分自身の過去の光景を思い浮かべていた。
僕も昔、悪戯をして家に飾ってあった置物の壷を割ってしまったことがあった。
しかし、母はやはり今の元気くんのお母さんと同じように、まず僕の体を心配してくれたのだ。
こういう時、母親とはみんな同じ行動をするのだろうか・・・。
「うん。 大丈夫・・・。 ご、ごめんなさい」
そんな母親の行動によって少し顔を赤く染めた元気くんは、悪戯をした時と同じように謝った。
「いいの、いいよの元気。 あなたさえ無事なら・・・」
あう。 そ、そうなのか・・・。
僕は一瞬、泣きそうになってしまった。
でも、僕は泣いてなんかいられなかった。
「邪魔!!」
元気くんとお母さんとの感動の再会に一同固まっていたのだが、
いち早く僕だけが行動に移り、僕を羽交い絞めしていた後ろの男を投げ飛ばしたのだった!!
「・・・!!」
僕は充分隙をついて投げ飛ばしたつもりだった。
・・・が、しかし、投げられた男は華麗に宙を舞っただけで、
体操選手よろしくこれまた鮮やかに着地をしたのだった。
「ほお、「サイレントマスク」を投げるとはね」
「ありがとう」
妙に感心する御婆さんに、僕は嫌味に聞こえる様に(実際、嫌味なんだけど。)言った。
「でもね、彼は意外にシツコイ男でな・・・」
・・・と、僕が御婆さんの言葉を聞き終える前に、
投げられた男が高く飛んで襲い掛かってきた!!
この時、彼の背中にある漆黒のマントのなびく音が聴こえなかったら、
僕は彼の手にする細身の剣のさばきを避けきれなかっただろう。
くっ・・・と、横に飛び避けた僕は、何とか体勢を維持して構えた。
あれだけの勢いで飛び掛かって来たんだから、
男は体制を整えるのに一瞬の間があるだろうと思い、
僕はカウンターをお見舞いしようといき込んだ!!
・・・が、しかし、彼はそんな間なんか元々なかったように、
既に僕の方へと剣を構えて走って来ていた!!
「あう!!」
そんな男の敏捷さに驚いてしまった僕は、思わず左腕を振り上げて顔をかばってしまった。
勿論、その隙を男が逃す筈もなく、彼の持つ細身の剣が僕の左腕に深々と食い込んだ!!
「いた!!」
しかし、思ったよりは痛くはなく、
今度こそ僕は無防備な男の腹を狙ってカウンターを打ち込んだ!!
しかし、その攻撃も虚しく空を切っただけに終わってしまう。
男が自ら剣を捨てて後ろに飛び逃げたからだ。
だがしかし、これで・・・
「くっ!!」
忌々しくも腕に食い込む剣を抜いた僕は、そのまま思いっきりの力で床に叩きつけると、
細身の剣は鈍い音を立てて三つに折れたのだった。
そして、僕は手に残った柄(つか)を男の方へと掲げて決めセリフを言い放った!!
「こんな剣なんか、僕は怖くない!!」
そう、カッコ良く決めた、決まったつもりだった・・・。
しかし、男は自分の左手をまるで僕に握手を求める様に前に掲げた。
そんな男の行動に、僕がちょっと戸惑っていると、彼は「悪魔の力」発揮したのだった!!
「うわ!!」
それは、さすがに驚いた!!
なんと、男が前に差し出した左手が鈍く光ったかと思うと、
その手のひらから、さっきと同じ細身の剣が出てきたじゃないか?!
それも、今度は二本も出して二刀流で構えたではないか?!
「あう・・・」
僕は唖然としてしまった。
まさか、更に剣が出てこようとは・・・。
あの「サイレントマスク」の持つ「悪魔の力」。
もしかして、剣を作り出す事の出来る能力・・・なのか?
そんな能力を持つ悪魔は、「悪魔降臨手引書」に乗っていなかったと思ったけど・・・。
しかし、彼の持つ「悪魔の力」の能力がそんな生易しいものではなかった事に気が付くのは、
この後すぐの事だった・・・。
To Be Continued・・・
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神の左手 悪魔の右手